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サウナビルダーが知っておきたい『フィンランドサウナ』の話

4月に入りましたが寒暖差が激しい日が続きますね。時折肌寒く感じる夜もありますが、サウナ好きにとっての気持ちよく感じるのは程良い涼しさ、やんわり冷えた環境でクールダウンの機会があるというのは有難いことです。

筆者は最近、フィンランドでのサウナ体験をInstagramに投稿し続けるという活動に取り組んでいます。SNSで「行きたいサウナまとめ」系コンテンツは目にされたことあるかと思いますが、そのフィンランド版をやっています。

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Instagramで1つの投稿を作成するのに2時間ほどを要しており、本業やプライベートの余暇を見つけては、黙々と仕込み作業をしています。なぜこのような活動をはじめたのか。それは「今こそフィンランドの体験を伝えなければならない」という個人的な想いと、一抹の危機感を感じたためでした。

2018年、筆者はフィンランド政府観光局よりフィンランドサウナアンバサダーを拝命。2019年にフィンランドへ渡航し、有難くもサウナマスターの認定を早々に頂戴します。しかしながら2020年には本格的なパンデミックが世界に拡大し、ここ2年はまともな活動ができていないのが正直な実情でした。

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2022年は欧州地域で紛争が勃発。平和が脅かされる日々が続くなど、状況が一変する事態にまで発展しました。ようやくパンデミックが落ち着くかと思いきや、ヘルシンキへの航空便は欧州を遠回りするフライトに変更。フィンランドへ気軽に視察できる日がいつになるのか、全く予測もつきません。

一方で日本はサウナブームが加速し、フィンランドでの現地視察がままならぬまま、続々と新たなサウナが開業していきます。そうした現状が筆者からはある種、日本のサウナ文化における機会損失のように映ります。これは決して上から物申したいのではなく、客観的な事実としてそう感じるのです。

フィンランド在住のこばやしあやなさんの書籍に登場する 「日本のクリエイティブサウナ」は、実際にフィンランドへ足を運んだことがあるオーナーによる事例が半数でした。以前こちらの記事にもまとめましたが「海外のサウナ事情を体験として知っているかどうか」が成否の一要因になっています。

アンバサダーを名乗るからには、フィンランドの生の体験を伝えなくてはならない。新規サウナ開業を検討される方のためにも、こちらのnoteを執筆しようと思い立ちました。今回のnote作成に際し、フィンランド大使館商務部の特別協力と、国際サウナ協会会長への過去取材内容も掲載しております。

生のフィンランドサウナ体験を伝える

筆者がはじめてフィンランドサウナを経験したのは今から5年前なのですが、その時の衝撃を昨日のことのように覚えています。サウナ室の佇まいから入り方、ロウリュウの方法に至るまで、日本のサウナとは別物なのです。

これははたして、同じ『サウナ』と形容してよいのだろうか?日本ではまだ、ロウリュウができた施設が数えるほどしかなかった頃です。当時から5年の歳月が流れましたが、今振り返ってみてもやはり同じような感想をもってしまいます。まるで頭をガツンと殴られたような衝撃的な体験でした。

当時の勢いそのままに書いた記事が、まだWebに残っていました。フィンエアーの北欧のお洒落なイメージとは裏腹に、公衆サウナの老舗と名高い『サウナ・アルラ』と『コティハルユサウナ』をハシゴした時の衝撃が忘れられません。例えるなら熊本の田迎サウナに初めて訪れた時の、あの感覚です。

サウナで見知らぬ客から話しかけられるってなかなかないですし、信じられないほどまぁよく喋る。記事にも書きましたが、日本のサウナに行く感覚で足を運ぶと面を食らいます。静寂を求めてととのうというよりも、赤ちょうちんの飲み屋でワイガヤしに行く一面があると考えた方が良さそうでした。

水風呂代わりに海へ飛び込んだのも、忘れ難い体験です。記事で「フィンランド流の”ととのい”を味わってみたい」という、随分と青臭いことを言っているのはご容赦いただきたいのですが、ととのうとか言っていられないほどの強冷水、梯子から先は命綱がないという環境も日本では考えられません。

