私が大手法律事務所(MHM)を辞めた理由 第4部・まとめ編(完全かつ無料版)
弁護士の宇賀神崇(うがじんたかし)と申します。私は、日本の四大法律事務所の一つである森・濱田松本法律事務所(MHM)を2022年末に退所し、翌2023年1月に「宇賀神国際法律事務所」を独立開業しました。
以下では、第3部に引き続き、私がMHMを辞めた理由を文章に整理して、こうしてまとめてみようと思います。以下に限っては、全文無料でお読みいただけます。
4 結局のところ、「何が自分の幸せか?」という問いを突き詰めることに尽きる
長々書いてしまいましたので、私がMHMを辞めた理由をまとめてみましょう。
① MHMでパートナーになると、経費負担、アソシエイトやスタッフの「ケア」の負担があまりに大きい。
② その割に、経費負担額、案件受任を含め、MHMのパートナーが自分の裁量だけで決められることはそれほど多くない。
③ 私のやりたい業務や執務スタイルからして、MHMでパートナーになるうま味を享受し難い。
④ むしろ、MHMの同僚との良好な人間関係など、独立しても引き続き享受できるうま味もある。
⑤ MHMが受けられない案件を受任できる、MHM外の人材と案件を共にできるなど、MHMを辞めるからこそ享受できるうま味もある。
⑥ 完全な自由が欲しい。
⑦ 創業者としての苦労と喜びを知らなければ、本当の意味で一人前の弁護士にはなれない。
⑧ 大きな挑戦をするなら、35歳というタイミングはギリギリ。
⑨ 「搾取」されない結果、同じ売上を3分の1の稼働時間で達成できる(かも)。
⑩ 経費はいくらでも切り詰められるし、売上は結局立つし、ダメならまた転職すればよいから、独立のリスクはそんなに大きくない。
⑪ 仕事と家庭の両立を図るなら、いろいろメリデメがあるけど相対的に独立がベター。(2023/1/10追記)
上記のようにまとめてみても、これに共感する人もいればしない人もいるでしょう。それはなぜかと言えば、自分にとっての幸せとは何なのか、人それぞれで答えが違うからです。
私がMHMを辞めるかどうか数年かけて悩んできてつくづく感じたのは、結局、「何が自分の幸せか?」という問いを突き詰めることに尽きるということです。
MHMの元同僚を含め、世の中のいろんな人と話していて痛烈に感じるのは、自分にとって何が幸せなのか、自分で理解していないということです。大企業であるとか、老舗の企業であるとか、早く出世できたとか、給料が上がったとか、大きなプロジェクトを成功させて仕事にやりがいがあるとか、自分がいま所属している場所にとどまる理由はいくらでもあると思いますが、所詮は、他人の物差しでものを語っているに過ぎません。自分の運命を他人に委ねているようなものです。そうである限り、他人から評価されているうちは楽しいですが、他人の評価が変われば途端につらい状況になります。誰が何と言おうと自分が幸せだと感じる生き方をして初めて、本当に幸せな人生を送ることができるのです。
この問いを突き詰めることがどれだけ面倒で時間がかかるかは、私が体験したのでよく理解できます。自分のことでありながら、そう簡単に結論は出ないのです。日々の忙しさにかまけて、こういう大事な問題から逃げたくなる気持ちもわかります。しかし、人生100年時代の現在、それだけの長丁場をやりがいを保ちながら楽しく幸せに生きていきたいのであれば、忙しさにかまけて思考停止してはいけません。さもなければ、自分の運命をゆだねた他人(会社)から、どんなに遅くとも60歳や65歳やそこらで定年退職等で追い出された後、どうやって生きていけばよいのでしょうか。30代、40代のうちから、早めに突き詰めて考えておくべきだと思います。
