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その歴史は明治時代から

 
 近年、女性の社会進出が著しくなったことに伴い、問題となっているのが「夫婦別姓」だ。いうまでもなく、夫と妻の姓を別に名乗ってもいいように民法を改正しようとする動きだ。この意見にクレームをつけるのが、やはり保守系もしくは右派とされる人々。理由は「伝統的な家族制度が崩れてしまう」というものである。
 夫婦が別の姓を名乗ったからといって家族がバラバラになることは考え難いが、反対する人は「家族=夫の姓」という形が整ってこそ、絆が深まると考えているようだ。しかし家族制度自体、明治時代から戦後までの約70年しか存在せず、とても伝統と呼べるものでもない。そして夫婦同姓自体も、同じ程度の歴史しか持たないのだ。
 まず、歴史上の人物を見ると、日野富子、北条政子など、夫とは別の姓を名乗り続けた女性がいたという人がいる。だが、朝廷が女性に官位を叙するときなど、公式には実家の姓を用いたが、プライベートでは婚家の姓を使っていたとの説もある。
 ただ、戦国時代における女性は政略結婚の手段でしかなく、いわば結婚は与えられた「役目」でしかない。そのため、離婚と再婚をくり返したケースも多いため、高家の出身であれば実家の姓を使い続けていた可能性はあるし、そもそも姓を名乗らなかったとも考えられる。
 江戸時代になって家制度が定着すると、妻は夫の姓を名乗る。これには正妻と妾を区別するという理由もあった。ただし、やはりもともと高い身分の女性は実家の姓と婚家の姓を使い分けていたようだ。
 では、庶民はどうだったのか? 江戸時代になって武士などの特権階級以外は名字を禁じられたといわれる。これは厳密な意味では誤りで、幕府が禁じたのは正式な場での使用だけだ。そのため、私的な場では名字を使う農民町人も多かったのだ。
 ただし、農村などでは一族が同じ地域で生活することが多い。そのために名字とは別に屋号で示したり、名前だけで名字を名乗らなかったりした人も多くいた。当時は戸籍がなく、それに代わるものが檀家制度で用いられた宗門人別改帳(人別帳)だが、寺が管理する人数も限られていたため、名字がなくとも不便はなかったのだ。
 しかし、明治時代になって様相は変わる。中央集権化を急ぐ政府は、全国民の居住状況を把握しなければならない。そのために設けられたのが「戸籍制度」だ。明治4(1871)年、政府は戸籍法を制定し、翌年には戸籍を編製する。このとき、必要性に迫られたのが名字だ。
 明治政府は当初、農民町人の名字を全て禁止している。しかし明治3(1870)年になると、戸籍制度を立ち上げる都合もあり、庶民の名字禁止は解かれる。そして同年9月の「平民名字許可令」、明治8(1875)年の「平民名字必称義務令」によって、すべての国民が名字を持つようになった。
 ただし、この時はまだ夫婦同姓ではなかった。国民が名字を持てるようになった年、石川県は政府に対し、「嫁いだ婦女は、終身その生家の氏とするか。嫁が家督などを継ぐなど、夫家の氏とせねばならぬ場合はどう示すか」と政府に伺いを立てる。これに対して翌年、政府の最高機関である太政官は「婦女の名字は所生ノ氏とし、但し夫の家を相続した場合には夫家ノ氏とする」という指令を出す。
 すなわち、女性の名字は結婚していても「所生ノ氏」(実家の名字)であり、跡継ぎがなくて夫の家督を相続したときは、「夫家ノ氏」(婚家の名字)を名乗るとしたのだ。したがって、この段階では夫婦別姓が認められていたことになる。夫の姓を名乗るよう強制されたのは、旧民法が施行された明治31(1898)年からなのだ。
 現在の民法では第750条で、「夫婦は婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称する」と定められている。これによれば、夫の姓である必要はなく、妻の姓もしくは新しい姓を使ってもいいはずだ。しかし、いまだに結婚を「入籍」というように、古い慣習がそのまま残されている。
 さらに、仕事上の都合で結婚前の名字を、そのまま使いたいという要望も増えている。これに対して旧姓の通称使用を認める動きもあるが、運転免許証や健康保険証といった公的な証明書や、銀行口座も通称ではつくれない。
「好きな人と同じ名前になりたい」と願う女性がいるのも確かだが、すべてがそうではないはずで、特に著名人に中には名前の一貫性が求める声もある。さらに離婚をした場合、妻が姓を変えれば子どもも変わる。現在は離婚後も元夫の姓を名乗ることはできるが、民法の規定が変わったのは1976年になってからだ。
 現在のようなネット時代になり、名前は検索のキーワードにもなりうる。ペンネームや芸名で活動している人は別として、科学者や研究者について調べようとする場合、旧姓と新しい名字が混在していてはややこしい。「ならば通称を活用すればいいじゃないか」という意見もありそうだが、その前に夫婦が同姓でなければならない確固たる理由を示してほしいものだ。
 
「日本人が大切にしてきた伝統のウソ」(河出書房新社)より
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