普段、日本の温浴施設で水風呂に浸かるときは「生きるか?死ぬか」などとは考えもしないのですが、安全な環境で浸かる水風呂と、野生感覚が呼び覚まされる水風呂の体験は、似て非なるということを身を以て実感しました。

先の事例二つでもお腹一杯ですが、ルカ村で味わったアヴァントでの体験も筆舌し難いものでした。サウナ⇒水風呂⇒外気浴による、ととのいムーブメント全盛下で「ととのいとはまた別のととのいがある」と言っても信じられないかもしれませんが、この感覚は日本で味わったことがないものでした。

摂氏0℃を切る極寒アヴァントから這い上がる瞬間、たちまち0秒でぶわーっと襲ってくる強烈な快感。-20℃の外気の下でもずっと上裸でいられる不思議な感覚。ととのいチェアに座って身体を拭くとじわじわくる、いつものあの感じとは全く別物です。体験した者のみぞ知る…という感じでしょうか。

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全裸混浴、完全入場無料の『ソンパサウナ』での体験にも度肝を抜かれました。大の大人が全裸で薪を割って焚べて、何もないところからサウナを暖めている。「市街地近くで気軽に非日常を楽しんでいる、フィンランド人がなんて羨ましいんだ…」「フィンランドに移住したい」とさえも思いました。

日本では温浴施設からサービスを受けるのが当たり前だった筆者。こういうのもアリなんだ…と思い知り、帰国後は黎明期だったテントサウナを迷わず即買い。アウトドアサウナの世界にどっぷり浸かるようになります。ソンパサウナは、筆者の活動全てにおける原体験と言っても差し支えないのです。

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フィンランドサウナ協会が保有する会員制サウナ『サウナセウラ』は、世界中を見渡してもここにしかないのでは?と思えるほどの最終到達点でした。聖地から放たれる神々しさは群を抜き、例えるなら極楽浄土、天国の存在とはサウナセウラのことであると主張する方が居ても可笑しくありませんね…

大袈裟な表現を並べましたが、日本ではまずお目にかかれない『スモークサウナ』が3部屋(あと薪サウナが2部屋と電気式サウナ)と規格外の規模を誇ります。「ワインをテイスティングするかのようにサウナを楽しむ」とは常連による言葉ですが、ここで筆者はサウナの本質的な魅力に目覚めました。

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スモークサウナは煙突のないストーブで薪焚きをし、サウナ室に充満した煙を半日かけて排出するという、生死と隣り合わせのサウナなのですが、このストーブでロウリュウしたときの、粉雪のように優しく降りてくるスチームが感動的で忘れられません。そして3部屋全て異なるセッティングなのです…

スモークサウナは煙たく感じることが多く、生来喉が強くない筆者は得意ではなかったのですが、サウナセウラは別物。年季の入った壁面は真っ黒で、小窓から射す自然光の神々しさは言葉になりません。神の思し召しのようなやさしいロウリュウと自然光、これぞ教会のようなサウナ室そのものです。

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そしてドラマティックに感じられる、まるで天国の階段へ通ずるかのような湖への導線。実際は自我に戻されるような衝撃的な冷たさなのですが、ここからまた陸へ上がったときの身体感覚が、アヴァントのような不思議な快感に包まれ、外気浴スペースまで続いていきます。筆舌し難い爽快感でした。

外気浴スペースのベンチに腰掛け、曇りがちなヘルシンキの冬で時折差す自然光の温もりに感動、うっすら映る大自然の景色に言葉を失います。なおサウナセウラは、ヘルシンキ市街地から比較的近いエリアにあり、都市部で天国を体験できるフィンランド人がやはり羨ましくて仕方ありません…

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サウナセウラの休憩室には団らん用の焚き火スペースがあり、ガウンもしくは上半身裸のタオル腰巻きで、焚火をしながら会話を楽しむ姿が衝撃的でした。そしてサウナ上がりのサーモンスープ。他でも何度か食したことがありますが、サウナセウラの味は別格で、いつかまた口にしたいですね。

