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父娘問答【8】ブルドーザーのガンバ編

娘に読み聞かせしてて思わずラストにホロリと涙ぐんでしまう名作絵本『ブルドーザーのガンバ』。

主人公のブルドーザー・ガンバは建設会社で大活躍。社員皆から感謝される存在でしたが、今は隠居の身。そんな彼も「日本一大きい団地」の建設に駆り出されることに。老体にムチ打って出陣した現場ですが、工事終了後も現場に置き去りにされてしまいます。それどころか団地建設による自然破壊の犯人としてハイカーに罵られる始末。そんなガンバも最後はある小さな命を救うことと引き替えに命燃え尽きる・・・切ない結末。
 
「う~ん。泣ける話だねぇ。でもアンハッピーな結末なんで子ども向けじゃないような笑」

「ちゃうし(最近の口癖)。アンハッピーじゃないし。自分の行為が小さな命を救ったことを知る前に命尽きたガンバをアンハッピーと思うのは大人の先入見だし」

「ええ?だって助かった男の子が「ありがとう」って言っても、もうその時ガンバは死んでるんだよ。自分の最後の頑張りが結果につながったことを知らないなんて・・・」

「ガンバにとって価値とは、成果でなく過程によって図られるものなの。だからこそ名前が『ガンバ』だし。しかも、これって『モーレツ社員』を意識したネーミングだし」

「あ~、たしかに。この絵本、1982年の改訂版だけど、初版は1973年。まさに第一次オイルショック直前の『モーレツ社員』の時代だよね」

「ブルドーザーの耐用年数がおよそ5年。推測するにガンバは東京五輪後の好景気を背景に建設会社で活躍した重機って設定。まさに高度成長を支えた企業戦士ってことだお」

「職業柄、気になるのは「日本一大きい団地」のモデルはどこか?だよね~。香里団地(1958)、草加松原団地(1962)、高島平団地(1972)なんかが「東洋一のマンモス団地」って言われたけど、きっと「多摩ニュータウン」(1971年第一次入居)な気がするよ」

「そういうモデル探しは物語上さしたる意味ないし。ダメだし。カツオだし」

「いやいや、カツオだしは余計だし。たしかにおっしゃる通り、無粋でした、さーせん。純粋に物語として味わおうね」

「ブッブー。それもバツだし。物語は「モノ騙り」なんだから、舞台のモデル探しはともかく、モノをして何を騙らしめたのか、そのメッセージ性解読は大事だお」

「そうですな。ちゅうことで、高度成長期の企業戦士を建設重機に見立てて『モーレツ社員』の悲哀を描いたってことでしょ。企業側からしたら「しかしガンバ、無駄死にではないぞ。お前が多摩丘陵を造成してくれたおかげでニュータウンを建設することができるのだ」みたいな笑」

「ガンダムネタ言って年下に通じないのはオッサンあるあるなの。反省して」

「うぐぐ・・・痛いところを。でも企業戦士ガンバでしょ?」

「45点。そんな浅い理解で何に涙したの?作者の童謡作家・鶴見正夫さんは1926年生まれ。ということは敗戦時、多感な19歳だったってことだお」

「なるほどなるほど、戦争の影が落ちてるってことね。滅私奉公なカンジがガンバと通じるかな」

「もっと捻れた関係性だし。頑張ることが身体化されている主人公と、その頑張りを搾取することと、称えることと、そして忘却することがセットになってる。ちょうど東南アジアに出兵しながら敗戦を迎え、結果、現地に残って独立戦争に参戦した兵士たちみたいな」

「そうきたか。残留日本兵だね。中国やベトナム、そしてインドネシアの独立戦争を一緒に戦ったんだよね。たしかにインドネシアやベトナムの独立戦争とかって、現地では日本兵が顕彰されてたりする。「大東亜共栄圏」という虚構に踊らされて戦地に送られながら、実は侵略戦争の片棒を担ぐことになった悲劇。そして敗戦を期に植民地支配からの独立を支援することで真の「大東亜共栄圏」を自由意志で目指したわけだね。でもその功績すら日本国内では顧みられない・・・」

「運命に翻弄されながら結果として汚名を受けることになるって、同じ鶴見さんの『ひとりぼっちのぞう』(1986)にも共通する構図だお」

「そうだねぇ。運命に翻弄されながらも頑張り抜いたガンバは「満たされていた」んだよね。だからある意味ハッピーエンドなわけだ」

「ブッブー。アンハッピーではないけどハッピーとまでは言い切れないの。ガンバ自身は満たされたけど、それは『モーレツ社員』を身体化した規律訓練の結果であって、その状況を「満たされた」と感じる教養しか持たなかったってこと。そう思うと重機が「背後から操られることでしか動けない」って象徴的だお。(広義の)教育の恐ろしさでもあるのでは中廊下」

「ガンバにとっての生きる価値は成果でなく過程で図るものだと学習していた・・・か。限定的な任務に特化して訓練された量産型ザクの思想。でも大気圏突破できる性能はない。戦時から戦後にかけての「正解のある時代」の産物だね」

「そう思うとガンバって名前はとっても皮肉で多義的なの。むしろ今は、ガンバらぬは恥だが役に立つの時代だし」

(おわり)

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