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036 薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」(1984年)

作詞:松本隆 作曲:南佳孝 編曲:大村雅朗

家にあった薬師丸さんのダブり盤をオクに出そうかなと思って久々に聴いてたんですが。

シングルの最初の4枚の中では、一般的には「Woman “Wの悲劇”より」(4th)が圧倒的に人気で、次が大瀧さんが書いた「探偵物語/すこしだけやさしく」(2nd)で、「セーラー服と機関銃」(1st)は”カ・イ・カ・ン”だったんでよう売れて、多分、「メイン・テーマ」(3rd)がいちばん存在感が薄い感じかな。実際、「メイン・テーマ」だけがオリコン2位で、あとはぜんぶ1位です。



そんなかわいそうな「メイン・テーマ」なんですが(つっても、大ヒット曲ですけどね)、久々に聴いたら松本隆さんの歌詞が凄まじいことに気づきまして。もうギミックと伏線と言葉の背景と、物語の展開と、言葉の数倍もの情報量が詰め込まれた、凄まじいテクニックと感性と営業力wを駆使した作品だったんです。しかも、意味や役割のない言葉が全くない。超濃厚です。その割には歌詞が話題になることがあまりないように思うので、ちょっと解説してみようかと。自分なりの解釈ですけどね。



まず、映画「メイン・テーマ」の主題歌なので、その世界観を踏襲している可能性がありますが(映画は、昔、テレビで放映された時に見てるはずだけど、内容もう忘れたので)、それはさておきます。



1コーラス目は感情を表に出さない男性の態度に、どうしていいかわからない様子が見て取れます。




“時は忍び足で 心を横切るの
  もう話す言葉も浮かばない”




“時は忍び足で心を横切る”という、歌い出しならではの印象に残る比喩的なフレーズ。車の中でお互いに何も言わず、気持ちの駆け引きをしてる様子が見て取れます。でも、”時は忍び足”なので、心はそこまでざわついているわけではないようです。




“あっけないKissのあと
  ヘッド・ライト点して
  蝶のように跳ねる波を見た”




夜、車で海に来ていることがわかります。ドラマっぽい風景描写ですね。“あっけないKiss”というところに、男性の態度に自分への愛情を読み取れずにいるのがわかります。”波が跳ねる”のが”蝶のように”なのは、これで終わりかもしれないという儚さと美しさを表しているようです。




“好きと言わない
  あなたのことを
  息を殺しながら考えてた”


“好きと言わない”のところで、2人はまだ恋人同士ではないことが読み取れます。”息を殺しながら考えてた”のは”あなたのこと”というよりも、自分がこのラヴ・アフェアに乗るべきか否かを考えている感じがします。あえて”殺す”という強いワード入れ込んだことで、サスペンス感を演出しています。テクニックですね。

“愛ってよくわからないけど
  傷つく感じが 素敵”

サビです。歌メロにあまり起伏がないので、“愛ってよくわからないけど”という、サビにしては深みのあるフレーズでもキャッチーに響きます。このフレーズをサビに持ってきたのはものすごいバランス感覚だと思います。そして、この女性がいままでそれほど深い恋愛をしてこなかったことが伺えます。”傷つく感じが素敵”なのは、多少の駆け引きや子供っぽい恋愛ではないことを示唆しています。ちょっと覚悟を求められていることを自覚しているわけです。

“笑っちゃう 涙の止め方も知らない
  20年も生きて来たのにね”

そんなわけで、一歩踏み込んで、早速泣かされてしまうわけです。ですが、何かされたというよりは、心理合戦というかその場のムードに翻弄されて泣いてしまったという感じに見えます。“あっけないKiss”も行動というより心理ですね。”20年も生きて来たのにね”は、年の割に深い恋愛をしてこなかった自分を振り返りつつ、何かけじめをつけようとする気持ちが読み取れます。さらに、映画の根幹に、主役の薬師丸ひろ子が20歳になる、その記念碑的な作品というテーマがありますから、そこにも引っ掛けています。一種の営業的なタイアップ・フレーズなのに、そこに深い意味を持たせてしまう。クライアントに有無を言わせないワンフレーズw 凄すぎます。

2コーラス目で、女性の気持ちが少し変わります。心を決めて、一歩前に踏み出したことがわかります。それどころか、男性に対して少し攻勢になっています。

“深入りするなよと
  ため息の壁なら
  思いきり両手で突き破る”

心を決めた瞬間ですね。危ない賭けに乗った感があります。"深入りするなよ"と自分の理性というか、臆病な"賢い私"がストップをかけようとします。"ため息の壁"=自分の殻を破るチャンスだから、乗らないと後悔するという感じと、乗って後悔してもいいという、ダブルミーニングになっている感じがします。"両手で突き破る"のは片手にそれぞれの意味を乗せているのかもしれません(これはちょっと僕のこじつけ)。

“煙草をつけようと
  マッチをするたびに
  意地悪して 炎吹き消すわ”

主導権を握りに出ます。この意地悪な行動自体もそうですが、”炎を吹き消す”というところに、男性側の自由にさせないという意思が見えるようです。このパートは南佳孝バージョンの伏線になっています。