以上、生のフィンランドサウナ体験を簡単にお伝えしました。改めて振り返ると濃い体験だったと感じており、まさにフィンランドでしか味わえない唯一無二の体験でした。ただ、これだけでは筆者の体験談に終わってしまうので、フィンランドと日本を比較しながら、必要論点を整理していきます。

「フィンランドにあって」日本にないもの

フィンランドサウナと日本、それぞれを比較するにあたって「フィンランドにあって日本にないもの」と「日本にあってフィンランドにないもの」の二軸で整理を進めていきたいと思います。そして本題に入る前にフィンランドサウナの実情を知る上で、これ以上ない書籍の紹介をさせてください。

4年前に出版された『公衆サウナの国フィンランド』という書籍は、真空パックされたかのように、驚くほどフィンランドのリアルがそのまま詰まっています。現地を訪れたかのような空気感が再現されていて、新規サウナ開業者はぜひ一読することを推奨します。視察が難しい今だからこそ、です。

実は『公衆サウナの国フィンランド』において日本との比較は明確に検証されています。筆者の場合は「フィンランドにあって日本にないもの」をまず取り上げていきますが、より日本の事業者視点にフォーカスを当てますので、その前提で一読してみてください。意外な発見があるかもしれません。

先にお伝えしておきたいのは「サウナの本場だから正解」「フィンランド式のサウナを作れば万事解決」といった安易な考え方に偏ることなく、フィンランドと日本を対比することで、それぞれの文化を受容しながら「サウナにおける本質的な価値とは何か」を考えることが主旨になります。念のため。

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まずはフィンランド式で作られたサウナ室の様子です。日本式とは異なるサウナストーブの場所、ストーブよりも高い位置にあるサウナベンチ、木組みのデザインから室内のライティングに至るまで、明確な違いがみられます。(サウナ室については次項のインタビューでより詳しく掘り下げています)

最近は新規開業する日本のサウナもそうだと思いますが、フィンランド式のサウナにはテレビや時計がありません。サウナマットも存在せず、お尻に紙のペーパーを敷くことが一般的です。公衆サウナは数が少ないためか、日本のような浴場法が存在せず、ごく一部で全裸混浴を行う習慣もみられます。

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フィンランドではホテルサウナや、一般の家庭サウナにもお邪魔したことがあるのですが、サウナストーブの高さとベンチの位置は概ね前述のルールに則っていることが多いです。そもそもフィンランドは300万ものサウナがあるため、公衆サウナやソロサウナ需要は限定的で、営業時間も短いのです。

したがって、いま日本で急激に増えているソロサウナ専門店はフィンランドには存在しないのですが、一方で貸切サウナ向けの店舗は数多く存在します。オフィスから乗り物、刑務所に至るまで、生活圏のあちこちにサウナが存在するのです。日本とはまた異なる多様性がフィンランドにはあります。

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フィンランドサウナの多様性といえば、体験談でご紹介したスモークサウナや地中一体型サウナなど、歴史遺構的なサウナがあちこちに存在するところも大きな特徴です。さらにサウナの壁面を氷のブロックで固めたアイスサウナなども、寒冷地ならではの風土を活かしたユニークなサウナですね。

サウナストーブについては「METOS」や「HARVIA」「MISA」「SAWO」「MONDEX」など、昨今の日本でも幅広く流通しているモデルが主流です。しかしながらスモークサウナまでみると、レンガや土壁で土台を固め、サウナストーンを並べて熱する原始的なモデルも、僅かながら現存しています。

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日本でも見かけるようになったヴィヒタは、フィンランドのスーパーで売られていたり、冷凍ヴィヒタとして一般販売もなされています。ウィスキングの提供はほぼ見られず、日本やドイツのようにアウフグースの文化はありません。その一方で、カッピング療法は現地で親しまれているのが面白い。

