正しいキックの練習法。止まったボールを蹴る練習には意味がないのか?
僕のnoteではこれまでたくさんトップ選手の分析記事を書いてきて、様々な種類のキックについてある種の正解のようなものは提示してきたつもりです。ただ、その正解に近付くためにはどうすれば良いのかという話はしてこなかったのでここで書いてみようと思います。
最初に述べておきますが、ここで書くことは運動学習やコーチング学等の理論を厳密に適用したものではなく自分がキックコーチとして、小学生からJリーガー、シニア年代の方まで述べ数千人にキックを指導してきての経験・試行錯誤の結果、現時点での正解と思っているものです。
そんな中で接する指導者・保護者の方々からよく出てくるキックの練習法に関する疑問に回答する形で進めていきたいと思います。最後に具体的なメニューも少し紹介しているのでぜひ最後までお読みください。
Q. 数蹴り込んだら上手くなる?
キックの練習に関して最も頻繁に聞かれるのがこれです。
もちろん技術を定着させるためには最終的には数をこなす必要があるのですが、それでだけではかなり遠回りです。
その理由は、キックを構成する要素は無数にあり良いキックを蹴るためにはその全てを適切に調節する必要があるからです。
具体的に言うと、まずキックは片足立ちで素速く蹴り足をスイングする動作なので片足立ちの安定性は必須、しかもそれを安定性を動作の中で実現しなければなりません。そして、蹴り足を速く振るということに絞って考えても助走で勢いをつける、軸足でブレーキを掛ける、蹴り脚を前に引きつけるタイミングを適切にする、体の捻りを使う…という風に無数の要素があります。
数を蹴り込む中でキックが上手くなっていくという主張は、これほど多くある良いキックの条件を数を蹴り込んでいく内に突然クリアする時が来て勝手に上達してくれることを期待すると言っているに等しいと僕は捉えていて、それでは非常に長い時間がかかるのに加えて正しい技術を習得することは難しいと考えています。
ただ漠然と蹴り込むのではなく選手自身が様々なことを意識しながら蹴っていくと十分に上達が見込めるのではないかという主張もあるでしょう。
ここで問題になるのは、人が運動中に同時に意識できることは基本的には1個、頑張ってもせいぜい2個程しかないということです。つまり、キックを蹴る時に助走はこう入って、軸足はこうして、腕はこう広げて捻りを使って、当てる場所はここで、振り方はこうして…なんてことはできないということです。
いくら良いスイングができていても最後綺麗にボールに当たらないと良いボールにならないというのがキックの難しいところで、特に体の捻りを使うことを強く意識した際にはインパクトの位置が大きくずれやすいのはよくある話です。
実際、いろんなことを意識しながら上手く意識したことができているつもりでも実際にはかなり出力を落としてボールに合わせに行っていることが多く、より出力を上げて蹴ろうとするといつも通りの蹴り方に戻ってしまうことがほとんどです。
よって、ボールを蹴り込む中で色々なことを意識して直していくというのは非常にハイレベルな技術、感覚が身についている選手が細かいチューニングをしていくような作業では効果的ですが、通常の選手が行う練習、トップ選手であっても新たな球種や蹴り方を身に付けようとする場合などは異なるアプローチが必要と言えます。
このようにボールを蹴る際に多くのことを意識するのは難しい、そもそもボールに合わせてフルパワーで動くこと自体が難しいといったことから、僕が好んでいるアプローチはボールは蹴らずに必要な要素を一つだけ取り出したトレーニングをすることです。
例えば、小学生含めた育成年代の子供に限らずJリーガーなんかでもそうですが、軸足でのブレーキが弱くて蹴り足を効率よく加速できない選手に対してはボールを使わずにひたすら減速の練習をさせます。その際に最初はできる限りキックから離れて純粋に減速をするための効率の良い体の使い方を頭と体の両方で理解させて段々とキックに近づけるといったアプローチを取ります。
一度思い切りキックから離れることが重要だと考えていて、これによって変な先入観を持たずに効率の良い動作を理解することができ、それをキックに逆輸入することでキックの際の動作が自然と変わることを目指します。
このような要素を抜き出したトレーニングをした後、実際にボールを蹴る際にはさっきのトレーニングでやった感じの動きをキックでもやってみようくらいの感じで細かいことは意識させず、体が覚えている感覚を同様にキックで出すだけというような状況にしてあげると上手くいくことが多いです。
