ワインの香りをちょっぴり科学的にまとめました

 ワインを飲んでいると、到底ブドウからできたとは思えないような様々な香りを感じることがあります。そのあまりの不思議さから、私たちは自分を納得させるためにより科学的な根拠を求めます。

今日はそんなあなたの一助になれば幸いです。

今回紹介する論文です。私のお気に入りのレビュー論文の1つです。ブドウやワインの香りに寄与する化合物群をまとめてくれています。この論文のフォーマットに則って、めちゃくちゃ噛み砕きながらブドウとワインの香り成分の話をしようと思います。
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"Origins of grape and wine aroma. Part 1. Chemical components and viticultural impacts."


テルペン

 テルペン類という化合物群があります。これは炭素5個からなるイソプレンという物質を構成単位として、2つつながるとモノテルペン、3つつながるとセスキテルペン・・・という風になります。つまりテルペン類の炭素数は基本的に5の倍数なわけです。覚えやすいですね。
 自然界に広く存在し、特に植物で産生されます。良い香りがすることが多く、植物油の主成分です。テルペンを抜きに香りの話をすることはできません。
 ワインではどんな香りに寄与しているのでしょう。ワインでは特にモノテルペン類やセスキテルペン類が重要です。テルペンと言ったら炭素数10のモノテルペンか炭素数15のセスキテルペンだと思ってください。まあ化合物があんまり大きくなると揮発しにくくなって香りがしづらいですから。15くらいまでがちょうどいいわけです。
 そして肝心のどんな香りがするか、ですが、なんとアロマティック系白品種の香りはだいたいテルペン類だったりします。
 例えばいくつかのモノテルペン類はミュスカやマスカットオブアレキサンドリアなどのいわゆる”マスカット香”に寄与します。また、モノテルペンの1つである(Z)-rose oxide(ローズオキシド)はゲヴェルツトラミネールのあの”ライチ香”に寄与します。”花の香り”に関してはlinalool(リナロール)やα-terpineol(α-テルピネオール)が大きく関係していると思われます。またwine lactone(ワインラクトン)と呼ばれるモノテルペンもゲヴェルツなどのワインで見られます。ワインラクトンは単体だとウッディーでココナッツのような甘い香りを呈するそうです。
 モノテルペンは温度やpHの影響を受けて化学変化を起こします。例えばgeraniol(ゲラニオール)やlinalool(リナロール)はワインの輸送中や保存中にlinalool oxides(リナロール オキシド)やα-terpineol(α-テルピネオール)へと変化し、ワインの熟成香に寄与することが確認されています。年代物のワインを飲んでアロマティックな香りに変化を感じたら、モノテルペン類の化学変化に思いを馳せましょう。
 以上のようなモノテルペン類は基本的にブドウ由来成分ですが、まれに畑の周囲から持ち込まれることがあります。eucalyptol(ユーカリプトール)というモノテルペンはカベルネ・ソーヴィニヨンからも検出される成分で、清涼感を与える物質(咳止めとかに配合される)ですが、ブドウ畑の周りに植わってるユーカリの木から混入した例も確認されています。
 続いてセスキテルペンですが、モノテルペンほどの研究は進んでいないです。ですが、皆さんご存知!rotundone(ロタンドン)はセスキテルペンです。知らなかったらすみません、シラーに特徴的な黒コショウの香りに寄与しています。
 ワインの豊かな香りの裏にはたくさんのテルペンの存在があるんですね。ちなみにブドウ中でどのテルペンが合成されるかというのは遺伝子で決まっています。実はこのテルペンを作る遺伝子の数ですが、全生物種の中でブドウがもっとも多いんです。21のモノテルペンと47のセスキテルペンを作るための遺伝子が組み込まれています。つまりワインの香りが豊かなのはブドウさんからしてみれば「は???当たり前なんだが???我、ブドウぞ???」という感じです。

