『ゴールデン・フライヤーズ奇談』シェリダン・レ・ファニュ

山奥の美しい湖畔に佇む屋敷がありそこに因縁深い二つの家族が住んでいる。これぞゴシック小説とでも言うような舞台だての本作ですが、その舞台の中で大まかに三つの奇談が語られ、それぞれが巧みに絡み合っていく事で恐怖が醸造されていく過程が見事に描かれていく素晴らしい小説になっています。
物語はゴールデン・フライヤーズという山と湖に囲まれた風光明媚な土地を地所として持つマーダイクス准男爵が帰郷してくるところからはじまります。マーダイクス家は代々ゴールデンフライヤーズを治めていましたが当代のベイルは放蕩に明け暮れ多大な借金を背負った為仕方なく屋敷に戻ります。そんな屋敷が面する湖にはフェルトラム家の娘がマーダイクス家の男に裏切られた結果幽霊として出るとの噂がたっています。それはベイルにも深く影を落としており湖にたいしてなんとも言えない恐怖心を抱いています。
住民の注目のなかベイルは屋敷に帰るとあまり交友せずに引き篭もった生活をするのですが、秘書として仕えるフェルトラム家の末裔フィリップには殊更辛くあたります。
ここまでが小説の三分の一にあたるのですが、ゴシック的な舞台が湖に出る女の霊の軽い怪異を交えつつ浮かび上がってきます。この後フェルトラムの死と復活、それに伴うベイルとの力関係の変化そしてベイルの死と怒涛の展開の末物語が幕を閉じるのですが、ベイルの心理に焦点が当たりその中で彼がどう行動するのかがとても興味深いです。
ベイルは自分の理不尽な態度の結果としてフィリップの死と復活を招くのですが、この出来事の後フィリップとの力関係が逆転します。小説のかたりとしては客観的な三人称で語られてはいるのですが、この出来事からは比較的ベイルの立場に立って物語が進められます。そのため復活後性格が一変したというフィリップもその変化がベイルの思い込みによるものとも読めます。また復活自体がベイルの罪悪感による霊的な存在ともいえます。たしかにフィリップの存在はベイル以外の人にも見えているのですが、復活後はベイル以外とは会話するシーンはほとんどないですし、より霊的な関わりを促す存在になりますし、象徴的なのはベイルの妻はフィリップに対して不気味な印象を持ち、フィリップとどちらを選ぶのかを迫り妻を選んだベイルのもとからフィリップは消え去ります。このことからもフィリップは霊的な存在といえるのではないでしょうか。霊的なフィリップの理解不可能性と罪悪の感情が物語中盤に恐怖として立ち現れます。
更にレ・ファニュが上手いなと思うのは終盤フィリップが消えて以降はベイルの妻の視点に移すことで家の過去と自分の行為に引きずられるベイルの心境を描かずにベイルの事が理解できないことによる不安と恐怖の物語として語りのギアを一段変えているところです。
このことからも本作における恐怖は自分の過去の行為の後ろめたさとそれを他者が見たときの理解不可能性であるように思います。側から見れば滑稽に見えるかもしれないが本人しか知らない因果みたいなもの物語る視点を変えることで喜劇にはせずホラーにしていることろが本作の魅力ではないでしょうか。また他者の他者性と理解不可能性は恐怖小説という形にとても合っているテーマとも言えると思います。

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