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住宅産業論ノート

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住宅産業やハウスメーカー、プレハブ住宅に関する過去・現在・未来を通して、これからの住まいを考える試みです。
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#住宅産業

「滋賀の家展」勝手にスピンオフ|『滋賀からの戦後住宅』妄想目次

7月から9月にかけて滋賀県立美術館にて開催された企画展「滋賀の家展」。今回、おそれ多くも…

「こだわりの提案」と「安心でお手軽」の両立|WEB住宅提案の最前線

「理想のデザイナーズハウスを叶える」という新しい住宅商品サービスが、4月29日に発売されま…

ハウスメーカー住宅ができる世界の仕組みと意味|住宅産業論【ダイジェスト】

まさかの遠隔授業でのスタートとなって、昨年度までのパワポやら配布資料やらを大幅に再編集す…

フリーサイズからホームコアへ|住宅産業界の異端児・ミサワホームの1960年代

1960年代。戦後の深刻な住宅難が依然と続くなか、この頃になると大和ハウス工業や積水化学工業…

セキスイハウスF型|1965年、プレハブ住宅は高級化路線に舵を切った

いまではすっかり高級路線あたりまえになったプレハブ住宅。もともとの理念は高品質・低価格で…

三井Uハウス|飯塚五郎蔵と集成材住宅の夢

ハウスメーカーが手がけるプレハブ住宅とはどんなものか。まだそのカタチもイメージも模索段階…

社会変革は規格化住宅で|プレモス・建物疎開・ネオポリス・casa cube

規格化住宅という言葉を聞いて、皆さんはどんなイメージを持たれるでしょうか。規格化住宅とは、間取りや外観、納まり、仕様・設備などなどを、一定のルールのもとに決めた(=標準化)住宅。 なので、アゲ路線で言えば、プランも構造も最適化されて無駄なコストも抑えられた合理的な住まいだし、サゲ路線で表現すると、お仕着せの間取りや設備・仕様で、融通が利かない画一的な住まいになる。 アゲかサゲか。語り手のお好みによって両極端に評価が分かれるのが規格化住宅ではないでしょうか。 ところで「c

住宅産業論ノート|ハウスメーカーと戦後日本の家づくり文化 はじめに&目次

noteのマガジン「住宅産業論ノート」とその他のマガジンにも書き散らしていた文章たちのうち、…

住宅営業についてのメモ【3】|家を「売ること」のこれから

職場の先輩F主任とOさん。ベテラン住宅営業ふたりは、それぞれにお客さまの信頼を得て契約を…

戦後「住宅産業」論のなにが西山夘三を苛立たせたのか

「住宅産業」というコトバは、今ではなんの違和感もなく使われるようになりましたが、戦後、し…

大工・職人文化とデザインサイディング貼り・新建材まみれ住宅の密な関係

「その会社の技術力を見極めるポイント、ご存じですか?たとえば、この和室をごらん下さい。こ…

住宅営業についてのメモ【2】|「売ること」と「つくること」のあいだ

職場の先輩として住宅営業のなんたるかを折に触れて教えてくださったF主任とOさん。二人がそ…

住宅営業についてのメモ【1】|「営業力」と「住宅の質」のあいだ

一生に一度か二度の買い物である「住宅」。高額ゆえに多くの人がウン十年という返済期間のロー…

ミサワホーム(バック・トゥ・ザ・)フューチャーホーム2001

1987年、森高千里が歌手デビューした5月、東京・晴海で開催された国際居住博覧会にヘンタイ感あふれる趣向を凝らした住宅が出展されました。その名も「フューチャーホーム2001」(1987)。大手ハウスメーカー・ミサワホームが提案する未来型住宅でした(図1)。 図1 フューチャーホーム2001(文献2) この未来型住宅、なにがヘンタイ感あふれるかって言いますと、世界で初めての「回転する家」だったのです。回転する展望台やベッドは昭和のおなじみですが、この「フューチャーホーム20