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毎日が人生の1日目

Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏が先日、CEOを退任しました。

そのとき社員に向けて書いたメールにこんな言葉があります。

"Keep inventing, and don’t despair when at first the idea looks crazy. Remember to wander. Let curiosity be your compass. It remains Day 1."

"発明を続けてください。最初はアイデアがクレイジーに見えても落ち込まないでください。さまようことを忘れないでください。好奇心を羅針盤にしてください。今日はまだ「初日(Day1)」なのです。"

この「初日(Day1)」という言葉。ジェフ・ベゾスが創業以来、社員や投資家に言い続けてきた言葉として有名です。

「Day1」にはいったいどんな意味がこめられているのでしょうか?

今日は残りの人生の「初日」である

ひとつは、つねに「創業1日目」のように新鮮な気持ちで、好奇心を持っていこう、という意味でしょう。初心忘るべからず。惰性で毎日を過ごさずに「毎日が創業初日だ」と思って取り組もう、という意味もあるでしょう。

ぼくは勝手ながら、もうひとつ「今日が人生の初日なのだから、過去にとらわれてはいけないよ。どこまででも成長できるよ」という意味もこめたいと思います。

今日は人生の初日。未来は白紙。だから、なんだってできる。どこにでもいける。そういう意味の言葉ではないか。

「Amazonはこれまで本だけを売ってきたけれど、なんだって売ることができるよ。これまでショッピングだけをやってきたけれど、デバイスもつくれるし、クラウドのサービスだってできる。つねにDay1なのだからなんだってできるよ」みたいな感じです。

過去にとらわれ、現状に満足してしまったら、そこで成長は止まります。「これまでこうしてきたからこれでいいんだ」というところに安住していては何も変わりません。

今日は残りの人生の1日目なのだから、なんだってできる。過去の自分を更新し続け、どんどん自分を変えていこう、とジェフ・ベゾスは言い続けてきたのではないかと思うんです。

別にぼくらはジェフ・ベゾスではないので、そこまで大きいことはできないでしょう。ただ「これまでこう生きてきたから、これくらいにしかならない」というのは完全に幻想であり、思い込みです。「Day1」という言葉にそんなことを思うのです。

今日がいちばん選択肢が広い

昨日と同じような今日。今日と同じような明日。……そうやって、気づけば1年が経っていたりします。

毎日をのんびり過ごして楽しく過ごすのも悪くはありません。きちんと生活できていれば100点です。

一方でぼくは、ほんのり野心があったりするので、どうせ一度きりの人生なのにそれじゃもったいないかもなーと思ったりもします。

まあまあ長く生きてくると「この先どうなるか」がだんだん見えてきます。「このままいけば3年後はこうなるな」「5年後はこうなるな」というのがわかってくる。そして放っておけば無意識にそこに導かれていきます。

でも、これまでの延長上に未来がなくちゃいけない、なんてことはありません。「こうならねばならない」と誰も言っていない。未来は誰からも押し付けられていません。これまでの延長上に未来を描かなくてもいいのです。

もちろんこれからサッカー選手になることはできないし、パイロットになることも、宇宙飛行士になることもできないでしょう。たしかに年をとればとるほど選択肢は狭まっていく。

ただ忘れていけないのは「残りの人生でいちばん選択肢が広いのもまた今日である」ということです。

いまぼくは編集者をやっていますが、もっと企業に関わるような仕事をするかもしれないし、もっと広告っぽい仕事をするかもしれません。もしくは映画監督とか放送作家みたいなことをするかもしれません。

それはこれからの自分にかかっているし、可能性は思っているよりもたくさんあるはずです。

結局「どうなりたいか?」だけが問題だ

結局「どうなりたいか?」だけが問題なのではないか、と思うんです。

みんな「できるか/できないか」を問題にしがちなのですが、人生「やればできる」ことはけっこう多い。人生をどこに設定するのか? それに尽きるのではないか。

人生は、跳び箱みたいに「3段を跳ぼう」と決めれば跳べるし、「7段を跳ぶぞ」と決めれば案外跳べるようになるものです。

「跳べるかどうか?」よりも「何段を跳ぶか決める」ほうが大切です。そして、何段を跳ぶか決めていない人が偶然10段を跳べることもほぼないと思うんです。

自分で自分をまず信じる

最後は、やっぱ自分で自分を信じることです。

「こっちに行くぞ」と決めたら、未来の自分を自分で信じてあげる。

まわりに自分を信じてもらおうとしてもなかなか難しいでしょう。なぜならまわりの人は「自分の過去」しか見えてないからです。

自分の未来を見られるのは自分しかいない。自分の未来を信じられるのは自分しかいない。だから、まず自分が自分を信じてあげること。それが大事なんだと思います。

そして、まわりの人は「過去の自分」だけを見て接してくるので、そこに引っ張られないように注意しないといけません。もちろんアドバイスは聞いたほうがいいでしょうが、「それは似合わないよ」「それはむずかしいんじゃない?」といった言葉に必要以上に影響を受けないこと。

なりたい自分、未来の自分にフォーカスしながら行動する。そうやって動き続けていれば、まわりもきっとそこに合わせてくれるようになるはずです。

ある曲の歌詞に「なんにもないってこと。それはなんでもありってこと」という言葉があります。今の時代ほどこの言葉がピッタリ来る時代はありません。「先が見えない」というのは、裏を返せば「なんでもあり」ということです。先が見えないこそ、おもしろい。先が見えないことからこそ、どうにだってなる。

暗闇に足を踏み入れるのは怖いかもしれませんが、真っ白なキャンバスに自由な絵を描くことは楽しいはずです。白紙のキャンバスにはどんな絵だって描けるのです。


……と、今日からまた1週間が始まるので、自分を鼓舞するような文章を書いてみました。

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