武器を使わない情報戦ープロパガンダ⑲

政敵を廃したナチスの選挙戦略

合法的な選挙で政権を獲得

 ナチスの政権掌握に関する、一昔前の通説的な評価に「ナチスは民意の力で国を乗っ取った」というものがある。たしかにナチスは成立直後こそ弱小勢力であり、「ミュンヘン一揆」と呼ばれるクーデター未遂も起こしている。
しかし武力蜂起に失敗すると、合法路線に転換して選挙による政権奪取を目指した。結果として、ナチスがほぼ合法的に政権を掌握したのは、歴史が示すとおりである。
 1928年5月、ナチスが占めた議席数は12議席で2.6%。1930年9月は107議席で18.3%。1932年7月には230議席を獲得し、37.4%の政府第一党となっている。そんな右派小政党だったナチスが短期間で権力を掌握した理由について、よく言及されるのが選挙宣伝の巧みさだ。
 ヒトラーは大衆を愚かと見下してはいたが、だからこそ無知な人にもわかりやすい宣伝を心がけていた。社会主義政党の方法をあえて模倣し、集会やデモ行進、ビラ、プラカードでの選挙宣伝を重んじる。こうした活動の中でよく使われたフレーズが、「全ての労働者に職とパンを」である。
 ナチスが台頭しはじめたドイツは、第一次世界大戦の敗戦による莫大な賠償金の支払いに追われ、そこに世界恐慌の影響も受け、国内経済が壊滅状態となっていた。国民は、そんな国難を解決できない議会政治への失望をいだく。
 ここに目をつけたヒトラーは、国民生活と経済の再生を第一においた。すなわち、諸悪の根源と国民が考えていたワイマール体制の打破、失業問題解消、ドイツの国際的立場の復権といった、原状回復に的を絞ったのである。
国民の不満や願望に対し、ナチスとヒトラーはわかりやすい解決策を提示する。理解しやすく、耳に馴染みのいい内容に、国民の支持は上昇する。つまりは大衆迎合主義(ポピュリズム)である。
 さらに資本主義や議会制民主主義を失敗と断じ、民族共同体を目指すというスローガンは、若者を中心に絶大な支持を集めることになったのだ。

まずは地方をターゲットに

 さらにヒトラーは、選挙活動の場所にも注意を払った。1928年の選挙で小規模ながらも国政への参加を果たしたが、ベルリンでは左派勢力の勢いが強くて躍進は困難だった。この危機を打開すべく、ヒトラーは地方に目を向けたのだ。
 主要なターゲットとされたのが、貧困が著しい農村部だ。すでにナチスの台頭前より反政府的な抗議運動が散発しており、その不満につけこもうとしたのである。1929年の段階ではテューリンゲンでも州政府への参入を果たしており、地方進出の足がかりは確保されていたのである。
 そこからさらに各地方の影響力を強めるべく、1930年からはゲッペルスの主導でビラやポスターによる宣伝攻勢が行われた。ヒトラー演説を記録した映画やレコードも駆使していたのだが、そこにはアメリカの映画技術も用いられていたという。
 このアメリカ製技術によって野外上映が可能となり、支持率の向上に役立った。このような活動と選挙宣伝の結果、ナチスは1932年選挙に大勝して第一党の地位を確立。ヒトラーもヒンデンブルク大統領に取り入ることで、首相の座を得たのである。
 しかし、共産党や社会党勢力は未だ健在であり、ナチスも単独過半数を取れてはいない。保守派との連立政権であるうえに、閣僚もナチス党員は11人中3人という割合だった。保守派の傀儡となりかねない現状に、ヒトラーが使った手段は放火事件を利用したニセ情報の流布だった。

政敵弾圧に利用した放火事件

 1933年2月27日、ドイツの国会議事堂がオランダ人共産主義者に放火される事件が起きた。この事件には様々な陰謀論も語られているが、重要なことは、ヒトラーが放火を政敵弾圧に利用したことだ。
 ヒトラーは「事件の真犯人は共産党だ」とニセ情報を流し、事件翌日に政府の緊急令に基づいて共産主義者の一斉検挙を実行。逮捕された共産主義者は約2万人にものぼる。そのなかには当然、共産党員も多数含まれていた。結果、最大のライバルと見なされていた左派陣営は大打撃を受け、次の選挙戦はナチスの圧倒的優位で進むと考えられたのだ。
 ただ、3月5日の国会選挙でナチスは288議席、得票は43.9%と、またも単独過半数には届かない。ニセ情報で政敵を排除してもなお、有権者の半分以上がヒトラーにNOを突きつけた形なのだが、共産党員の徹底排除を成せたことは大きな収穫だった。なぜなら、ヒトラーにあらゆる権限を付与する「全権委任法」に反対票を投じる政治家を、事前に一掃できたからだ。
3月23日に法案は国会内で可決され、ドイツはナチスと総統アドルフ・ヒトラーに牛耳られることになる。まさしくナチスは情報と宣伝に長けていたがために、ドイツの勝利者となったのである。

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