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自#135|サンセットパーク2(自由note)

 マイルズは、今、誰にも頼らず生きています。何かあった時に、自分を守ってくれるセーフティネットは存在してません。マイルズは、非正規のフリーターです。ある程度の蓄えがないと、突然、レイオフされた時、食えなくなります。節約をして貯金をしておくことは、ある程度の持続可能な将来を担保するためには、必須の徳目です。

 節約をするために、欲望を削ぎ落として行きます。煙草も酒もやめました。外食もしません。テレビもラジオもコンピューターも持ってません。車は所有しています。仕事先に行くために、どうしても必要です。仕事の連絡は、すべてケータイ(スマホではなくガラケー)に届くので、ケータイも必需品です。デジカメは、持っています。これは、一応、趣味ですが、アメリカのような訴訟社会では、何かが起こった時、やはり証拠が必要です。自分自身の正統性を証明し、相手の過失を指摘するためにも、証拠写真のようなものが、時として必要とされます。

 住まいは、家賃の安い貧しい界隈の小さなアパートに住んでいます。自分に許している唯一の贅沢は、本を買うことだけです。ペーパーバックの小説です。アメリカ小説、イギリス小説、翻訳小説など。

 どこかに移動し、部屋を借りて新しい生活をするだけの貯金は、もうできています。フロリダの太陽は、もう充分に浴びました。マイルズは、フロリダの太陽は、魂に善を為すのではなく、悪を為すと考えています。フロリダの太陽は、マキャヴェリ的な偽善的な太陽であり、それが発する光は、事物を照らすのではなく、より曖昧にし、絶え間なく過度に明るい光輝でもって、人の目を眩まし、蜃気楼のような反射と無が作るゆらめく波とで、人の安定を奪っているように思えます。

 つまり、マイルズにとって、フロリダの豊かな自然の景物も、保養地の安らぎのある生活も、マイアミの海岸や街も、ディズニーリゾートも(もっとも、マイルズは、マイアミやディズニーリゾートには足を運んでないとは思いますが)すべて偽善的に見えてしまっているわけです。

 今、マイルズをフロリダに引き留めているのは、ピラールサンチェスと云う6ヶ月前に公園で偶然に遭った女の子です。マイルズは、女の子に惚れやすい性格で、自分の好きな女の子が、自分の人生に決定的な役割を果たし、女の子と一緒に生活することで、幸せになれると、確信できる才能の持ち主です。

 マイルズが惚れるのは、知的な女の子です。頭の中がからっぽで、ただ可愛くて、胸がおっきいだけの女の子には、興味を示しません。知的な会話のキャッチボール(それも主に文学)ができる女の子にのみ、興味を持ちます。初めて出会った時、ピラールは、五月半ばの土曜日の午後、芝生に座り込んで、フィッツジェラルドの「グレートギャッピー」を読んでいました。まったく、たまたまなんですが、少し離れたとこで、マイルズが読んでいた本も、「グレートギャッピー」だったんです。こういう偶然があると、相手のことを、運命的な出会いのパートナーだと、思い込んでしまい勝ちです。残念だったのは、ピラールが、あまりにも若過ぎたことです。出会った時、彼女は16歳。半年後の今は17歳。28歳の男と、16、7歳の女の子が付き合うことは、アメリカのどの州でも認められていません。日本でも、もちろんNGです。女の子にもてそうな、仲のいい教え子の男の子が卒業する時、「高校生には、絶対に手を出すな」と、私は厳しく警告を発しています。

 マイルズは、ピラールサンチェス(名前からしてヒスパニック系です)と付き合い始めます。マイルズが、ピラールの身体に触れるのは、自分の部屋の中にいる時だけです。SEXはしません(ギリギリ近いとこまではします)。朝、車でピラールを、ジョンFケネディ高校まで送って行きますが、学校の3、4ブロック手前で、彼女を降ろします。外では、キスもハグもなしです。警察に通報されたら、マイルズは、即座に刑務所行きです。

 ピラールは、両親を2年前に自動車事故で亡くしています。彼女は、25歳のアンジェラ、23歳のテレサ、20歳のマリアの三人の姉と一緒に暮らしています。マリアは、美容師になるために、コミュニティカレッジに通っています。テレサは、地元の銀行の窓口で働いています。一番美人のアンジェラは、カクテルラウンジのホステスです。亡くなった父親は、キューバからの移民で、郵便配達の仕事をしていました。財産は、ありません。経済的にはかつかつの生活です。知的で勉強も良くできるピラールは、大学進学を希望しています。成績がずば抜けて良ければ、奨学金をもらって、大学で学ぶことが可能です。

 マイルズは、ニューヨークの名門高校を卒業し、その後、ブラウン大学に進学しています。で、3年時が終了した時点で、ドロップアウトしました。7年半、ブルーワーカーとして、仕事をして来ましたが、高校生に勉強を教えるくらいのことはできます。宿題を手伝ってあげて、SATの点数を上げるために、コーチもします(センター試験と同じで、SATだって、要領の良さが必要です)。ピラールの高校では教えてない、微分積分の手ほどきもします。長編小説、短編小説、詩なども、次々に朗読して聞かせます。野心のカケラもなく、名門のアイビーリーガーの大学を中退して、ブルーワーカーとして、その日暮らしをして来た若者が、好きな女の子のために、野心に目覚め、精一杯あと押しをする役を買って出たわけです。ピラールは、看護婦になるのが夢ですが、マイルズは、優秀なピラールは、大学卒業後、メディカルスクールに進学して、医者になるだけの力があると判断しています。

 マイルズのサポートのお陰で(マイルズは、勉強のやり方を知っていて、それをフロリダの田舎の高校生にきちんと教えたんです)SATは、最高の結果が出ます。高校の成績はオールA。アイビーリーグにさえ、届きそうな成績です。が、合格するだけでは、大学には通えません。奨学金を貰う必要があります。が、奨学金付きで、入学を許可されるかもしれないので、プリンストン、ブラウンと云ったアイビーリーガーの大学にも願書を出し、ヴァッサーのような名門女子大も押さえ、確実な滑り止めとして、地元のフロリダ州立大学にも願書を提出します。アメリカの大学は、AO入試なので、自己推薦書のようなエッセーが必要です。文学的な素養のあるピラールは、要求されているエッセーを、いとも易々と書き上げます。マイルズが見て、訂正する必要がまったくないと判断できるすぐれたエッセーです。

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