サウナハットはごく僅かが市販されているものの、サウナで着用する機会を目にすることはまずありません。同じく日本で普及し始めているテントサウナも、存在自体が軍モノとしての意味合いが強いためか、プライベートではまず使われないそうです。今の日本とは大きく異なるサウナ文化ですよね。

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続いてはクールダウン様式についてご紹介します。フィンランド式のサウナには、洗い場に浴槽そのものがまず存在しません。例外的にプールやジャグジーを備えた施設もあるのですが、日本やドイツとは異なり、温冷シャワーのみの設備であることが多いため、水風呂と呼ばれるものが存在しません。

日本でも多くみられるようになった、外気浴専用のととのいイスやインフィニティチェアなども珍しく、木製のベンチや手すりのないチェアで休憩をとることが一般的です。さらに公衆サウナにおいてはシャンプーやボディソープ、アメニティ等も置かれていないことが多く、日本との違いを感じます。

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ではフィンランド式のクールダウンはどのように行うかというと、さっとシャワーで汗を流したあと、上半身裸にタオルを腰に巻いて白昼堂々、友人知人と外気浴を楽しむのです。公衆サウナのエントランスや公道前で上裸でクールダウンを行うところは日本と大きく異なるスタイルかもしれません。

内気浴においては、暖炉を囲みながら会話に華を咲かせるシチュエーションがしばしばみられます。寒冷地であるフィンランドならでは光景であるとも言えそうですが、日本においてもアウトドアカルチャーが注目されるようになり、内気浴でも暖炉スペースを取り入れる施設が徐々に増えてきました。

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フィンランドでは水風呂以外に重きを置いていると思われるかもしれませんが、先の体験談でもご紹介したように、海や湖などに飛び込むという体験自体は存在します。これらへ入水を行うフィンランド人はごく僅かですが、ベテランになると『水通し』をサウナ入浴前に行う方もいらっしゃいました。

そして『オーロラ』を外気浴中に目にするチャンスがあるということが、フィンランドにおいてのこれ以上ないオリジナリティであると言えるでしょう。筆者はまだオーロラを目にしたことがありませんが、オーロラを目にしてこそ、フィンランドのサウナを堪能し切ったと言えるのかもしれません。

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フィンランドサウナのカルチャーについては、映画『サウナのあるところ』でその模様を窺い知ることができます。プロモーション写真を交えながら紹介しますが、幼少期からサウナに慣れ親しんでいるため、日本人に比べてロウリュウの扱いに慣れています。この差はかなり大きいと思っています。

フィンランド人が放り投げる粗めのロウリュウは、丁寧に水滴を落としていく日本人のそれとは異なり、綺麗な放物線を描いて湿り気のないストーンに着地します。見知らぬもの同士の掛け声も手慣れており、常に良い湿度が保たれている。総じて、ロウリュウリテラシーがきわめて高いと感じました。

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スチームに対し様々な感情や特別な想いを重ねるさまが、映画の原題である『STEAM OF LIFE』においても描かれていました。フィンランドでは飲み会が多くなく、代わりにスチームをシェアしたり、会話をしながらお酒を酌み交わすという、飲みニュケーションの役割をサウナが担っているのです。

サウナ室はまるで居酒屋のように騒がしいですし、クールダウンにはお酒と会話が欠かせません。着替えを入れるロッカーの前ですら、談話用のベンチが常設されており、静かにととのっているシーンを目にすることは少ないのです。日本のサウナーが見たら、誰もが面食らうのは間違いないでしょう。

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フィンランドは飲み会が多くないそうですが、代わりに貸切サウナやサウナ付別荘を借り、家族仲間で過ごすコミュニケーションの時間を重視します。夏は避暑地の別荘で過ごすという習慣は日本にもありますが、デジタルデトックスをしながら、夏期休暇をコテージで過ごす習慣がより色濃いのです。

冬が長い北欧の人々は、夏の訪れそのものに特別な喜びと感情を持つとのこと。冬の寒さと夜の長さを乗り越えたのち、いたるところで夏至祭が行われ、なんてことない公園の散歩や森で過ごすひとときさえ、愛おしいそうです。都市部に住む日本人は、そう感じる機会が少ないかもしれませんね…

