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巨人の肩に十分乗り切れていない研究者

本年もよろしくお願いします。
前回は年男として12年前を振り返ってみた。結果として、研究者としてデビューした後、ユーザとして事業開発者としてロボットに携わってきたということは自分の中で整理できた。ヒトとロボットの関係ということが、変わらない自分の中での軸としてあった気がする。『今回は何が変わったのか?』について考えてみたい。もしかしたら、先人の知恵に正しく知見を足していくという意味では研究者ではなくなってしまったのかもしれない。

変わったことは何なのだろうか

たぶん問題発見に対するアプローチや問題解決に向けたアプローチなのではないかと思う。

大学自体の私を知る人には伝わるかもしれないが、とにかく私は論文を読みまくっていた。ある程度興味のある分野や課題が決まると、とにかく片っ端から関連する論文を読んでいた。「巨人の肩の上に乗る」という表現のように、先人たちはどこまでわかっているのか?、残されている課題は何なのか?、ということをかなり理解した上で、そこと自分の興味の間にあるものを探っていく、というアプローチを取っていた。

このようなアプローチを取っていると、論文とかは非常に書きやすくて、研究そのものを行う前に、背景、目的、実験方法や実験結果の横軸と縦軸くらいまでは書けてしまう。

博士号を取るうえで、このスキルは大いに役に立ったし、今でも何か新しいことを始める際に、このアプローチはかなり役立つ。むしろ、このスキルを活用せずに新しいテーマを仕掛けると、逆に「どこかで見たことある」「誰か既にやっている」という痛い目に遭遇することが多発する。そういう意味では、このアプローチは研究者として正解であるし、博士号とは、高い専門性という意味に加えて、どのような新しいことに対してもある程度高い確度で段取る力のことをいうのかもしれないとも思う。

一方で、最近担当しているAug Labの取組みでは、「巨人の肩に乗る」アプローチを取らなかった。もしかすると、取れなかったのかもしれない。

「Augmentationに関する研究はどんなことがされているのか?」、「Well-beingは何がどこまでわかっているのか?」

最低限のキーワードでGoogle先生に聞いてみることはしたが、以前のように狂ったように論文を読みまくるという行為はしなかった。もちろん、環境的に論文まで容易にたどり着ける環境ではなかったというのは間違いなくある。大学にいるときには全く感じなかったが、文献を簡単に読むことができるというのは、本当に恵まれた環境である。Open Access系が増えたとはいえ、まだまだアクセスできる論文は限られている。
(これは企業にもよるのかもしれませんが、企業において論文を読めるようにしようとすると結構費用が高かったです)

では、どのようなアプローチを取ったか?

ひたすら社会課題から落とし込んでいくという方法でトライした。「社会はどうなっていくのか?」「ヒトはどうなっていくのか?」ということを考えることから始めた。正直、考える対象が難しく、思考力が足りず、論理的に飛躍してしまうというか、エイヤっと決めてしまうことは沢山あったけど、あまり先行研究は意識せずに思考を進めていった。

結果として、「Automation」と「Augmentation」を、社会として、個人としてどのようにバランスしていくのか?というところにトライしようと思っている。

この段階でもまだ十分に先行研究は調べられていない。

もちろん、企業において取組みを進めるうえでは、当然ベンチマークをして、差別化ポイントを明確にする必要もあるので、ミニマムな調査は実施しているつもりである。

ただし、これまでなら間違いなくしていたであろう、東大の稲見先生暦本先生などAugmentation分野で先端を走る先生たちの論文を読み漁るということはしていない。意図的ではないにしろ、それができていない。。。

このような状況になってみてわかったことなのですが、(最低限の調査・知識はできているというのは大前提になるのかもしれないけど)、世の中結構ガバナンスが効いているようで、有難いことに「この先生がこんなことをやっているよ」と社内外から指摘して頂ける。

そして、恥ずかしいことに丁寧にサーベイされ、纏められた資料を見逃していることもある。個人的には、森山和道さんがHuaWaveで連載されていた「未来の断片」を夏頃に初めて読んだとき、Aug Labの取組みを始めて半年近くも自分はこのような内容も知らなかったのかと恥ずかしいというか情けなくなったのを覚えている
※そして、不幸は続くもので、その記事すら今は休刊により読めなくなってしまいっている…

じゃあ、そのときにどうするか?

今は、かなりのところを「聞く」ということに頼っている。特に専門家に聞きにいく、更にはディスカッションをさせてもらう。Aug LabのホームページのArticleにその一部は掲載させて頂いているが、とにかく無知は承知で色々と質問をぶつけ、意見交換をさせて頂く。もちろん、事前に自分の中で想いを熟成・発酵させておかないと価値あるものにはできないと思っているし、先方にとってメリットを感じて頂けるように自分たちや会社の有形・無形のリソースを準備する必要もある

このおかげで論文サーベイ不足を完全に補えているとは思えないが、もしかしたら論文とは違う生情報・生きた知識を吸収できているのかもしれない。それは、論文がある意味でロジカルに構成されているのに対して、考えや想いはある意味ロジカルにはなっていないところもあり、結果的に最新の知見や情報に触れることができているのではないか、とも思っている。

とはいっても、やはり前述した工学系の先生方へのヒヤリングは十分にできていない。それはもしかしたら、研究者のマナーとしての最低限の調査ができていないと思っているかもしれないという後ろめたさがあるのかもしれない。徒然草作戦を取るAug Labとしては、私のちっぽけなプライドに拘っている場合ではないのですが…

「巨人の肩に十分に乗り切れていない」という現状は、ちゃんとした研究者ではなくなってしまったのかともということなのかもしれない。これは、「コードを書かなくなった」、「図面をかかなくなった」というのとは異なる次元で研究者かどうかという話である。

現状として、若干、いや結構な後ろめたさがあるのは間違いないが、ヒヤリング・ディスカッションを研究の初期に取り入れるというのは、自分が使ってこなかった研究アプローチとしては間違いなく存在しているとも思う。

「論文を読む」「プロフェッショナルと議論する」そして、今回は触れなかったが「モノを作って動かしてみる」というのを上手く組み合わせながら、循環させながら取り組むというのが、なんとなく正解なような気がしている。文字にしてしまうと当たり前のような気もするが、どのタイミングでどのアプローチを取るのかということが後々の研究結果に与えるインパクトはそれなりにある。今はまだかなり偏ってしまってはいるが、積極的にプロフェッショナルと議論するというのは、大阪から東京に本拠地を移したからこそできることな気もしており、そこは継続していきたいと思います。

新年のご挨拶にかえて。

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