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真似たり真似られたりすることの話

長男な僕には二つ年下の弟がいて、幼い頃に弟が何かにつけて、真似してくるのがとても嫌だった。

レゴブロックで作った宇宙船も、図工のポスターも、夏休みの工作も、僕が考えたスペシャルなアイデアを盛り込んでるのに、それをそのまま使われる。

オリジナリティを出せよって思うわけです。

弟に限らず、真似されるって、昔はそもそもそんな心地よいものではなかったような記憶。


ただ、オトナになるにつれて僕は二つの大切なことに気づいちゃうわけです。

「真似は好きという表現なこと」

「僕はたくさん真似してること」


レゴブロックも、ポスターも、夏休みの工作も、
全部何かを見てヒントを得てそれを置き変えるという「真似」の範囲内。

もともと自分の中にあるものなんか何もないわけで、目や耳から入るものを自分の中に取り入れていく。

そしてそれを「好き」って気持ちが強いものを選択して表現する。

弟に嫌だなと思ったことも反省。


最近では、一緒に働く仲間が僕の真似をしてくれることがある。

僕が一生懸命伝えてきたことを自分の言葉で誰かに伝えてくれたり、働くということに対しての姿勢も真似て表現してくれる。

中には着てる服を真似てくる人もいる。


僕もやっぱり、たくさんの働くカッコいいオトナの真似をして成長してきた。

正直な話、自分が真似されるのは小っ恥ずかしかったりもしますが、とても嬉しくてありがたいことです。


僕も、これからもたくさんの真似という「好き」を表現しながら、たくさん成長し続けて、真似したいカッコいいオトナでい続けるよう頑張るよ。


真似という「好き」が繋がるってなんか素敵だな。


簡単に言うと

ありがとうって話です。

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