マロンパイ (1/3)

 せっっっっっま!!!!というのは「都心に引っ越したいんだけど、不動産屋が案内する物件ってどこも間取りがゴミ」とかいう話ではなく、会社の近くの区民プールに泳ぎに行ったら25メートル 6レーンしかなくってアフターファイブのおっさん達で芋洗状態だったっつう話。「最近運動できてないんすよねー」とかマックでランチしてた時の気のない会話に上司が「区民プールとかいいんじゃない?」ってフライドポテトをぱくつきながらかるーく返してきてピピーンとというよりンンッ?くらいの俺っちの興味レーダー反応があって「区民プール…っすか?いいっすね…」と返したら「いやいーよあそこ。なんか港区の税金20億くらいつぎ込んだらしくてさ」とかすげぇオッサンくさいウンチク語られて「もし行ったら感想聞かせてくれよ」ってもうマジダルゲロゲロ丸ですわと思ってたら「じゃよろしくな」「はぁ…(ぜっっっっったい行かねー)」と思ってたけどなんかあーいう言われ方が一番気になるというか普通に仕事として雑務振られるよりもよっぽど気持ち悪い、から「ドクソがっ!」と独りごちながら仕事終わり定時退社日にやってきたわけ。さすが港区、道路の舗装は無駄に綺麗でアスファルト敷きたてですかって感じで歩道はペールトーンのタイルがモザイクに組んであってハイソサイエティ〜って感じで早速ムカつく。歩いてる男も女もやけに背すじ伸びててすっくとしてるし「これからパーティですので」ってね。そんで件のスポーツセンターは駅からも見えてたんだけど近づくと隈研吾っぽい木の板がペラペラなびいてる感じのファサードでもう。しかも隈研吾じゃねえしスマホで調べたら死ね。受け付け3階だしプール は6階だし何なんだよ区立のくせに縦長すぎ。でその結果あのプールですわ。ぶっ殺すぞマジで。時間返せ。と思いながらもまぁ2時間500円とか地味に高い金額取られちまって貧乏心から30分だけは泳ぐか…と言うわけで「おいっちに、おいっちに」ってストレッチして人波の様子を見つつプールサイドからそろっと入る。タイミング見たつもりだったのにグーッと潜水気味に泳いできた人の指先がピヤって触れて、すっと水面に現れたゴーグルに向かい「すみません」と謝る。そのおっさんは先に行かせて後ろに並んで順番を待つ。第六レーンは片道コースで俺が入水したのはゴール側、奥からこっちに向かってみんなが泳いでて、ゴールしたら全員隣りの第五レーンに移ってからまた泳ぐんだけど、ライン生産方式よろしくスビャー、スビャーと同じリズムを刻んで壁から発射していく。ちなみに同じレーンの中でも二列になってて左側が追い越し車線にで「俺っちちょっとみんなよりは早いんで失礼します」って表情のやや肩幅の広いマツダCX-5って感じのおっちゃんたちが泳ぎ、右側の超ど平均トヨタカローラって感じのおっちゃんたちを追い抜いていっていた。でも出だしのリズムはジャパニーズクオリティでいいんだけど泳ぐスピードがまちまちだから反対側つくときには追いついたり追いつかれたり、なんだかな。かくいう俺もマツダ側泳いだら最後後ろのおっちゃんの気配感じて焦って戻るときはトヨタ側にした。難しいね。
 そのまた隣は往復レーンが二つあるのだけれど、微妙に人数構成と速度感が違って、これもまた日本人的暗黙の了解というか「私はこっち」「僕はこっち」とみな自分の力量と混雑から周りに与える影響をなるだけ抑えるように泳ぐレーンを選んでいた。基本片道レーンに近い側(第四レーン)が遅くて人が多く、反対(第三レーン)が速くて人が少ない。まぁ少ないといってもみんな止まる余裕ないくらいつまってはいて、休んでる人たちはレーンの隅にキュッと細くなってるんだけどね。ポールみたい。折り返す時に思い切り息吸う顔が、その間をガバァ、ガバァ。時おりクイックターンでバシャン。後ろを向くポール。あぁみんな互いに迷惑にならないようにしつつ互いに迷惑してんだなぁと思って見てたら遅いレーンの方は何か一人やたらと遅い人がいてそいつのせいで全然流れがスムーズにじゃなかった。しかも外人。女性。色白。腕がやたら長い。彼女はそのシャピーンって細くてなんかすばやく振ったら肉とか切れそうな腕を、全くもってゆっくり蚊でも止まりそう…な速度でくるくる回しながら25mを行ったり来たり、でもどうにも下手くそで溺れかけに見えて、その後ろには4,5人の人が連なってむっちゃちっちゃく平泳ぎしてて、迷惑そうな顔がプカァーパシャプカァーパシャと水面を出たり入ったりしている。あーあ見てらんない、てか追い越しOKな一方通行のレーン泳げよ、ってこれは俺の意見じゃなくて後ろの4,5人の代弁のつもりなんだけど、まぁそういうフレーズが頭に浮かんじゃう時点でそう思ってんだよな俺も。空気読めー、って、KY、って。日本人だから。いやまぁこれが日本人特有の考えってのもどうかと思うけど、まぁ彼女の国にはそんなものはないんじゃないの。
 「そんなことないわ。」とソフィアは言い返す。「空気を読むのは日本人の専売特許じゃないのよ。それにあの状況で私が空気読んでないってのも心外ね。」「だってうしろ、つっかえてたぞ。」「それはそうよ、ユーイツィ。私はもっと大きなことを言っているの。」「大きな?」「私があそこのプールでスイスイスイッて泳いでいたらユーイツィどう思う?」「え、いや別にどうって…」「ちょっと嫉妬するんじゃない?」「は?」「こんな色の薄くて線の細い西洋美人が優雅にプール泳いでたら、あぁ、神よ、人生はなんて不公平なのだ、って空見上げちゃうんじゃない?」「…どっから突っ込んでいいか分からない。」「どうして?」「どうしてって…」「どうして分からないの?」「いや、うん、つまり、、、選択肢いっぱいあったら悩むでしょ?」「選ばなくていいじゃない、全部言えば。遠慮することはないわ。」「いや、その、、、、、、もういいや。」「あなた、そういうところの方がよっぽど日本人的よ。」「はぁ。」「言葉は濁さない、言いたいことは言う。」 「いや、うん、その」「あなたの言いたいことはそんなカンタンシなの?」「いや感嘆詞じゃないけど」「じゃあ早く」「言おうとしたらソフィアが遮るんじゃないか」「隙を見せるからいけないのよ」「…」「黙らないっ!」「んだからお前のそういう厚顔無恥で傍若無人で歯に衣着せないところが空気読んでねぇってんだよ!それに日本人は神に祈る時は空見上げんじゃなくて2礼2拍1礼!顔はすこし下向き!」「あはは!」「あははじゃねぇよ!」「もうそんなこと言うの躊躇していたの?本当ユーイツィって馬鹿ね。細かいところにこだわるのは日本人の良くないところよ!」「…」「あんたみたいのが”古池や蛙飛び込む水の音”とか誦んじゃうのねきっと。」


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