“ドアを開いて
  独り 海へ
  あなた車で 背中を見ていて”

さらに行動に出ます。追ってこないと逃げるわよという意思表示と、自分の姿を見せる行為で相手を惹きつけようとします。”あなた車で 背中を見ていて”は、”車から出ないで”というところに自由を制限しないでという気持ちと、自分の優位性を示したい気持ちが見えます。”背中を見ていて”には、見た目だけじゃなくて本心を見抜いてほしいという気持ちが現れています。1つの行動で2つの心理をコントロールしようとするってどんだけですか。

“愛ってよくわからないけど
  深呼吸 不思議な気分”

2サビです。1コーラス目と同じ“愛ってよくわからないけど”が聴覚的にはキラー・フレーズなんですが、この曲でいちばんすごいフレーズは実は” 深呼吸 不思議な気分”の方です。”深呼吸”したのは、ひとつの達成感です。それは男性に対する駆け引きの結果であり、自分の殻を破ったこと、それをやり遂げた気持ちです。それを”深呼吸”のワンワードで表現してしまう凄さ。視覚的で映像的でありながら、この女性の心理を見事に表現しています。”不思議な気分”なのは、達成感を自信にまで深められていない、やってしまった感というか、それができた自分が”不思議”でもあるということでしょう。少女から大人に変わった瞬間です。実際に20歳になるわけですし。で、これは言い換えれば、「セーラー服と機関銃」における”カ・イ・カ・ン”とイコールであるわけです。どんだけ意味を重ねてるんでしょうか。

“わかってる 昨日の賢い私より
  少しだけ綺麗になったこと”

これもすごいです。”昨日の賢い私”は、慎重で踏み出せない=頭でいろいろ考えてしまう=”賢い”、という比喩ですね。だから、これが理屈じゃない行動だったことや、一歩踏み出すことのはこれまでの自分を捨てるくらいの大きな意味があったということがわかります。”少しだけ綺麗になったこと”は、恋する女性は美しいということよりも、”綺麗”は大人になったことであったり、自分自身を魅せる=自分を表現する術を身に付けたということでしょう。”賢い”と”綺麗”という比喩同士を対比させるという、これもまたテクニックですね。しかも、女性に”少しだけ綺麗になった”と自分で言わせるんですから、そういったことを全て自覚しているわけです。自分を分かってる女ほど手強いものはありません。


最後のリピート部分は省略。




というわけで、簡単に言えば、これは女性が小悪魔に目覚めた瞬間の歌ですw。それを男性である松本隆さんが書いてるわけですから、女性より女性の気持ちがわかってると言われるのも納得です。というか、男性だからこそ、女性の心理を外側から写し取ることができるんでしょう。

しかも、最初に書いた通り、ギミックと、伏線と、言葉の背景と、物語の展開と、というような要素を、視覚と心理を同時に、カメラのレンズを通して、さらに演出を加えたような表現で歌にしてしまう。もう短いドラマですよ、これは。

あと、詳しくは書きませんが、大村雅朗さんのアレンジが凄まじいです。無駄な音が1つもないのはいつものことですが、ここではお得意のリフもなく、フックになるフレーズもなく、リズムまで削ぎ落とし、それでいて楽曲の世界を見事に際立たせているんだから、これはお化けアレンジですね(いちおう、ゆらゆらするような音像という意味とのダブルミーニングのつもりw)。これ、4つ打ちのベードラがなかったら歌えないですよ。




で、ご存知の通り、作曲した南佳孝さんは「スタンダード・ナンバー」というタイトルで薬師丸盤より1ヶ月くらい先にリリースしてるのですが、こちらは松本さんが男性目線で歌詞を一部変えてます(薬師丸盤とどっちを先に書いたのかは知りませんが)。



薬師丸盤を基準に見た時、単純に女性的な言い回しを男性的に変えた部分と、女性の振る舞いを見ている男性の気持ちみたなものが混ざってて、作り方が定まってないな、なんか適当に直しただけなんじゃないの?って最初は思ったんですが。

実は1コーラス目では相手の女性と同じく困惑していて、2コーラス目では女性側の気持ちの変化で自分の気持ちにハッキリ気づくという変節が記録されているわけです。つまり、ちゃんと薬師丸盤と対になっている。

“煙草がけむいわと
  細めに開けた窓”

ってフレーズのところは、薬師丸盤のタバコのくだりの答えになっていて、さらにこの後の



“ドアを開いて
  独り 海へ”

の伏線になっているわけですね。この行動に対して、男性と女性で意味の捉え方が違うわけです。これもある意味ダブル・ミーニング。



そうやって考えると、実は、薬師丸盤の女性が相手の男性に感じていたほどにはこの男性は強くなくて、実は繊細な人物だったということになる。この女性が知らなかったのは"涙の止め方"だけじゃなかったということになります。まぁ、ちゃんと男性の気持ちを惹きつけることに成功しているわけですけどw
。

結局、同じシチェーションの中でも、男と女の気持ちは違うってことですね。分かり合えるけど分からないのが男と女。ドラマですな。あ、映画かw

。

薬師丸盤と半分は同じ言葉を使ってるのに、ここまで見事に逆の立場を表現するとは。松本隆、恐るべしです。





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