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先に触れた夏至祭のほかに、サウナ関連のイベントは『サウナあたため選手権』や『モバイルサウナフェスティバル』などが、フィンランドにおいては催されています。日本においても『日本サウナ祭り』などが催されてますが、さすがサウナ大国ともいえる規模の違いに驚きを隠せないものです。

サウナ後に口にするもの、手にするものにも明確な違いがありますが、フィンランドには「サウナ飯」や「サウナグッズ」の概念が存在しないとのことでここでは割愛します。ここまで「フィンランドにあって日本にないもの」をまとめてましたが、より本質に迫りながら論点を明らかにしていきます。

フィンランドサウナの本質的価値とは

ここまでのまとめでコミュニケーションに重きを置いていることはわかったものの、フィンランドには日本のように「水風呂」や「ととのい」がなく、それでも、スチームひとつで映画まで作り上げてしまう心の源泉は何なのか?サウナに対しての価値の置きどころがますます知りたくなりました。

そこでフィンランド人がスチームに求める「本質的価値」について深堀りをしたく、フィンランド大使館商務部のラウラ・コピロウさんにお話を伺いました。ラウラさんは日本の在住歴も長いため、2022年現在における日本のサウナトレンドと、フィンランドとの比較についてもお話を伺っています。

ラウラ

「フィンランド人がサウナに対して求めているのは、リラックスや交流、健康や自然との触れ合いですね。寒い日が多いため、身体を温めるという目的だけでもサウナは重宝されています。スチームについてはロウリュウした時のジュワッ…という音を聞くと、心が清められるような気持ちになります」

「フィンランドにおけるサウナの入り方は人それぞれで "ととのう" のような決まった型はありません。それは温度設定ひとつ取っても同じで、90℃だから正解ということではないのです。万人が好きなように温度調整をすることができ、個人がみな自分にとって気持ちいいと感じるラインを探るのです」

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「従ってフィンランドサウナは、設定温度が65℃前後であることが一般的です。ストーブにロウリュウをすることによって自ら体感温度を調整します。日本では90℃前後に設定されていることが多いため、さらにロウリュウを加えてしまうと、フィンランド人は熱すぎると感じてしまうかもしれません」

「設定温度が控えめな分、フィンランドサウナには様々な創意工夫が施されています。たとえば駐日フィンランド大使館にあるサウナ室を参考にお話ししますが、サウナストーブの上部分が膝下に位置するように、ストーブとベンチの位置を調整します。足元まで冷えることがないのはそのためですね」

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「ベンチとベンチの間は空洞になっていて、衛生面でも清掃が行き届きやすいです。サウナの中で呼吸がしやすいように、吸排気口を設置する場所にもフィンランドならではのノウハウがあります。心身ともにリラックスできるサウナ室の環境づくりが大切ですね」

「日本では入り口から段差があるサウナはあまり見られませんが、フィンランドの場合は、サウナ室の入口に段差を設けているところが特徴ですね。そしてドアについても完全な密閉式ではなく、常に新鮮な空気を取り入れられるように、ドア下に大きな隙間を設けることがよくあります」

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「サウナで使うアメニティにも違いがあります。幼少期からサステナブルなものを使うことが当たり前になっていて、タオルはリネンのものを使用します。"サウナ専用コスメ" のようなサウナ用品もあまり存在せず、自国で市販されている日用品を使用しますが、天然素材を揃えるのが一般的ですね」

「日本のサウナにもよく足を運びますが、付き合いの中で水風呂に入ることはあっても、私個人は水風呂に入ることはほとんどありません。それはサウナに入れば、スチームによってもたらされる気持ちの良い体験を知っているからこそ、心からサウナを楽しむことができているのかもしれません」

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「フィンランドに近いと思う日本のサウナは "サウナラボ" や "The Sauna" などが思い当たります。新しく開業したところでは、神奈川の "ROKU SAUNA" は温度設定を自分で調節できて、思想が近いと感動しました。入り方に正解はなく、正解を自ら探せる余地があるところが良いサウナだと思います」

