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夜を切り払う

掌がかあっと熱くなる。
いつだって私は自由じゃないのに、この身体は舞い踊るかの如く動くのをやめない。
風が身体を動かして、夜の海に向かって舟を漕いでいるようだ。

筆舌に尽くしがたい奔放さが、思考と切り離された所で円を描く。

私の影は、光を捉える。
そこに憎しみも、暴力もない。ただそこに、置きに行く。
夜の空と地面の境目をなぞっても、世界は別れやしない、木の幹を直線でなぞっても、なにも削ぎ落ちやしない。
ただそれが幸福なのだ。
対峙するあなたはいない。ただそれが心を軽くする。
重くなった前腕と、小指から中指までの間で軋む、その音がわたしの鼓動に寄り添う。

光が見える。
点けてきたわたしの部屋の明かり。
不恰好に、一際明るく輝くわたしの部屋は、いつだって視界の片隅にあって、ただ、そこにある。

円を、描く。身体が夜に投げ出され、溶けていきそうになる。
わたしは頼りない一条の枝を掴み、その奔流に身を投げる。
昔、心のない、形と評されたわたしの風は、最早夜と風と、冷たさと、その一体であった。

小さな部屋の、区切られたあなたに、この喜びを教えてあげたい。
どこまでも自由で、どこまでも開かれた夜を。
そこを舞う風の楽しさを。
ことばは、諸手から落ちてゆく。
腕に感じる一本の硬い筋が、わたしだ。

なぞり、触れ、夜を愛する。振るうとはそこに一切がない事。
無であるから、振るう事が喜びなのだ。空と地と、その間に隔たるものが、あってはいけない。

夜に永らく触れなかった三尺の木刀を振るった。
誰かの為に、祈る為にこの一条を背負った。
だがそこにあるのは、開け放たれた気持ちと、冷たく心地よい自由であった。
そこに対峙するあなたはいない。ただ一切の夜となりて、吹き抜けてゆく気持ちがあった。

対峙する間に心なぞ無くて良い。吹き抜ける風に身体が乗っている。
こんな経験は、何度もある。
雪の降る音を、聴いたことがあるかな。
夜の手触りを、感じたことがあるかな。
無限に溶けてゆく、真っ暗闇を知ってるかな。

きっと誰かを救うことは出来ないけれど、そういう話を、してみたいんだ。定義なんて人それぞれだけど、きっとこれが、心なのだろう。

ああ、わたしに思考はない。わたしは身体そのものだ。ただ円を描き、うねり狂う風の冷たさを肌一面で感じる。強烈な身体感覚と、静まり返る世界と思考、我は凪、我は暗夜、我は円運動のその最大作用点。

夜を味わい、夜を切り払い、夜を焼き払う。そしてわたしは、夜そのもの。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。