A. むしろボールを蹴らない練習をした方が上手くなる可能性は高い。
Q. そもそも理想のフォームって存在するの?
僕が今年4月に出版した本のタイトルは「本当に正しいキックの蹴り方」なので、理想のフォームを想定していると思われるかもしれませんが実際にはそうではありません。
余談ですが、「キックの蹴り方」というタイトルが頭痛が痛いのような重複表現っぽくて気持ち悪いと言われることが多いんですが、検索ワードへの引っ掛りやすさ、表紙への収まり等々検討し多少の違和感を許容した結果採用された案なのであんまりツッコマないでください笑
キックの話に戻ると、試合中に用いられるキックは相手・味方の状況によって当然異なるべきです。例えば、シンプルなシュートシーンを一つとっても球速を最大化すべきか、相手DF・GKにバレないことを優先すべきか、とにかく打つまでの時間を短くすべきかなどキックの目的は状況に応じてそれぞれ設定すべきです。
それをシュートシーンではこういう蹴り方をすべきと画一的な理想のフォームで語るのは不可能であり、重要な要素を多数見落としてしまうことになります。キックについて語る際には体の使い方的にこのようなフォームが良いはずだというある種の理屈ベースのようなアプローチが取られることが多いですが、実際には試合中に求められる要素から逆算的にアプローチしていくことが重要であると考えています。
そう考えていくと、良いキックを身に付ける上ではあらゆるシーンで共通すべき要素と目的・状況に応じて変化すべき要素がありその組み合わせ方を学ぶことが最も重要です。例えば、軸足での片足立ちを安定させて足を振り切ることやインパクトの瞬間の足の形などは基本的に全キックで共通しますが、軸足の位置、体の向き、捻りをどう使うべきかなど細かい要素を適切に組み合わせることで、とにかく球速の速いキック、蹴るまでの時間が短いキック、相手にコースがバレないキックなど様々な目的に応じたキックを生み出すことができます。
僕がこのnoteを含めて各種SNSでトップ選手のキックを分析・解説しているのは、彼らのキックはトップレベルのゲーム内で生じる極めてハイレベルな要求に適応するための解決策であると考えているからです。
なので、そのようなトップ選手のやり方をとりあえず真似すべきということではなくなぜそのようなキックがその選手が置かれている状況に適しているかを理解した上でそれを自分が取り入れるべきかを検討すべきです。
このような要素は無数にあるので、ただ球速を高めるとか飛距離を伸ばすとかを目指すのではなく、全てのキックで共通して必要になる要素を確実に抑えた上で、試合中に生じる要求に適応するためのその他の要素の組み合わせ方を学習するのがキックのトレーニングであると僕は考えています。
A. 理想のフォームはない。要素の組み合わせで最適解を作る。
Q. 試合に似た状況で練習すべき?止まったボールを蹴る練習には意味がないのか?
これは現場でよく見る指導で実際に僕がプレイヤーとしてサッカーをやっていた時にも度々言われてきたことです。
試合にできるだけ似た状況を再現してトレーニングをすべきというのは自然な発想かとは思います。ただ、最初に考えるべきはボールを動かすことが本当に試合中の状況の再現に繋がっているのかということです。
これまでにも何度か述べている通り、実際の試合中のキックでは相手・味方の状況に応じて、またそれ以外のその時のプレーの文脈に応じて要求されることが異なります。ボールをセットした状態から自分でボールを転がして蹴る時とは心理的な状況は全く違うし、視覚的なフィードバックを受けながら動作を遂行するのかどうかという点でも大きく異なります。
よって、ボールを多少転がして蹴ろうとしたところで試合中の状況を適切に再現することが不可能です。忠実に試合中の状況を再現した練習をしたいのであればシュート練習は基本的には成り立たずゲーム形式の練習でシュートの本数が増えるようなアプローチを取るしかなくなってしまいます。
この辺りはキックのスキルに限らずサッカーのトレーニングをどのように捉えるのかというより大きな枠組みの話になってきますが、僕はゲームに近い練習だけをやっていても身に付かない要素は積極的に抜き出してトレーニングすべきだと考えています。
例えば、キック以外の例で言うとサッカー選手は走り込みをすべきかというテーマです。サッカーの体力はサッカーで向上させるという考え方もありますが、例えば強度が高くして体力要素に負荷を掛けることを狙って設定をしたゲーム形式のトレーニングでコーチの意図通りに強度が上がらない場合などは、体力要素だけを抜き出してしまって素走りをしてしまうのが効率的だと考えます。
キックの技術に関してはより複雑な要素がありますが、ゲーム形式の練習などをしていてもどうしても身に付かない技術的な要素は存在しているので、そのような要素を身に付ける上では複雑性を落としてフォーカスしたい要素を適切に抽出したより単純なメニューを用いてトレーニングしていくべきだと考えています。
そうして適切な要素を抽出したトレーニングの中でボールをセットした状態から転がして蹴ることが選択されることは当然ありますが、何でもかんでも転がして蹴るべきという訳ではありません。
特にキックにおいてかなり重要な軸足の位置を習得する上でいきなりボールが動いた状態で学習することはかなり難しいので、止まったボールで練習することが適している場合も多いです。
A. ボールを動かしたとて試合の状況には似ない。本質的な要素を適切に抽出。
練習メニュー公開:インステップにインパクトできない場合のアプローチ
それでは、最後に具体的なトレーニング方法を少しだけ紹介します。
ここで注目する要素はインステップで綺麗にインパクトすることです。これは初心者で特に目立つ課題ではありますが、プロ選手でも実は綺麗にインパクトしきれていないことは多いので、全年代・カテゴリーで効果的なアプローチです。
この記事内での話と絡めて言うと、綺麗なインパクトは全てのキックに共通して重要な部分なのでキックのトレーニングを始める初期に取り組むべき内容です。
インパクトを良くするにはボールに対して蹴り足をどう合わせるかがポイントなので当然ボールを扱うトレーニングにはなりますが、ただ闇雲にボールを蹴るのではなく蹴り足をボールに合わせることを強いる制限・ルールを設けているのがポイントです。
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