#52 たまちゃん、退職金をもらう

「全くお前は!!*×*☆○¥$€%〒♪」

私は朝からリングの上でいびきをかいて寝ていたことを社長に怒られていた

昨日の感動はなんだったんだ?というくらい現実に引き戻される
神聖なリングの上で寝てたんだ
俯いて黙って怒られるしかない

「たくぅ本当に、わかったか?!」

「すみませんでした」
ペコリ

「もう朝から怒り疲れたわ」
社長は階段の方へ向かおうとした
その時

「もう終わりましたー?」
声がした

「え?」
声がする方に目をやると道場の扉の前に真琉狐さんが立っていた
キャリーバッグを持っていたのできっと昨日の大阪から朝一で帰って来たのだろう

「あ、あわ!」

「たまちゃん朝からめっちゃ怒られてるじゃーん!」
真琉狐さんは悪戯っぽく笑った

「あ、アハハハ。おはようございます」
ペコリ

「ダメだよ、たまちゃん!悪いことしちゃあー」

「あ、ハイ。以後気をつけます」
声がフェードアウトする私

そんな様子を見て社長が
「何?お前もう帰ってきたの?今日オフだろ?ゆっくりたこ焼きでも食べてたら良かったのに」
と言って溜息をひとつ

「社長ーーぅ!!」
真琉狐さんは手を広げこっちに近づいてくる

そしてそのまま後ろから社長の首に手を回し抱きついた

「や、止めろ!気持ち悪い!何なんだお前は?!」
すぐさま真琉狐さんを振り払う

「えーーっ!!酷ーい!ファンの人なら失神ものなのにーー!!」

「知らんわ!俺はお前のファンじゃねぇー!」

「えーー!酷いよね?たまちゃん!酷いよね?」

「ハハハハハ、、、」
私に振られてもー
でも私も失神コースかな?

「もう!お前ら朝から疲れさせるな!!こっちは老体に鞭打ってやってんだぞ!全くもうー」

朝から社長の血圧を上げまくってしまった

「社長ー!!」
真琉狐さんがまた声をかけた
声のトーンがいつもの甘い感じではなく芯の通った真っ直ぐな印象を受けた

いつもの感じであればそのまま無視して階段を上がって行っただろうがその僅かな機微を感じたのか社長は振り返り

「何だ?」

真琉狐さんは両手を真っ直ぐ真横に添え90度で社長に向かいお辞儀をする
そしてそのまま

「社長!今回はカーコとの試合を組んでいただいてありがとうございました!」

社長は数秒真琉狐さんのその姿をを見つめ

「おう!」

昨日の夢子さんの時と同じで少ない会話で全ての想いが通じているようだった

真琉狐さんは頭を上げて社長の目を凝視し
「ワガママついでにもう一つお願いがあります!」

「あん、何だよ?」

「カーコとの試合に全力を尽くしたいのでそれまでに入ってる試合や仕事を一度白紙に戻していただけませんか?」

「ほう、で、どうすんだい?」

「ハイ!昨日の夜、夢子さんと電話で話しました。夢子さんもなるべく多く時間を作っていただけるということなので夢子さんが来られる日は道場でもう一度基礎練から。それ以外はキックの練習とパーソナルジムで体作りを改めてやっていきます!とんでもないワガママですがよろしくお願いします!!」
もう一度深々と頭を下げ真琉狐さんは誠意を見せた

「わかった」
そう言いながら社長は階段を上がって行った

その後ろ姿に向かって真琉狐さんは頭を下げたまま
「ありがとうございます!!よろしくお願いします!!」

真琉狐さんのこの試合に掛ける並々ならぬ決意・情熱・想いが伝わった


「ふぅー、言っちゃたね」
真琉狐さんは私に微笑みながら言った

私も真琉狐さんに笑顔を向けながら
「ハイ!」

「たまちゃん、悪いけど当分の間、夢子さん借りるね!」

「ハイ!」

真琉狐さんはグーッとノビをしながら
「徹底的な基礎練って何年振りかなぁ?まずはたまちゃんがライバルだね!負けないようにしないと、ねっ?」

「私、基礎練は負けませんから!」
腰に両手を当ておどけてみせた

「えー!ホントにぃーー?!いいよ!もし負けたらスパーリングでボッコボコにするから!」

「えー!!それはちょっと、、、困りますぅ」

「レスラーがボコボコにされるのを怖がんじゃないのぅー」

ビシッ!!

「痛でっ!!」

「うそ?!大丈夫ーぅ?ごめーん!」
真琉狐さんは目を丸くし手を合わせた

「だ、大丈夫です!」

見た目はかわいいノリの肩パンだったがプロレスラーたる所以か気合いの現れなのかなかなかに効いた

でもいつものこういうノリをしてくれるってことは少しは真琉狐さんのメンタルも落ち着いているのかなとこの時は思っていた

で、今日は夢子さんは道場には来ないのでキックとジムに行くということで真琉狐さんは帰って行った

私も朝のルーティンを終え事務所に入る

すると社長がこっちへ来いと手招きをする

え?!もしかして説教の続き?
やだよー!!
恐る恐る社長の机に近づく

「まあ一応お前にも説明しとくわ」

「あ、ハイ」

「今まで何年もの間、興行を打つ時だけ手伝ってもらってたわけだなアイツらには」

「ハイ」

「でも今回を機に昨日いたヤツらをまず正式に雇用しようとあの後、話した」

「ハイ」

「全員が了承してくれた。バイトしてるヤツは別に続けたきゃ続けてくれりゃいいが正規で働いてるヤツもいる。まぁそいつらはそいつらで辞めるタイミングやら調整が必要なわけで当分の間はフレックスな出社になる。わかるか?」

「えーと、うーん、ハイ」

「本当にわかってんのかぁ?まあいいや。今まではボランティアとして来てたからせめてもの気持ちで弁当くらいは出してたわけだ」

「ハイ」

「だがこれからもちろん自分らで用意してもらう。普通の話だろ?」

「ハイ」

「電話番ももちろんアイツらの業務の一つとなるわけだ。それにカードも発表しちまったからお前じゃ対応出来ないわけだ。だろ?」

「うーん、あ、ハイ」

「ま、てなわけでお前の弁当係と電話番は昨日を持って契約解除ってことだわ」
社長はニヤニヤしながら言った
そして昨日と違いその目の奥は笑っていなかった

「え、ええーっ!!」

「ご苦労様だったな。まあまた頼むこともあるだろう。でもまあそういうこった」

契約解除はいいんだけど私には死活問題がっ!!
恐る恐る聞いてみた

「あ、あのぅ、あ、えーっとぉ、ということはお弁当も、、解除って認識でぇ、、、」

「当たり前だろ!何言っちゃってんのお前!」

「あ、アハ、、ですよね?」

「米はいっぱい支給してるだろうよ!それを食え!!」

「あ、アハハハ、ですよねー」

そんな引き笑いをしている私を見て社長はポケットをまさぐる

「おい!手出せ!」

「あ、ハイ」

両手を差し出すとそこにポケットから出した小銭を全部渡された

「退職金だ!何か美味いもんでも食え!」

んん?

目視で数える

724円

「特売でいい肉買えんだろ?」

んー?買えるのかな?

まあいいや
今度の休みに新発売のなんとかフラペチーノでも飲もうっと








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