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渡米99〜103日目 初のキスシーンに挑む監督作、まさかの事件が!?

2023年11月29日(水)〜12月3日(日)

▼2本目の監督作「Pariah」撮影に向けて
初の監督作「Ghost Booth」
の徹夜の撮影を終えて、息をつく間も無く、次の短編映画の撮影が控えていた。監督クラスでは、この作品の撮影のためにこの秋学期はずっと準備を進めてきたと言っても過言ではない。Ghost Boothの撮影を終えた火曜日の朝に撮影機材一式を一度返却した後、翌日水曜日の日中、再び機材をチェックアウトし、夕方、撮影現場となるクラスメイトのノエルのアパートへと向かった。

今回も撮影監督を引き受けてくれることになったルイと全てのカットの撮影テストを行った後、どのカットでそのレンズを使ったかを撮影前日の金曜日に整理を進めた。きっと一人で作業をしていたらあまりに地道で事務的な作業で気が滅入ってしまったかもしれないが、仲間がいると作業も捗る。そこに撮影助監督兼照明担当のジョセフも加わり、夕方、大学のダイニングホールで僕たちの作業は続いた。

サンクスギビングが終わってからというもの、最寄り駅を走る地下鉄グリーンラインが連日運休していて、まだこちらでのクルマの運転に慣れない妻がオレンジラインのロックスベリー・クロッシング駅まで送り迎えをしてくれていた。撮影日当日も撮影現場に向かうのに近いバス停まで次男と共に送迎してくれた。もし我が家に車がなく、さらに妻のサポートがなければ、この撮影に立て込む忙しい時期をどう乗り切れていただろうか、感謝以外に言葉見つからない。

▼いよいよ撮影当日
12月2日(土)の撮影当日、誰よりも早く11時にノエルのアパートに着くと早速「Pariah」のワンシーンを撮影するために、レイアウトを変更し、持ち込んだポスターや家具を配置し、準備に取り掛かった。今回のシーンでは、主人公でレズビアンのAlikeとその友達のBinaによるキスシーンを予定していた。

先日のリハーサルはとてもいい雰囲気で核心に迫る演技を追求することができたものの、実際の接触は控えてもらっていため、このキスシーンがどのようにうまく運ぶか、そこが未知数でやはり不安は拭えなかった。

そんなとき、今回もプロデューサーを引き受けてくれたMajaが八面六臂の活躍をしてくれた。まず、主役を引き受けてくれたMischaがエマーソン大学の演劇学部の大学生ではあるものの、まだ17歳とこちらの法律でも未成年に当たるため、前日にシカゴに住むMischaの両親に連絡を取り、両親のサインをもらってくれた。

さらにMajaがキスシーンが控えていることを考慮して、インティマシー・コーディネーターも兼任してくれることになった。またMajaは音楽好きのBina役のベッドルームを作りあげるために、自らのレコードコレクション一式とレコードプレーヤーをわざわざロードアイランドの自宅から撮影現場に運び込んでくれて、さらにレッドツェッペリンやバードマンなどのBinaが好きそうなポスターも入手し、壁に貼ってくれた。加えて、撮影助監督・照明担当のジョセフも自分の鏡を撮影現場に持ち込んでくれて、鏡越しに見えるのキスシーンを実現したいという僕の願いを叶えてくれた。

役者のMischaとKallieが予定通り14時に現場に到着し、少しのリハーサルを済ませた後、撮影がスタートした。僕はこれまで監督としてキスシーンを撮影したことはない。撮影がうまくいくか、とてもドキドキしたが、二人はとても自然にそのシーンを演じてくれた。

「キスは誰にとっても楽しいものだから、何度お願いしても大丈夫よ。むしろそこで監督が変に躊躇したりすると、俳優たちにためらわせてしまうかもしれない」

キスシーンの撮影に向けて、事前に担当教授のジュリアに監督としての心構えを尋ねるとそんな言葉が返ってきた。日本でもキスシーンを撮影したことがないからわからないが、中国から来た撮影監督のルイは「それってやっぱり文化の違いだよね」と苦笑気味に話していて、僕もやはりアジアと欧米ではキスに対する感覚や価値観が違うだろうなと思った。

