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きまぐれな悪魔

ある日、僕の前に悪魔が現われた。

悪魔は「お前の声をよこせ」と言う。

それは何故かと尋ねたら

「お前は毎日、悲観的なことしか言わない。マイナスの言葉は悪魔にとってパワーの源であり、愚痴、不平不満、弱音は最高のご馳走だ。不幸を呼び寄せるお前の暗くて悲しい声は、本当に素晴らしい」

そんなことを、悪魔は真剣に語っていた。

くやしかった。

僕が毎日マイナスのことしか言わないのは、悪魔の言う通りだ。

そこは否定できない。

でも人の不幸を喜ぶなんて許せない。

悪魔は「お前の声をくれるなら、何でも願いを叶えてやる」って言ってたけど、話せなくなるなんて絶対に嫌だ。

僕はこう見えて、お喋りが好きなんだ。

悪魔は何度も誘惑してきたけど、僕の気持ちは絶対に揺るがなかった。

悪魔が僕に取り憑いて1ヶ月ほど経ったある日、悪魔は笑って言った。

「なんだお前?また泣いてんのか?おもしろい顔してんな。人間は涙ってやつを流すと、すごく変な顔になるよな?なんだその顔」

僕は悪魔を睨み付けた。

「まぁそんなに怒るなって。今日の俺は機嫌がいい。相談に乗ってやってもいいぜ?」

悪魔がそんなことをいうなんて変だ。何かあるに違いない。

「どうせ、その代わり声をよこせって言うんでしょ?」

僕はどれだけ苦しくても、声だけは渡すつもりはなかった。

「心配すんなって。今日はタダだ。無料で相談に乗ってやる。ホントだって。お前の声をもらうには、どのみち契約が必要だから、勝手なことはしねーよ。だから言ってみろ。ほら、遠慮せず言ってみろって」

悪魔に相談なんて、絶対したくなかった。

でも孤独で寂しかった僕は、涙の理由を打ち明けてしまった。

「なに?何をやってもうまくいかない?寂しい?苦しい?消えてしまいたいだと?フン、1ついいことを教えてやろう。
 人間は元から悩み苦しむ生き物だ。だから辛かったら消えたくなるのは当たり前だ。脳がそう考えるように作られているからな。
 周りが幸せそうに見えるってお前は言うが、みんな悩みを隠して生きてるだけじゃねーか。
 お前は街に出て、僕は勉強もスポーツもできません。女の子にもモテませんってアピールしながら歩くのか?普通の顔して歩いてるだろが。
 だからお前は正常なんだよ。人間はどいつもこいつも、心の中で泣いて苦しんでいる状態がまともなんだ。わかるか?」

僕は納得できなかった。

当然のことを、もっともらしく言っているだけじゃないか。

「そんなことわかってるよ!でも辛いのは嫌だ。苦しいのはもう嫌なんだ。これからどうしたらいいかわからない。幸せになりたいんだ。どうやったら幸せになれるの?」

「はぁ?もしかしてお前、幸せがどこかに転がってるって思ってんのか?いつか幸せがやって来るって夢見てんのかよ。バカだな。ホントに人間ってバカだな。
 あのなぁ、幸せや不幸は人間が自分の都合で決めることだ。この世界で起きる現象に幸せも不幸もねーよ。お前らが目の前の現象を、自分の都合で幸せかどうか、勝手に判断してるだけじゃねーか」

僕は驚いて声をあげた。

「え、どういうこと?幸せってどこにもないの?」

「あるかよ、そんなもん。お前が今幸せって決めたら幸せなんだよ。何でも前向きに考えるプラス思考ってやつだ。
 ここで俺が断言しといてやるが、この人間界はお前らにとって生きにくい世界だ。神は何ゆえこんな世界にしたのか知らねーが、戦争や天変地異、病気、貧困、差別。見てみろ、苦しみだらけだろ?
 さらにお前らには寿命がある。歳を取れば取るほど大変な世の中だ。途中で事件や事故に遭うかもしれねーしな。仕事もキツいし人間関係だって面倒でやってられねぇだろ。たまに悪魔より凶悪な人間もいるからな。
 ざっと考えてみても苦しいことばっかじゃねぇか。だから前向きに考えるしか、この世界で幸せに生きる方法はねーんだよ」

「そ、そんな……。でもなんだかこの世界のことに詳しいんだね」

「まぁな。人間界のことを勉強しろって上がうるさいんでな。amazonで本を読み漁ってるんだよ」

「えっ!悪魔も勉強してるの?」

僕は驚いて聞いた。

「当たり前だろーが。悪魔だって人間を騙すために必死で努力してるんだよ。お前はいっつもどっかの神に祈ってるが、たまには自分を信じて努力しろや。自分で何も努力してないのに、神が願いを叶えてくれるわけねーだろ」

なんだ、なんなんだこの悪魔は。

すごく、まともなことを言っているような気がしてきた。

いやでも、騙されてはいけない。

これは僕を騙すために言っているんだ。

「あーそうそう、amazonで思い出したが、ナポレオン・ヒルを知ってるか?奴はこう言った。
 『どんなことでも鮮明に想像し、心から信じたことは必ず達成される』
 ってな。お前は想像力が足りねーんだよ。いつもマイナスの想像ばっかりしやがって。お前が成功した時をもっと想像しろや」

えぇ、うそでしょ……。

悪魔はまるで頼れる先輩のように、僕を励ましてくれた。

口は悪いけど、まともなことを言ってる。気がする。

「それからまだあるぞ?お前のマイナスの言葉は俺にとってご馳走だが、お前らの世界では良くないことだろ?マイナスのことばっかり口にしてたら、今のお前のようにツイてない毎日になる。言霊の力ってやつだ。
 その反対に悩みがあっても、言葉だけでもプラスにしていれば良いことがあるんだよ」

なんだって?悪魔のくせに、言霊のことまで説明しだしたよ!