「フィンランドと日本を比較したときに、フィンランドは0から1を作り出すのは得意だけれども、1を広げるのは比較的苦手です。日本の場合は1を10や100に広げることにはとても長けている印象があります。だからこそ、フィンランドサウナの設計さえ学べば、もっと良くなるのではないでしょうか」

「日本にあって」フィンランドにないもの

「ロウリュウ」ができて「ととのう」=フィンランド式本格サウナという解釈ではないということが伝わったでしょうか。フィンランドには「セルフロウリュウ」という言葉さえなく、より根本の、サウナやスチームに求める「本質的価値」こそに論点があり、日本でもみるべき点と考えています。

続いて、国際サウナ協会かつフィンランドサウナ協会会長である、Risto Elomaa氏へのインタビューを簡易形式で掲載いたします。お話を伺ったのは2017年の暮れ、主にフィンランドからみた日本の印象について伺いました。会長は日本のサウナ事情に精通しており、驚いたことを記憶しています。

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「まず日本のサウナの特徴は、寝泊まりができるところだね。テレビを観ることができて、館内着まで充実している。そしてレストランのバリエーションも見逃せない。和食はもちろん、洋食から中華まで充実しているサウナというのは、世界でも日本だけなのではないかな?」

「それから日本の "風呂" という文化はより世界的に注目されて良いと考えている。フィンランドにおいても日本を見習い、サウナに入浴したあとにジャグジーに入るという習慣が取り入れられ始めていて、フィンランドの温浴事情に日本の"風呂" 文化が一石を投じているのは、疑いようのない事実だ」

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「印象に残ったサウナは、ミスター米田氏が作った "サウナラボ" だ。フィンランドサウナの世界感を再現しようという、とても意欲的な施設だったよ。それと "神戸サウナ&スパ" のサウナ小屋もチャレンジングで良い取り組みだね。ミスター金氏による "スカイスパYOKOHAMA" のサウナも良かった」

「日本には、毎年長野で開催されている "日本サウナ祭り" への参加も兼ねて定期的に足を運ぶようにしているよ。日本の "サ道" というコミックや、"オールドスモークサウナ" などの本は目を通してみたけど素晴らしい作品だと思う。日本人は、サウナに対して熱心であるという印象を持っている」

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Elomaa会長のお話にもありましたが、日本のサウナは充実した施設環境が大きな特徴であるということでした。館内着で様々なチェアに腰掛け、漫画やテレビを見たり、マッサージを受けて仮眠などもできる。飲食の選択肢も多く、丸一日かけてゆったり過ごすというのも本質的な価値かもしれません。

サウナ運営で見たときに、高回転で高単価モデルが実現できたら理想とは思いますが「ととのう」とはまた別の、混雑せずゆったり過ごせるという価値はやはり見過ごせないでしょう。とはいえ、フィンランドの公衆サウナにも短期滞在モデルがあるため、長時間滞在型も需要次第と言えそうです。

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それから、風呂の文化についてもコメントがありましたね。筆者の周辺では近頃「サウナでととのったあとはやはり浴槽に浸かりたい」という声が後を絶えません。日本の浴槽文化は意外と歴史が浅いのですが、自然が豊富な国土から湧き出る温泉に浸かるという行為は縄文時代から行われてきました。

都市部にサウナを開業するとなると、浴槽にかかるコストや容積重量の問題でサウナ+クールダウンのみの設備環境にとどまることも少なくありません。しかしながら、少なくとも地方では源泉が湧き出る地の利を含め、サウナ+温泉という文脈で、本質的価値を表現する可能性も考えられます。

Elomaa会長がお話されていた日本のサウナ施設やサブカルチャー、日本人によるサウナへの熱量に関しては、記事冒頭でもご紹介した『クリエイティブサウナの国ニッポン』の書籍にて網羅的に取り上げられています。(こばやしあやなさんの書籍は2冊とも、サウナ開業者にとっては必読と思います)