5 MHMを辞めて、幸せですか?
はい。幸せです。この場を借りて、2023年の1年間を振り返ってみたいと思います。
(1)売上
2023年の1年間、一度も赤字にならずに、特に生活水準を下げることなく過ごすことができました。売上額ベースで言えばMHMの最終年の額をわずかですが超えましたので、私1人が生きていく分には十分な売上でした。
(2)案件数・種類
2023年に新規に受任した案件数は30件を超えており、その3割が労働者側の労働紛争(その多くが外国人労働者)、別の3割超が使用者側の労働相談でした。15%程度が国際法務で、その他の4分の1程度で越境リモートワークといった新しい分野、一般民事といった案件が並びます。
収益の柱は、意外なことに、労働者の労働紛争です。独立当初はこのようなことを予想もしていなかったのですが、この1年、結局労働者側の代理しかやりませんでした。この点を含め、結果として、MHM時代にはできない新たな実務経験を豊富に積むことができました。
一体どこから新規の案件が舞い込むのか、自分でも不思議なのですが、9割弱までが紹介です。紹介してくれるありがたい方々は、もちろんMHMの元同僚が数として多いのですが、他にも他の弁護士、他の士業の先生方のご紹介もかなり多いのが現状です。「捨てる神あれば拾う神あり」と上述しましたが、私の場合、MHMから飛び出したから「こそ」、例えば、敷居が低いこと、コンフリクトがないこと、アソシエイトを過剰に投入して多額の請求をされるリスクがないこと、といった新件受任にプラスなファクターがとても強く働いているのだと思います。
(3)稼働時間
他方、稼働時間は、MHM時代に比べれば「ヒマ」の一言です。
2023年の1年間で、案件対応にかけた時間は月平均100時間そこそこであり、執筆やセミナーなどの営業活動に別途平均100時間弱を割きましたが、それでも毎月の稼働は平均200時間に満たない水準です。
(4)人脈
MHM時代では考えられないくらい多くの方々とお会いしました。2023年に交換した名刺の枚数は、ざっと480枚ちょっとであり、その内訳は、弁護士を始め士業の先生方、経営者の方々、各企業の担当者様から、外国弁護士に至るまで様々です。
私が出会った方々は全て、私を温かく受け入れ、少なくない方々が案件などをご紹介ご依頼いただいたりしていただきました。こうした皆様のおかげで私はこの1年を生き延びることができました。誠にありがとうございます。
(5)今後の課題
ただ、課題も尽きません。
第1に、今後事務所を大きくしていくのかどうか、大きくしていくとしてどの程度の規模を目指すのか、どのような人材を受け入れていくのか、といった問題があります。これは、私の事務所経営のポリシーというか方針をどうしていくかという問題にも密接にかかわりますし、また、受け入れてもよいと考える人材が私のような零細事務所に来てくれるのかという問題でもあり、そう簡単に結論が出ません。
第2に、今後売上を伸ばしていくのかどうか、という問題があります。1人で事務所をやってみてよくわかったのですが、1人でいると、他の人と競争することもありませんし、同僚に叱咤激励してもらえるわけでもありませんので、どうしても現状に満足しがちで、これ以上売上を伸ばさなくてもいいんじゃない?みたいな気持ちになってきます。しかし、鏡の国のアリスに出てくる「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という格言のとおり、今の売上を維持するためにも不断の努力は欠かせないわけです。ましてや、今後事務所の人員を拡大するのであれば、現状の数倍は売り上げないといけません。自分で自分を叱咤しながら、時に友人先輩に叱咤激励してもらいながら、頑張っていかなければなりません。
第3に、売上を伸ばしていくとして、何をどうすればよいか、というのも悩みの種です。ここ数年、目の前の案件に全力で取り組む(これ自体が立派な営業です)とともに、執筆、セミナー、表敬訪問、異業種交流会、朝活、ビジネスマッチングアプリなどなど、考えつく限りの活動をしてきました。最近では、セミナーは月3回のペースで入っていますし、書籍の執筆案件も現状複数件抱えており、機会には恵まれているのですが、そうかといって、即効性があるものではないこともここ数年の経験からよく認識していますので、細かい工夫や新機軸を加えながら、地道に努力するしかないのでしょうか。
長文をお読みいただき、ありがとうございました。
(完)