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中国メイカーキャンペーン全盛時の貴重な記録「テンセントが起こすインターネット+世界革命」馬 化騰 (著), 張 暁峰 (著), 永井 麻生子 (翻訳)

献本ありがとうございます。訳者の永井さん、監修者の岡野さんと10月19日にオンラインイベントをやります!

本書は2015年に中国で出版された書籍に、2018年の馬化騰(テンセントCEOのポニー・マー)他の講演を添付する形で出版されている。書籍のほとんどは張 暁峰ほかの「インターネットプラス100人会」の人たちが書いている。各章の内容重複は多いし、個人中心の社会になる、自由なネットワークが起業のきっかけになる、インターネットをもとにサービスも製造も金融も変わる。。。などなど、他のビジネス書にもよく出てくるあたりまえの言葉が多い本書だが、「中国のインターネットビジネスの中心付近にいる人達が、何を重視しているのか」というのを知る点で面白い本だった。翻訳も素晴らしく、まるで日本語で書かれた本みたいな読みやすさ。すごい。
テンセントがどういう会社で、何をやって儲けているのかみたいな話は、この本よりもこちらのほうがよさそう。

まるでリクルートやサイバーエージェント、DMMのように、いろんな事業に素早く手を出してプロダクトを素早くリリース、部署間のconflictもお構いなし、むしろ競争させる勢いで拡張し、ダメとなったらすぐ撤退する、エネルギッシュで目端の利く事業会社の姿が見られる。スローガンが会社を作るのでなくてプロダクトが会社を作るので、ビジョンでなくてプロダクトを重視するのは良いことだと思う。

インターネットプラスとは何なのか

本書のキーワードであるインターネットプラスは、インターネットのインフラに決済もビジネスも全部なるべく載せよう、フィジカルな社会で行われるビジネスもすべてインターネットを基盤にしようという考え方だ。
そこでは「サイバースペース」という概念はそもそもなくなり、フィジカルな社会と同じように、実名や法人格があたりまえになるし、パトカーや救急車に走行優先権があるように、インターネット上の通信もコントロールされる。
フラットでアノニマスなインターネットとは別方向のポリシーだが、ヨーロッパからも日本からも同様のアイデアは何度か出されている。日本でNGN(新世代ネットワーク)としてNTTが進めているものと一部似ている。imodeを全体的に広げよう、という試みとして、2000年代中盤にはよく聞かれた。
中国がこういう形でインターネットの活用を勧めていて、実際にいくつかのイノベーションを生んでいるのは、インターネットの未来を考える上でも注目すべきだ。
プロトタイプシティにも、インターネットプラスについて第2章の澤田翔を中心に解説をしている。

中国を別な方向に変えた2015年

2015年は「大衆創業・万衆創新」が始まった特別な年だ。「大衆創業・万衆創新」(本では大衆のスタートアップ、万民によるイノベーション)は、それまで計画経済、エリートへの集中投資がイノベーションを生むとされていた中国で、スタートアップとベンチャーキャピタルへの大規模な規制緩和を行った政策だ。結果としてそれまで不動産投資などに流れていた資金がスタートアップに流れ込み、中国から多くのユニコーン(時価総額10億ドル以上のスタートアップ)が生まれた。
それまでは人件費の安さを武器に「中国のアップル」「中国のグーグル」などのタイムマシン経営を行っていた中国ベンチャーも、VCでの投資を得て、目先の利益は少なく、成功の確率が低くとも、一発当たれば社会全体が変わるようなスタートアップが登場し始める。
無人コンビニやシェアサイクルほか、欧米のモノマネでないスタートアップが続々中国から登場し、多産多死を繰り返すようになったのは、投資がピークに達した2016年からだ。その後大きくリセッションしているが、今もスタートアップへの投資は、他国に比べたら大きい。

大衆創業・万衆創新の魁となったメイカー(創客)たち

大衆創業・万衆創新で魁となったのは創客、メイカーたちへのスポットライトだった。中国の政策にメイカーフェア、メイカースペースという単語が並び、「創客」は2015年、中国全体の流行語ナンバーワンになった。
この本はまさにそのメイカーが盛り上がるなかで書かれた本だ。多くの章で「個人がコミュニティの支援を得て自らのアイデアを具現化するメイカー」「アイデアが出会い起業に繋げるメイカースペース」「メイカー経済を実現する」などの言葉が踊っている。

本全体でも、多く引かれているのはケビン・ケリー、クリス・アンダーセン、ニコラス・ネグロポンテといった欧米テクノロジーのヴィジョナリーの言葉だ。こうしたスタートアップ重視について、どちらかというと欧米の思想の輸入が多く、これまでの中国研究から考えるのが難しいことを、本書はよく表している。
例として、本書の結論を一部引用する

では、究極のところ、「メイカーズ」とは何者なのか。メイカーズとは身の程知らずなヤツらだ。メイカーズはシェアする。メイカーズはイノベーションで遊ぶ。
「創造」は彼らの信仰だ。モノづくりは彼らのライフスタイルだ。
メイカーズは自分のコミュニケーションとインタラクションのスタイルの中にいる。また、自分が認めたルートとスタイルが大好きだ。
メイカーズは「デジタルジーンズ(デジタルによる異端児)」あるいはインターネット「土着民」を自称するが、そのレッテルを貼られるのはいやがる。
メイカーズはある面では世界に対する責任感と優雅さを見せるが、別の面では夜を恨む矛盾をはらんでいる。
(中略)
実際、「メイカーズ」というのは、呼称というよりも、むしろ信仰、精神、ライフスタイルだと言える。メイカーズとはあなたのことだ。あなたの体の中にもメイカーズの影を探すことができる。

僕はここに書かれているようなことをよく知っている。このときの、中国最大のメイカーフェア Maker Faire Shenzhen 2015,2016の2年間、僕は1ヶ月ほど運営チームとして現地に泊まり込んで一緒にメイカーフェアを作っていた。僕の体験は、一緒に深圳を歩き回った仲間と、書籍にまとまっている。

また、この「メイカー」バブルは2016~17年ごろをピークに、次はAIなどにバズワードが移っている。大衆創業・万衆創新は続いているが、メイカーという言葉は聞かなくなった。もともと創客も起業も似たような意味で使われていたが、ブーム時は創客、今は起業がよく聞かれる。
中国のメイカーバブルで何が弾けて、何が残っていまも続いているのかは、この記事に詳しい。

混乱を生んだとはいえ、社会の注目をボトムアップからのクリエイティブに集め、今も科学と創造力への関心を高め続けているということで、僕は中国のこの一連の政策を高く評価している。
政策全体はこの本に詳しい。

メイカーバブルが今から立ち上がろうとしているときに、個人からの起業、その後のインフルエンサー経済、スタートアップバブルなどにつながるような言葉が多く見られた本なので、メイカーズのエコシステムやプロトタイプシティを読んでくれたような人なら、面白く読めると思う。

訳者の永井さん、監修者の岡野さんと10月19日にオンラインイベントをやります!


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