公衆浴場法や各地域の条例、それ以外に施設利用にあたってのルールや注意書きなどは、日本独自のローカルルールとして存在します。清掃環境やパウダールーム、ホスピタリティ等のサービスに対する考え方も、日本のみならず、それぞれの常識を元に、各国における最適解が反映されていますね。

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筆者が個人的に感じる違いとしては「水質の良さ」を第一に挙げたいと思います。列島を通して山々が折り重なり、山から流れてくる水脈が豊富な日本は、何より柔らかな水質が素晴らしいです。都市部における地下水源も豊富で、この環境は例えフィンランドでも再現が難しいのではないでしょうか。

日本は景観のバリエーションも豊富なように感じます。フィンランドも外気浴でオーロラが見えたり、湖からの景色が素晴らしいですが、日本は都市部のシティビューを含め、景観の高低差と四季折々のバリエーションが数多くみられますよね。北極圏ではない、日本独自の風土もあるとは思いますが。

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最後に、世界で初めて「ととのう」という概念を新しく見える化した国が日本です。こばやしあやなさんの著書にも記述がありますが「ととのう」という概念はフィンランドにはなく、ワーディングと体験を通してサウナに新しい付加価値をつけたこの国のクリエイティブ力を、改めて実感しますね…

主旨はフィンランドのサウナであるため、日本についてはあくまで簡略的に取り上げましたが、ここまでは「日本にあってフィンランドにないもの」のまとめになります。最後にフィンランドのサウナ文化からどのようなことが応用できるのか、日本のサウナに当てはめて整理してみたいと思います。

フィンランドから日本へ「応用」できること

フィンランドと日本、各々を対比しながら論点整理を進めてきました。まとめてみてわかってきたことは、どちらにも独自の色があるという点です。そしてこの特色の違いは、日本でサウナを作る立場であればなおさら把握していた方が良いでしょう。(フィンランド式を名乗るなら特に…ですよね)

筆者の見解を記載すると、基本的には「お客さんが心から求めているものを作り、期待を超えて続ける」ことが大前提と考えます。そこに各国の風習と常識が重なり、独自の色として表現されているという構図なのです。その上で、フィンランドサウナから日本へ応用できることをまとめてみました。

【フィンランドのサウナから日本へ応用できること】
・サウナ室におけるロウリュウリテラシーの向上
・良質なスチームを浴びることによる価値の言語化と明確化
・完全なデジタルデトックスの実現と、自然に回帰する仕組みの導入
・貸切サウナで生まれる友人知人との対話や団らん、ライフスタイルの提唱
・良質なスチームを浴びることができるサウナ室の設計構造とデザイン習得
・フィンランド式サステナビリティの在り方を前提とした開業モデルの導入

導入ハードルが低いところから記載してみましたが、いかがでしょうか。応用と書いていますが、フィンランドでは基本の内容ばかりで、たとえば「ロウリュウリテラシー」については、フィンランド帰りの日本人からは真っ先に指摘される内容でもあります。実に基本的なところで壁を感じますね…

ロウリュウリテラシーというのは、水かけ禁止と書かれているストーブにバケツごとひっくり返してしまうところから、どれぐらいの頻度や範囲で水かけをしたら良いか、適切なサウナ室の湿度調整に至るまでの全般を含みます。ここを率先して改善できる新規サウナは、まだまだ数少ないはずです。

最後にまとめ

「フィンランドから日本へ応用できること」については、外部の方のお力を借りながら、今後数回に渡ってnoteにまとめていきます。フィンランドのサウナがすべて正解とは当然考えませんが、日本でサウナを開業するときに、本質を知っているか知っていないかで少なからず差が出ると考えています。

本質を知ったうえで、それでもフィンランドのサウナを完全再現するのか、多様性をハイブリッドするのかは、事業者の裁量に委ねられると思います。サウナを開業する上でフィンランドの本質的価値を反映したいという方は、ぜひDMくださいませ。筆者の体験と見解を惜しみなくお話いたします!

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