見出し画像

自然派ワインを理解する取り組み①生体アミンについて

はじめに

 近年、自然派ワインが隆盛を極めています。環境云々や品質云々など賛否や考え方はいろいろあるでしょうが、今回はそういった話は銀河系の片隅に置いておきます。

 私自身の関心の1つとして、有機農法や自然発酵はこれまで科学が取りこぼしてきた事実を拾い上げるチャンスだと思っています。そのために栽培や醸造を注意深く観察し知見を貯めていくことはエキサイティングでエキセントリックでワンダフルな作業に他なりません。

 ただ、経験的事実だけでは不十分で、同時に科学的に分かっていることも把握したいと思いました。今回は生体アミンにテーマを絞ります。

生体アミンとは

 生体アミンとは生体内に含まれるアミンのことで、ドーパミンやアドレナリンなどは誰しも聞いたことがあるでしょう。また、生体アミンはとりわけ発酵食品などの食品中にも含まれます。今回注目するのは食品由来のものです。

 なぜ食品由来の生体アミンが問題になるかというと、過剰摂取が健康に害をもたらすためです。生体アミンの種類によって、「紅潮」「かゆみ」「肌の炎症」「呼吸障害」「高血圧」「低血圧」「頻脈」「嘔吐」などの症状を引き起こします。実際、生体アミンの一種であるヒスタミンによる食中毒事件は国内で毎年10件ほど起きています (厚生労働省より)。

ワインに含まれる主な生体アミン

 ワインではヒスタミン、チラミン、プトレシン、カダベリン、フェニルエチルアミンなどが代表的な生体アミンです。プトレシンとカダベリンは硝酸塩と反応しての発がん性のニトロソアミンになるらしいです。

 ワインに含まれる生体アミンの量は様々で、例えばスペインワインを対象にした研究ではヒスタミンは0~25 mg/Lまで幅がありました (Ancin-Azpilicueta, 2008)。様々な国でヒスタミンの上限基準が設けられており、オーストラリアとスイスで10 mg/L、フランスで8 mg/L、ドイツで2 mg/L 等々。ちなみに日本では基準値は定められていません (ワインに限らず食品全体の話)。  

キャプチャ

生体アミン生成に影響する要因

 ワイン製造中の様々なプロセスにおいて微生物が作用し生体アミンが生成されます。我々に馴染みが深いS. cerevisiaeもなんと12.14 mg/L の生体アミン産生能力があると報告されています (Caruso et al., 2002)。ちなみに主発酵に関する酵母では、K. apiculataやB. bruxellensisなどが高いヒスタミン産生能力を示しています。

 しかしながら、ワイン製造プロセスにおいて最も気を付けるべき工程の1つはMLFでしょう。

 昔はPediococcus属が生体アミンを生み出していると考えられていたようですが、今ではOenococcus属、Lactobacilluas属、Leuconostoc属なども生体アミン産生能力を持つことが分かっています。表2にまとめたものを載せておきます。ちなみにOenococcus属の一種であるO. oeniやLactobacilluas属の一種であるL. plantarumなどはMLFの際に活躍するメジャーな乳酸菌ですので、どこかで名前を見るかもしれません。

※Lactobacilluas属は2020年に分類の見直しが行われて、L. plantarumは正確にはLactiplantibacillus plantarumに名前が変わりました。ワイン業界的にはどうするんでしょうか(笑)

 やはり野生乳酸菌が活発化するのを抑えるため、市販の生体アミン生成能力が低い乳酸菌株を使用するのが安全と言えそうです。

 また、滓上での熟成も生体アミンの生成に関係してきます。熟成中にpHが上昇および遊離型亜硫酸が減少することで、乳酸菌が動き出し、アミノ酸の脱炭酸化を引き起こして生体アミンを産生します。Polo (2010)らの研究では上昇する生体アミンはヒスタミンとプトレシンがメインで、特にヒスタミンは4~6ヶ月後に爆増しています。一度MLFが終わったら滓から離して熟成させるのが安全と言えます。

 生体アミンの量はブドウ、ヴィンテージなどでも変動します。ブドウにも生体アミンが含まれることは確認されていますが、これらは発酵の際の酵母の代謝にも使われていると思うので、そこまで大きな影響はないのではないかと個人的には考えています。

画像2

生体アミンの測定方法

 こんな情報がいつ役に立つのか知りませんが、生体アミンを検出したい!となったら、液体クロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィーなどが有効な手法なようです。

最後に

 生体アミンを分解する菌もいるそうです。これらをぶち込めば減少するかもしれません。また、Amghouzら (2014)はNa-ZrPという試薬を用いてワイン中の生体アミン、特にヒスタミンとプトレシンの吸収に成功しています。実用化されるかもわかりませんね。たださすがにこんなものに頼りたくはないです。乳酸菌やワインのpH、SO2量などを適切にコントロールして、食品として当たり前に安心なものを造っていきたいですね。

 今回はどちらかというとワインのネガティブな話題になりました。ただ、ワインが決して危ない飲み物というわけではないです。プロがちゃんと造ったものはちゃんと安全です。しかしながら土着酵母や土着乳酸菌を使用する際は常に生体アミンのリスクを抱えているのは事実です。ただ土着酵母や土着乳酸菌にはそれはそれでメリットもあると思います。こうしたものを利用する際はより一層管理に気を使いましょう。

 また市販の酵母や乳酸菌を使用したとしても生体アミンのリスクはあります。しっかりケアしましょう。

参考文献

Ancín-Azpilicueta, Carmen, Ana González-Marco, and Nerea Jiménez-Moreno. “Current Knowledge About the Presence of Amines in Wine.” Critical reviews in food science and nutrition 48.3 (2008): 257–275. 

Caruso, M., et al. "Formation of biogenic amines as criteria for the selection of  wine yeasts." World Journal of Microbiology and Biotechnology 18.2 (2002): 159-163.

Guo, Yan‐Yun, et al. "Biogenic amines in wine: A review." International Journal of Food Science & Technology 50.7 (2015): 1523-1532.

Polo, Lucía et al. “Biogenic Amine Synthesis in High Quality Tempranillo Wines. Relationship with Lactic Acid Bacteria and Vinification Conditions.” Annals of microbiology 61.1 (2010): 191–198. 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?