「えっと、あの、なんでプラスの言葉を口にするといいことがあるの?」

悪魔は一瞬考えて言った。

「んなこと知るかよ。お前らの世界じゃそうなってんだよ。あのな、なんでとかどうしてとか、いちいち考えるのは止めろ。宇宙はなんで存在するのとか、地球は何で回ってんのとか、そんなこと考えても1円の得にもならねーだろが。俺だって、悪魔の存在の理由は説明できねーからな。
 とりあえず前向きなことを口にしてりゃ、脳と心が反応して前向きになるって仕組みじゃねーのか?あと潜在意識ってやつに刻み込まれるんだよ。
 小説家に絶対なるって毎日言ってたら、小説家になる確率は高いよな?間違っても総理大臣なんかにゃならねぇ。口癖ってのは大事なんだよ」

潜在意識!なんでこの悪魔はさっきから例え話がうまいんだ?どこで習ったんだ?この悪魔は日本人なの?

「じゃあ悪魔は、いつも前向きな言葉を言ってるの?」

「はぁ?お前あほだな。悪魔が弱音を吐くわけねーだろ。俺たちは死なない。人間を騙し、支配して毎日を楽しむ。ただそれだけだ。快楽のためなら何でもするし、快楽のための努力は楽しいんだよ。
 だから前向きなことしか言ってねーし、プラスのことしか考えてねーよ。今が楽しけりゃそれでいいんだ。未来のことなんて知るかよ。
 まぁ人間界の善か悪かで言えば悪だが、お前より悪魔の方がよっぽど前向きでやる気もあるし、努力してるだろーよ」

なんてことだ。

僕は心から驚いた。

地獄からやって来た悪魔よりも、僕の方が暗くてやる気も無くて、努力不足だったんだ。

悪魔は僕に顔を近づけて言った。

「はぁ。今日はお前にとってタメになることを言ったようだが、俺にとっては何の得もない。つまらねーな。
 でもその顔だと、明日からも絶望的な弱音を吐いてくれそうだな。まぁ消えたくなったらいつでも呼んでくれよ。すぐに地獄に連れて行ってやるぜ」

「あ、あの、僕は死んだら地獄に行くの?」

「そりゃ行くだろ。今のお前の心は地獄そのものじゃねーか。そんな死んだ顔した奴が天国に行けるわけねーよ。あ、行っておくがな、この世界で辛いからって死んでも、地獄はもっと辛いからな。
 でもな、お前はまだマシだぞ?五体満足で住む家もあって飯にも困らねー。消えたいって言っても、スネてるだけだろ?
 ホントにヤバイ奴ならそんなことを言う前に、もうとっくに消えてるよ。お前は文句ばっかで感謝ってやつが足りねーんだよ。今日の俺にも感謝しろや。
 そんでついでに言っておくがな、人間はバカだから死んだら終わりだと思ってるようだが、死んでも何も終わらねぇ。ククク、むしろ始まりだ。
 おっと、ここから先は有料だ。声を渡す気になったらまた呼んでくれや。じゃあな」

悪魔はニヤリと笑顔を見せた後、静かに消えていった。

悪魔の言葉に心を撃ち抜かれた僕は、ふらふらと腰が抜けたように座り込んだ。

すごい勢いだった。悪魔ってお喋りなんだな。

それにしても、よりによって悪魔に励まされるなんて。

いやあれは励ましになるのだろうか?

でも……。

悪魔に優しさはまったく無いようだけど、僕にとっては救いの言葉だった。悪魔に救われた気がする。

考えてみれば、悪魔の言う通り、僕より辛い毎日を送っている人はたくさんいるのに、僕は甘えていたんじゃないだろうか。

自分が辛い時は、感謝の気持ちを忘れているって先生が言ってた。

そうだ、僕は自分のことしか考えてなかった。そして何でも人のせいにしていた。

こんな性格だから、悪魔がやって来たんだ。

くそう、悪魔に説教されて救われるなんて、僕はなんて情けないんだ。

ようし、今から僕は幸せになろう。いや、もう幸せなんだ。

その時から僕は、心の中では泣いていても、言葉だけは元気で前向きな事を言うようになった。

翌朝。

朝起きると、いつも絶望が僕を襲う。

もう何もしたくない。

このまま消えてしまいたい。

起きたって何も良いことが無いから、ずっと眠っていたかったんだ。

こんな僕を、いつも悪魔はニヤニヤしながら眺めている。

でもこれからは大丈夫。

「今日は僕の人生で最高の1日になる」

そうつぶやいて、そう信じているから大丈夫なんだ。

きっとうまくいく。

絶対うまくいく。

そうやって前向きな言葉をつぶやいていたら、悪魔はいつの間にか僕の前から消えていた。

恐る恐る呼んでみたけど、悪魔は現われなかった。

今の僕の声は、悪魔にとって価値が無くなったのかな?

本音を言うと、少し寂しかった。

悪魔は嫌いだけど「ありがとう」って言いたかったな。

でもあれは、本当に悪魔だったのかな?

もしかして、神様が悪魔に化けていたんじゃないだろうか?

そんなことを思いながら、僕は学校へ向かった。

おわり

【 短編小説 】
僕と幽霊

ここだけの話ですが、現在タイムマシンを作っているので、その資金に使わせて頂きますね。サポートして頂けたら過去のあなたに大事な何かをお伝えしてくることをお約束します。私はとりあえず私が14歳の時の「ママチャリで崖から田んぼにダイブして顔面めり込み事件」を阻止したいと思います。