ノリソプレノイド

 はいはい、そこのあなた!!!意味の分からないカタカナの配列にアレルギー反応を起こさないでください。カロテンです、カロテン。ニンジンとかで聞くやつ。カロテンを分解してがちゃがちゃやってできるのがノリソプレノイドという化合物群です。
 ノリソプレノイドはだいたいどの品種にも見られますが、特にアロマ系品種で多いそうです。なんでどの品種にも見られるかというと、ノリソプレノイドはカロテノイドから作られるわけですが、(カロテンはカロテノイドの一種)、このカロテノイドが太陽光から組織を守ってくれるんです。それゆえブドウには必須級の物質なわけです。なんの防御機構もなしに素っ裸で「わ~い、太陽だ~~~」なんて言って太陽光を受けると結構危険なんですよ。
 ノリソプレノイドに話を戻しますが、ノリソちゃんの代表的な物質にβ-damascenone(β-ダマセノン)とβ-ionone(β-イオノン)というものがあります。この名前聞いたことあったら相当オタクっす。逆に生産者は知っとかないと恥ずかしいかもしれないっす。
  β-ダマセノンは多くの赤ワインに含まれ単体だとバラのような香りを呈します。ただワイン中で具体的にどんな香りに寄与するかは実は解明されておらず、どうやら他の香り成分とのコンビネーションでワインの香りを高めていそうだという認識です。とても閾値が低い(=匂いを感知しやすい)物質なので絶対重要だろおい、ということです。β-ダマセノンに関する小話としては、メルシャンの甲州グリ・ド・グリという商品をご存じでしょうか。この商品の開発当時の日本ワイン業界というのは甲州の香りをどう高めるかということに全力を挙げていました。甲州きいろ香と並び、甲州の可能性を押し上げたもう1つのアイテム、それが甲州グリ・ド・グリなわけですが、この商品はいかにβ-ダマセノン量を高めるかということに着目して開発されました。商品開発に至るまでの一連の論文は、読むと当時の熱量が伝わってきて熱い気持ちになれます。
 β-イオノンはもっと分かりやすくて、ピノ・ノワールなんかに特徴的なスミレの香りに寄与します。まあボルドー系品種やローヌ系品種にもちゃんと含まれてるんですけどね。ピノは特に多いって感じです。前述のロタンドンもそうですが、遺伝的に香りを感じ取れない人がいるというのも割と有名な話ですね。ただロタンドン分からなくてもMWになれた人もいるので大丈夫です。
 さらにさらに、リースリングのぺトロール香として有名なTDNもノリソプレノイドです。昨今ではぺトロール香を嫌う流れがありますが、個人的には結構好きなんですよね。また、TPBという物質はどうやら熟成したセミヨンのバラやタバコの香りに関与しているしているそうです。
 こんな感じで、ノリソプレノイドはオタク内では比較的有名な物質が多いですね。

フェニルプロパノイド

 これもいかにも化学っぽい名前してますが、なかなか面白いですよ。例えば渋みを呈するタンニンや植物の木質部分を担うリグニンなど、一部のポリフェノールはフェニルプロパノイドがたくさん集まってできています。そう言われると身近でしょう。
 また、コーヒー酸、クマル酸、ケイ皮酸などがフェニルプロパノイドの代表例ですが、植物を勉強するときに必ず出てくるやつらです。やめてまだショートしないで、これは覚えなくていいから。要はとっても重要ってことです。
 ワインに関して身近なものだとmethyl anthranilate(アントラニル酸メチル)があります。どこが身近やねんと思われるでしょうが、コンコードやナイアガラなどで見られる”フォクシーフレーバー”というやつです。実際キツネの香りがするわけではないのでファンタ臭と呼んだ方がいいと思ってます。ソフドリにも添加されるようなので、実際ファンタにも入ってるのかな?
 また、ワインとフェニルプロパノイドの話で欠かせないのがブレタノマイセスですね。ワインの科学を少しでも勉強されたことがある方はブレタノマイセスを聞いたことがあるかもしれません。詳しい話は他に譲りますが、ブレタノマイセス属という微生物に汚染されると馬小屋臭がしてきます。まじで動物園みたいな臭いがします。この現象を”フェノレ”とも呼んだりしますが、何が起きているかというとブレタノマイセスが分泌する酵素によってフェニルプロパノイドの一部がエチルフェノールという物質に変えられてしまっているんですね。だんだんカタカナが多くなってきました(笑)これ以上詳しい話は控えます。興味がある人は山梨大学の恩田先生の寄稿をお読みいただきたい。つまり赤ワインのフェノレは、ある微生物があるフェニルプロパノイドを臭い物質に変えているんだよ~ということです。
 ファンタ臭といい馬小屋臭といい、なんだかフェニルプロパノイドはあんまりいいイメージがないですね。ただ良い香りのものももちろんたくさんあります。

