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誤用されたフランス語

外国語が英語だけだった時代は過去のもの、今や様々な外国語がカタカナ言葉となって、商品名やお店の名前などに使われています。フランス語もその例に漏れず、テレビや雑誌などのメディアを通じて色々な言葉が広く知られるようになってきました…が、そのカタカナ言葉に若干問題があるのです。今日はそうした例をいくつかご紹介したいと思います。
 
①   ミルフィーユ?
最初はご存じミルフィーユ。ミルフィーユと言えば薄いパイ生地が何層にもなったサクサク触感のお菓子ですが、これは勿論フランス菓子なのでその名前もフランス語な訳です。ただ、ミルフィーユというカタカナ表記にはとんでもない間違いが!!
ミルフィーユは本来フランス語でmillefeuilleと表記されます。milleは数字の1000、feuilleは葉っぱの意味で、合わせて「千枚の葉っぱ」、即ち葉っぱを1000枚も重ねたような、薄いパイ生地の層のお菓子を表しているのです。
 
ところがこの発音は「ミルフィーユ」ではなく、できるだけ近い音をカタカナで表すと「ミルフゥイユ」と発音すべきなのです。なぜそんなに拘るかと言いますと、「ミルフィーユ」と発音するとフランス人にはmille fillesと聞こえますし、これだと「1000人の女の子」の意味になってしまうのです。「俺昨日ミルフィーユ食べたよ」なんて言うと「女の子1000人食べちゃった」と言っていることになるんですよ。流石にこれは相当顰蹙を買いますよ(笑)
 
②   バケット?
次はフランスパンの細長いパンですが、あれを「バケット」と表記したり発音したりしているテレビ番組の如何に多いことか!これも当然違いましてフランス語でbaguetteと表記しますので発音は当然「バゲット」が近似になります。「バケット」と言うと、これはフランス人にはbaquet(手桶、たらいの意味。「バケツ」の類語でしょうね)に聞こえるかもしれません。
 
因みにアメリカにアメリカンコーヒーという名称が存在しないように、フランスにフランスパンという名称は存在しません。食事の時に食べるパンは丸いパン「ブール」(boule、球の意)かバゲットのような細長いパンに大別されます。
嘗てパンは石窯で直火で焼かれていたので、その当時のパンは丸パンオンリーでしたが、これはかまどの中に無駄な空間が多く、一度に焼けるパンの数にも限界がありました。それが電気やガスのオーブンが出来て、一度の大量のパンを焼くことが出来るようになった時以来、かまどの中のデッドスペースを減らす細長い形状が考え出されたものと思われます。細長いパンは「バタール」(batard・棍棒の意),「フリュートゥ」(flûte・フルート(横笛)の意)、「フィセル」(ficelle・紐の意)など、全て細長い物の名前が付けられています。「バゲット」(baguette)は木の枝のことで、お箸のこともbaguettesと言います。但し箸は2本で1膳なので複数形になります。
 
最後に話を「ブール」に戻しますが、フランス語でパン職人のことをboulanger(ブランジェ)、パン屋のことをboulanngerie(ブランジュリ)と言うのは、bouleという言葉からから来ているのだと一目瞭然ですね。
 
③   シェフは料理人?
これも大変な誤解のある言葉で、シェフとは英語で言えば「チーフ」のことに過ぎません。従ってどんな職場にもシェフと呼ばれる人がいるので、料理人のことだけを指している訳ではないのです。建設現場や道路工事の現場においてのシェフは「現場監督」でしょうし、オーケストラにとってのシェフは指揮者(chef d’orchestre)になります。そもそも大きなレストランの厨房においてchefと呼ばれるのは料理長1人なのですから、料理人に対して片っ端から「シェフ」と呼びかけたら変な顔をされますよね。
因みにフランス語で料理人を表すのは男性ならcuisinier(キュイズィニエ)、女性ならcuisinière(キュイズィニエール)です。
 
④   「ブティック」は洋服屋さん?
料理と並んで、いつからかファッション関係の用語はフランス語が目立つようになり、今では当たり前のようにブティックという言葉も使われるようになりました。ただこれも一般的な理解だと、原宿や代官山にあるような小綺麗な洋服屋さんのことだと思い込んでおられる方が大半ではないでしょうか?
フランス語のboutiqueという単語は、単に店(英語ならshop)という意味であって、何を売る店かは何も示されていません。偶々自家製のブランドを持つ洋服の会社が、自社ブランドを売る店舗をboutiqueと呼んだことから、そういう意味だと固定的に捉えられるようになったので、実際は洋服屋さんに限って使われる単語ではありません。玩具のboutiqueだってあるんですよ。
 
⑤   「シャンソン」は音楽ジャンル?
音楽に目を移すと、これももう長いこと日本では「シャンソン歌手」という妙な言葉が横行しています。chansonとはフランス語で「歌」のことを表す語で、英語なら勿論songに相当します。「ジャズ歌手」とか「ロック歌手」というのは、音楽のジャンルを特定した歌手であると理解出来ますが、シャンソンというのは音楽ジャンルではありませんので、シャンソン歌手というのが如何に妙な表現かお解り頂けると思います。これはイタリア語の「カンツォーネ」に関しても同様だと思われます。
どうしてもフランス語の歌を専門に歌っていることを標榜したければchansonではなく、chanson française(シャンソン フランセーズ)と言うべきでしょうね。あるいは単に「歌手」だけで良いのではないでしょうか?
 
⑥   カフェ・オレ?カフェ・ラテ?
これもまた不思議な分類ですが、日本のコーヒー業界ではカフェ・オレを「ドリップコーヒーにミルクを入れたもの」、カフェ・ラテを「エスプレッソにミルクを入れたもの」という風に定義しています。しかしながら、フランスのカフェでコーヒーを注文すれば、自動的にエスプレッソが出てきますし、ドリップコーヒーを淹れているカフェにはお目にかかったことがありません。従ってパリのカフェでカフェ・オレを注文すれば、当然エスプレッソに泡立てたミルクを合わせたものが出てきます。フランスでは厳密にはこれをcafé crème(カフェクレーム)と呼んでおり、カフェ・オレという名称は現代ではそれほど用いられなくなってきました。
そもそもカフェ・オレとカフェ・ラテの違いとは、カフェ・オレがフランス語(café au lait)であり、カフェ・ラテがイタリア語(caffè latte)という言語の違いでしかありません。英語にすれは単にmilk coffeeということでしかありませんから。
イタリアでは更にミルクとコーヒーの割合や、ミルクの泡立て加減の違いなどから、カフェ・ラテの中に様々な名称が存在しています。マキアートやらコンパーナやら、スターバックスコーヒーのメニューにはそれが良く再現されていますので、御存知の方も多いでしょう。
 
以上カタカナフランス語がもたらした様々な誤用についてお話してきましたが、日本語にフランス語を多く取り入れた結果、日本でしか通用しない妙な表現や造語が増えてしまったことは確かなようです。但しこれはフランス語に限った話ではなく、英語でも、例えば野球用語など日本でしか通用しない和製英語が横行して、もはや改めることが出来ないものもありますよね。フランス語では和製フランス語のことをfranponais (français +japonais)と呼ぶようになりました。このような誤用された外国語を数多く生むのは、おそらく日本人の外国語に対する苦手意識や、何でも一旦日本化しないと我慢できず、かといって全部日本語にするのは憚られるという意識が生んだ産物のような気がしてなりません。語学教師としては、シジフォスの神話だと思いつつも、誤用に遭遇するたびに正しい形を説き続けるしかないと思っている次第です。
 

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