#54 ビンタ

翌日、社長の方から練習前にチケットは完売
追加のバルコニー席や立見も本日から販売したが間もなく完売になる見込みだということを告げられた

セカジョが2年の活動休止からの復活、その頃に忽然と現れたスーパースター薨の移籍・参戦、衝撃の記者会見、異例のワンマッチ興行、そして根強いセカジョファンの力もあったと思う
それらの歯車がガッチリと合って回り出した

その結果が今はなかなかどの団体も難しいと言われる後楽園ホールのチケット完売となった

「よし、当日券の準備しなきゃだな」
と社長

「いやいや社長、それだけ売れてるならもう無理でしょ?」
亀さんが言う

「バカ!南の通路の階段もあんだろ」

「私たちの時でギリギリですよ!今は消防法で禁止されてますよ」
今度は夢子さんが正論を

「そんなのは何とでもなるもんだ。観たいという客のニーズに応えるのが我々興業会社だ!わかったか?!」

社長のゴリ押しに夢子さんも亀さんも呆れた様子だ

報告し終えた社長は上に行き

「とりあえずは良かったね!」

「そうだね。後は全力でバックアップしないとだね」

「がんばろう!イェーイ!!」

私たち3人はハイタッチし喜んでいたが真琉狐さんは話を聞き終わるとまるで自分のことではないかの様にシャドウでアップを始めた


「なあ真琉狐ぉー!良かったじゃん!完売だって」

真琉狐さんは耳も貸さずシャドウを続ける

夢子さんはフーッと深く息を吐き真琉狐さんに近づき肩を掴む

「おいっ!ここはプロレスの道場だ!ここではここのアップの仕方がある。止めろ!」

ピリッとした緊張感が道場内に走る
真琉狐さんは一瞬夢子さんを睨み返すが

「すみませんでした。気をつけます」
頭を下げた

「、、、わかったならいい。今日からはスパーリング中心だ。押さえ込みの強化とレスリングの極め合いっこを一からやる。初心に返ってがんばれ!わかったか?」

「ハイ」
真琉狐さんは静かに返事をした

「よし、全員リングに上がれー!柔軟から息上げ、そこからスパーリングだ!」

「ハイッ!」
私たちはリングに上がった



スパーリングは真琉狐さんを軸として3分交代制一本取られた時点で終わり
それを繰り返す

私は1分足らずで抑え込まれて終わる

そして亀さん
亀さんは現役時代はヒールだったこともありあまり関節技のイメージは無いが実は当時からレスリングや関節技の名手として道場では名が通っていた

2人のスリリングな関節の取り合いに目を奪われる
きっと私が亀さんから一本取れているのは私に自信をつけさせる為なのだと改めて思わされた

そろそろ時間切れになりそうなところで一瞬の隙をつき真琉狐さんがヒールホールドで亀さんからタップを取る

リングを降りペットボトルに口をつけ
「すげーな、真琉狐」
と亀さんが漏らす

「フーッ、夢子さん!お願いします」
水分も摂らずインターバルも拒否するかのように真琉狐さんが言う

暫し真琉狐さんを無言で見つめた夢子さんだったが
「、、、わかった。亀ちゃん上がって」


そして亀さんの掛け声で夢子さんと真琉狐さんのスパーリングが始まった

目まぐるしく入れ替わる攻防
身体を絞りスピードが増している真琉狐さん
そしてその動きに全く負けていない夢子さん

そして時折、夢子さんの怒号が響く
「どうしたオラーッ?!」

「何だそれはーっ?!誰がそんなこと教えたんだっ!!」

真琉狐さんがさっき亀さんに極めたヒールホールドが決まる

だが夢子さんは強引に脚を引き抜き
「だからオマエは甘いんだよっ!そう簡単にいくと思うなっ!!」
そう言いながら真琉狐さんに飛び掛かろうとしたところでストップウォッチのタイマーが鳴る

「クソーッ!!」
悔しさで真琉狐さんはマットを殴りつける

そしてその様子を見ていた夢子さんが挑発するように
「どうした?もう一回やるか?ア?」

グーッと夢子さんを睨みつけ
「、、、お願いします。やらせて下さいっ!!」

「OK!亀ちゃん頼むわ」

だが亀さんは心配そうに
「ねぇ、夢ちゃん本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫!な!いけんだろ?」

「ハイ」
そう言いながら真琉狐さんは立ち上がる

オロオロしながら亀さんが
「2人とも本当に大丈夫なんだね?何かあったらすぐ止めるからね、、、じゃあレディー、、、ファイッ!!」

タックルの切り合い、バックの取り合いが繰り返された
焦りとインターバル無しの連戦の疲れからか徐々に真琉狐さんのスピードが落ちてくる
その様子を冷静に捉えた夢子さんが一気にバックを取りマットに押さえ込み胴締めのスリーパーにもっていった

苦悶の表情を浮かべる真琉狐さん
逃れようと必死に夢子さんの腕を剥がしにかかる
だがその力はみるみる弱まっていく

「おい!タップしろ!!このまま落としちまうぞっ!!」

だが真琉狐さんはタップをしない

そして亀さんが
「終わり、終わり!!」
2人を引き離そうとするが夢子さんはさらに締め上げる

真琉狐さんの掴んでいた腕がダラーンとマットに付き虚ろになっていた瞳は閉じられる


えっ?え!えっ?!ま、真琉狐さん、、死んじゃった?!
ど、どういうこと?!

夢子さんはようやく腕を解き立ち上がった

「ま、真琉狐さーんっ!!」
私は急いでリングに駆け上がって真琉狐さんに抱きついた

夢子さんはペットボトルの水を飲み干しオドオドしている私に
「バーカ、胸に耳当ててみ」

ドックンドックン
心音が聞こえホッと胸を撫で下ろす

すると夢子さんが近づき私を手でそっと退かした

そしてその刹那

バッチィィーーン!!

真琉狐さんの頬を張った









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