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定時先生!第9話 始業前の職員室

本編目次 

第1話 ブラックなんでしょ

 4月1日から始業までの数日間の学校は、高密度に凝縮されたような多忙で包まれている。年間方針や分担の決定、共通理解事項の共有等のために、職員会議をはじめ、学年会議、教科会議、分掌会議等多くの会議が詰め込まれ、部活によっては顧問会議の出張まで入ることもある。その隙間を縫って教室環境整備などを進めなくてはならなず、時間はいくらあっても足りない。
 

 翌日に始業式を控えた日、学年会議を終えた遠藤は、会議で湯茶に使用したポット、茶菓の包みを入れたゴミ袋、それに余った会議資料を手一杯に抱え職員室に戻った。

「遠藤君、学年会でゴミ出たからさ、ついでに職員室のゴミいっしょに集めて出しに行かない?」

 遠藤より2年採用が早い川村に誘われた。同じ1学年担任を務める体育科の女性教員だ。小柄で華奢な川村は、ジャージがあまり似合っていない。
 遠藤は職員室を見渡した。所々に設置されたゴミ箱と、せわしなく働く職員たち。パソコンに向かう者、ペンを走らせる者、コピーをとる者、話し込む者、電話をする者。いよいよ明日、生徒を迎え入れる。その準備が佳境なのだ。遠藤もこの後、学年棟を見回り、教室環境を点検することになっている。
 遠藤と川村は1学年の机付近のゴミから回収し始め、職員室を一周していく。3学年の座席に差し掛かったとき、遠藤は緑のデスクマットを敷いただけの机に気が付いた。4月1日から数日が過ぎ、そこかしこの机が早くも乱雑に散らかりだしている中、マット以外何も置かれていないその机は、一際目立っていた。机の主は席を外しているようだった。

「きれいな机がありますね」

 ゴミ箱を逆さに振って中身を袋に移しながら遠藤が言うと、両手で袋の口を広げて構える川村が答えた。

「ああ、中島先生の机ね。去年もその前もずっとこんな感じの机。どこにどう収納してるんだろうね」
「中島先生はあまり職員室で見かけないですよね。学年室に物を置いて、今も学年室にいらっしゃるんじゃないですか」
「もう帰ったのよ」

 遠藤は驚いて時計を見た。時計は17時を指している。そういえば、定時は16時40分だった。これからもうふた仕事はするつもりだった遠藤は、勤務時間を全く意識していなかったことに気付く。しかし、それは、周囲の先輩教員も同じに違いない。

「中島先生はね、去年もその前もほとんど定時で帰ってるの。でもね、ちゃんと仕事は済んでるのよ」

 中島と、その隣で微笑む妻と思しき女性。そして二人に挟まれとびきり笑顔の子供が3人。中島のデスクマットに挟まれた写真だ。少し褪せたその写真を眺めながら、遠藤は思わず呟いていた。

「はや…」