撮影は8時間以上に及んだが、MischaもKallieもとても真摯に監督としての僕の言葉に耳を傾けてくれて、僕も彼女たちの内側にあるものを引き出したいと懸命になりながら、撮影はいい雰囲気で順調に進んだ。助監督のジェリーがカチンコを叩く音が少し大きすぎたので、「現場を緊張させるからもう少しソフトに叩いて欲しい」とお願いした。また、録音担当のデイビッドにも「多少、音声がうまく録れなくても大きな声を出さないように。クルーが緊張しているとその空気が伝わるから、もう少し肩の力を抜こう」とお願いして、MischaとKallieが落ち着いてこのデリケートな役に臨めるように務めた。そしてプロデューサーのMajaが彼女たちとの意思の疎通をとてもうまく測ってくれて、和気藹々としつつも引き締まった雰囲気の中で撮影は無事に終わりを迎えた。

▼撮影終了!しかしまさかの事態・・・
予期せぬ事件がその後、起こった。23時前に全員で集合写真を撮り、限りない感謝の気持ちを出演者のMischaとKallieに伝えた。ふたりは23時過ぎに僕たち撮影クルーよりも一足早く現場を離れた。僕が仲間と共に機材を片付けているとプロデューサーのMajaに呼び出された。

「こんなことは撮影現場で起こってはいけない」

ここでは本人の名誉のために名前は伏せるが、ある男性クルーの一人が帰りがけにKallieをデートに誘い、KallieがそうMajaに不快感を訴えたのだという。

「一体何ということをしてくれたんだ・・・」

正直僕も愕然とした気持ちになった。この日の撮影のために、10月のキャスティングコールから始まり、オーディション、リハーサルと、俳優とのコミュニケーションを大切にしながら、ようやく今日のこの日を迎えた。Kallieが美人で魅力的な女性であることは間違いない。しかし撮影現場は、みんなが一丸となっていい作品を作るために切磋琢磨している場所だ。まだみんな無名であるものの懸命に未来を切り拓くためにここにいる。これはサークル活動ではないし、ましてや軽い気持ちで撮影終了後にデートに誘うなんて持っての他だ。これまでの信頼関係を一気にぶち壊すようなことを、とても信頼している仲間の一人がそうした想像力を持ちえずに行ってしまったことに僕はとても大きなショツクを受けた。

▼最強のプロデューサーとともに
Majaが自分のクルマで撮影現場のノエルのアパートから機材を大学近くのジェリーのアパートまで運んでくれて、その後、ルイを自宅まで送り届けた。さらにその後、彼女は最後に僕をいつものようにブルックラインのマンションまで送り届けてくれた時には深夜の2時を回っていた。僕とMajaは監督とプロデューサーとして今夜の事件について深く話し合った。

「タカヤ、私はあなたがこの先、もっともっとずっと先に進み続けて、大きな舞台で勝負する存在になることを私は知っている。私はそれをはっきりと見ることができる。そんなタカヤと今の段階で仕事ができたことは、MischaやKallieにとっても、とても大きな財産になると思う。そして絶対、彼女たちもこれからあなたとまた一緒に仕事をしたいと思っていると思う」

Ghost Booth
Pariahという二つの短編映画のプロデューサー役を立て続けに引き受けてくれたMajaは、そう言ってくれた。肝っ玉母さんのような人間的な大きさと愛情を兼ね備えた彼女は誰からも引っ張りだこで、彼女は進んで多くのクラスメイトのプロデューサー役を引き受けている。そんな中でも僕と韓国出身のJiyeonの二人には類まれない才能を感じているのだと打ち明けてくれた。

「今回あなたは男性の監督で、俳優たちは女性で、デリケートなキスシーンを演じた。でもあなたはとても落ち着いていて、彼女たちに接する姿はまるで彼女たちのお父さんのようにも見えた。彼女たちはあなたを信頼しきっていた。タカヤが彼女たちと向き合う言葉も態度もとても誠実だった」

そしてMajaは、今エマーソンで仲間と一緒に映画が撮れることを本当に幸せに感じていて、「私はこの時が来るのをずっと待ち続けていた」と本音を聞かせてくれた。Majaは今、29歳。大学を出て政治家のインタビューやドキュメンタリーの編集を数多く手がけた後、ドキュメンタリーと映画を学び直すチャンスが欲しいとエマーソンを受験したのだという。

僕もずっと時が来るのを待ち侘びていた。僕は自分自身の情熱が映画にあることをずっと知っていた。18歳の頃から。そしてたくさんの遠回りをして、でもその度に多くのことを学び、すべてをいずれは映画に注ぎ込もうと決めていた。そして全ての準備が実って48歳にして、真正面から映画を学び、向かいあうこの機会を得たことを彼女に話した。