フラン誘導体とフラノン

 名前からしていい匂いしそうですよね。どちらもブドウがもともと持ってる分と樽から抽出されてくる分があります。
 まず先にフラノンの方ですが、ワインのアロマに大きく関与していることは明らかなようですが、あまり研究が進んでいないようです。
 フラン誘導体に関しては、よく聞くものはfuraneol(フラネオール)でしょう。イチゴの香料として用いられることもあるみたいです。様々な品種に含まれていますが、プリミティーボ、グルナッシュのロゼ、そしてマスカットベーリーAなどでは重要な特徴香として報告がされています。フラネオールの香りは結構知覚しやすいのではないでしょうか。特にベーリーAはメルシャンが色々研究成果を出していますが、ベーリーAの未来を担う物質でもあるので覚えておいて損はないです。ちなみに、ファンタ臭の構成要素の1つでもあります。

脂肪酸誘導体

 ここはサクッといきます。主要なものはγ-lactones(γ-ラクトン)類とδ-lactone(δ-ラクトン)類です。貴腐ワインやフィアーノ産甘口ワインなどで多く見られ、前者はココナッツや桃のような香りを呈します。後者はオイリー、桃などのフレッシュで強烈な果実香を呈します。貴腐ワインの桃の香り、なんとなく分かりますよね。

糖やアミノ酸由来の揮発酸、エステル、高級アルコール

 範囲広すぎますが(笑)参考文献も広く薄く言及するに留めています。ここではエステル類に絞って取り上げます。
 エステル類はフルーティーな香りにはだいたい関与しています。まず代表的なエステルの香りは”吟醸香”というやつです。日本酒を飲む方にはなじみのあるワードかもしれませんね。これはethyl hexanoate(カプロン酸エチル)とisoamyl acetate(酢酸イソアミル)という2つの物質が主に関与しています。前者はバナナやメロン、後者はリンゴの香りと言われます。酵母が発酵中に作ってくれます。以前はあまりいい香りとはされなかったようですが、今は結構頻繁に見かけますよね。
 他にも数百種類のエステル類がワインに含まれており、複雑に絡み合っているので、具体的にこの匂いはこの物質というのも実は難しいです。エステル類はワインの熟成中に分解されていきます。高温で保存するとより早く分解されます。
 それからエステル類で忘れてはならないのがethyl acetate(酢酸エチル)です。ワインや果汁が酢酸菌に汚染されると発生するシンナー臭あるいはセメダイン臭です。ただ自然派ワインが隆盛を極めてる今、もはや多少の酢エチはむしろ好意的に捉えられますよね。私も別に嫌いじゃないです。ただ、わりと破壊的な匂いなので、繊細で微妙なバランスの上に成り立つエッチな香りを出したいのであれば不要だと思います。酢エチはそう簡単に分解されません。分解されても酢酸が出るだけです。

ピラジン 

 メトキシピラジンって聞いたことありますかね。青臭い物質です。カベルネ・フランや熟してないメルロー、カベルネなどで感じることができます。ソーヴィニヨン・ブランのグリーンな香りもこれです。ごく少量だとフルーティーな香りも呈し、好意的に捉えられるのですが、少量以上になるとはっきり不快な香りになります。(逆に好きな人もいるかも?)日本のメルローはメトキシピラジンが過剰に出ていることが多く、ここをなんとかしなければいけませんね。もちろんおいしいところはめちゃくちゃおいしいですよ。
 メトキシピラジンは香りが分かりやすく、頻出ワードだと思うので覚えておいて損はないです。