「ずっとドキュメンタリーの世界で生きてきた僕にとって、映画の監督を務めることは、全く未知の領域だと感じていたんだ。ドキュメンタリーにとって一番大切なことはアクセスを得ること。そして僕は俳優たちがその役を成し遂げる力があることを知っている。彼女たちの心の奥深い場所にアクセスして、彼女たちを心の底から信じきって、一緒にその世界の一番深い場所を探求すること。それは人と人とが出会うことそのものだし、僕が今まで追求してきた音楽やドキュメンタリーの世界にもつながる感覚がある。さらにそれは未知の領域ではなく、僕がこれまでドキュメンタリーの世界で培ってきたこと全てが、映画にもつながっていることに気がついた」

ここ数ヶ月の中で僕が感じていた気持ちを、僕は彼女に打ち明けた。それは、心の奥深くに目覚め始めてはいたものの、まだ言葉を得ていなかった思いだった。

そしてだからこそ、今回撮影後に起こったことはとても残念なことだ。でもこうしたことはきっとこの先どこかで起こるべくして起こることでもあるだろうから、この一件から目を背けずに、貴重なレッスンをだと捉えて、対処しようと話し合った。気がつけばMajaと結局、2時間近く、マンションの駐車場で語り合っていた。

「この先もずっとタカヤの作品には協力するから。あなたの後ろにはいつも私がいる」

そう語るMajaの言葉に僕はどれだけ背中を押されたことだろう。敬愛する岩井俊二さんの小説「零の晩夏」の中にこんな一説がある。

「きっと人生誰にでも一度はこういうことがある。あらゆる偶然と必然が、ひとつの点に集結し、ああ、自分はこのために生まれてきたんだと思う瞬間(とき)が。」

Majaと語り合いながら僕はそんな言葉を思い返していた。

Let’s make a great movie!"(一緒に最高の映画を撮ろう)
翌日、僕とMajaの元にKallieからメールが届いた。僕には昨日の撮影のお礼を伝える内容だったのに対して、Majaには昨日の男性スタッフの一件をどのように対処する用意があるのか教えて欲しいとの内容だった。

無防備なキスシーンを長時間に渡り何度も演じた後で、男性スタッフから思いもせぬ軽はずみな一声をかけられた。そのことで俳優としての彼女のプライドは容赦無く傷づけられてしまった。彼女の気持ちを思うと、僕は心が痛んでならなかった。

この件を大学に報告すべきかどうか。僕とMajaの間で収めることもできるかもしれないが、彼女が後日大学に報告をする可能性もあるかもしれない。僕たちに何か重大な落ち度があったわけではないし、起こってしまったことに蓋をすることはできない。こうしたときには忖度せずに、まずは率直に教授のJuliaに報告すること、そして事態を引き起こした男性スタッフにも問題を共有してKallie宛に謝罪の手紙を書いてもらうことにした。

Majaが男性スタッフに話をした後で、ほどなく本人から電話が僕の元にかかってきた。それは心からの謝罪の思いを伝える電話だった。

「僕はタカヤがこれまで築き上げてきたものを台無しにしてしまった。本当にごめんさい。心から謝罪の気持ちを伝えたい」

僕はこれまで彼に親友として何度も助けてもらってきた。ボストンにきて、家族で困っていたときに救いの手を真っ先に差し伸べてくれたのも彼だった。

「起こってしまったことは仕方がない。でもきっとそこには僕たちが今後に向けて学ぶべき教訓が詰まっていると思う。彼女には素直に謝ろう。そして、今回のことから学んで前に進もう。もちろん、僕は今回のことを誰にも言わないから安心して。Let’s make a great movie!(これからも一緒に最高の映画を撮ろう)」

会話の締めくくりに、最近僕が口癖のように発している言葉を伝えると、受話器の向こうで彼が少し安堵したような雰囲気が伝わってきた。

僕たちは映画を撮るためにここにいる。そして映画作りを通じて人間的にもひとまわり、ふたまわり、成長すればいいじゃないか。

Kallieからはその後、僕たちの一連の対応が彼女が期待していた以上のものだったことを伝える感謝のメールが届いた。また翌朝、教授のJuliaからは、「せっかく撮影が上手くいったのに、思わぬ災難でしたね。もし私の方で何か対応が必要であれば教えてください」との返信があり、僕とMajaはなんとか今回の一件が落着したことを知り、心から安堵のため息を漏らした。

今回、監督した短編映画「Pariah」はこちらから:
https://youtu.be/iETop0RvJLc?si=S7zUZJtkQc_edPLL


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