揮発性硫黄化合物

 名前いかつすぎるな。チオールですチオール。4MMPや3MHといった化合物をご存知でしょうか。ソーヴィニヨン・ブランや甲州に特徴的な柑橘系の香りを呈する物質です。私も大好きな香りです。これに関しては故富永博士のスーパー名著を強くおすすめします。心が震えます。前述したメルシャンの甲州きいろ香が誕生するまでのストーリーです。

 4MMP や3MHといった物質は酵母のカタログにもよく載っていて、知らない生産者はいないのではないでしょうか。これらの物質を発見したのが富永博士です。
 もう1つ硫黄化合物を挙げるならH₂Sやメルカプタンです。いわゆる”還元臭”というものに関わってきます。腐った卵や焼けたゴムみたいな良くない臭いですね。

環境がブドウのアロマに影響を与える

 ワイン用ブドウの遺伝子のおよそ18%は周囲の環境、とりわけヴェレゾン期の天候の影響を受けるという研究結果があります。ポリフェノール類が主に影響を受けやすいようです。その他にもぺトロール香を呈するTDNはドイツのような涼しい気候の場所よりも南アのような温かい気候で多いです。逆にメトキシピラジンは涼しい気候の場所で多いです。
 また天候にも関係しますが、日照量も重要です。特にノリソプレノイド類やモノテルペン類は大きく関係してきます。メトキシピラジンは適切なタイミングで太陽光を当てることで減らすことができます。
 水分ストレスも重要です。水分ストレスを受けるとカロテノイドからノリソプレノイドへの分解が促進されるという研究結果があります。また、モノテルペン類も水分ストレスによって変化なしあるいは増加するという報告もあります。
 ブドウの熟度も大切です。ブドウが熟すというのは以下のプロセスを意味します。(読み飛ばしてもOK!)
①葉のスクロースが師管を通ってグルコースやフルクトースとして実に蓄積する
②酒石酸の減少とリンゴ酸の代謝
③アミノ酸(特にアルギニンやプロリン)の蓄積
④フェノール類の合成が抑制され、果皮や種子に縮合されたタンニンが蓄積する
⑤黒ブドウではフラバノールやアントシアニンが、白ブドウではロイコアントシアニンが果皮に蓄積する
⑥匂い前駆体や揮発性化合物の濃度や種類が変化する
複合的にいろいろなものが絡んでおり、ワインにも風味にももちろん関係してきます。
 菌類の感染もありますね。ボトリティスはいくつかのモノテルペンを変化させたり、貴腐ワインに特徴的なチオール系化合物を作ったりします。

まとめ

 以上、簡単ではありますがワインの香りを化合物ベースでまとめてみました。できるだけ端折って簡単に書きましたが、それでもここまで読んだ人はすごいです。ベルマークをプレゼントしてあげたいです。
 ワインの複雑で魅力的で不思議な香りにもちゃんと1つ1つ理由があるんだと思うとやっぱりブドウや酵母を含めて自然ってよくできてんなって思いますよね。それから人間の嗅覚という機能にも感謝しなければいけません。これだけの香りを感じ取ることができ、脳内で処理を加えることができる。ただ匂いが分かるだけではなくて、記憶領域などと相互作用し、ちゃんと”感じる”ことができるんですよ。
 別にワインの飲む上で科学の知識は必須ではないです。こんなん知らなくてもちゃんと味わえます。だから自信をもってあなたの感性で好きに飲んでください。私が伝えたかったのは世界は緻密ですげえんだぞってことです。

参考文献

Robinson, Anthony L., et al. "Origins of grape and wine aroma. Part 1. Chemical components and viticultural impacts." American Journal of Enology and Viticulture 65.1 (2014): 1-24.

小林弘憲, 勝野泰郎, "バラ様香気を有するβ-ダマセノンを促進させたワイン醸造", におい・かおり環境学会誌, 41.3(2010):181-187

恩田匠, "国産ワインにおけるフェノール系オフフレーバー「フェノレ」について", 日本醸造協会誌, 108.12(2013):881-889

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