見出し画像

御の字

 ……ここに来たのは、本当に偶然だったんだ。
 目測を誤って、事故を起こして。

 ―――うわっ?!な、なんだこれ……UFO?!ちっさ!!!

 思いがけず動けなくなって、……さらわれて。

 ―――へ、へえ、宇宙人?じゃあ、俺が養ってやるよ!!
 ―――非力だなあ、そんなんで地球で暮らしていけんの?

 人間というものを、間近で観察させてもらって。

 ―――こんな事もわかんねーのかよ、ガキ以下だなあおい!!
 ―――情報料!!地球人だったらみんな払って当たり前の、対価が必要なの!!
 ―――予言とかできねえの?使えねーなあ!!

 人間というものの、理解が進んで。

 ―――こういうさあ、金色のやつが欲しいんだよ!出せるんだろ!出せよ!!
 ―――いいからやれよ!!俺に逆らったら踏んで潰して捨てるぞ!!
 ―――パワーが欲しいんだよ、マッチョになりたいからさあ、何とかしてくんない?
 ―――いちいちめんどくせえなあ、もうさ、お前俺と一体化しろよ!

 人間というものが、個性を持つ生き物だと学んで。

 ―――ひょー!!空飛んでるじゃん、俺っ!!!
 ―――お前のパワーを、俺が使ってやってんの、解る?!
 ―――けっ!!地球人の常識も知らねえくせに!!
 ―――あったまわりぃな!!世界を手に入れられるってのにさあ!!
 ―――逆らうやつは全部消滅でいいんだよ!!

 人間というものに、どんどんのめりこんで。

 ―――あーあー!!オメーのせいで地球が滅んじまうじゃねえか!!
 ―――責任取れよ!!俺しらね!!

 ―――ふーん、時間巻き戻し?いいんじゃね!
 ―――次はさあ、もっとうまくやろうぜ!相棒!!!

 ―――ぐ、ぐわぁあああ!!

 ―――ぶく、ぶくぶく……
 ―――みちゅ、みちゅ……

 ―――……ぷちゅ、ぷちゅ
 ―――ぴちゅ、ぴちゅ……

 ―――ぶーん、ぷぅーん

 ……人間というものは、儚いものだと、知って。

 ちょっと使い慣れない力を得ただけで、自我が暴走するんだもんなあ。
 ちょっと電子軌道の対称性をいじっただけで、形が崩れてしまうんだもんなあ。
 ちょっと時間さかのぼっただけで、全てが破壊されてしまうんだもんなあ。

 あっという間に破壊者側から、捕食される方に変容するんだもんなあ。

 ……せっかくの生命体だったのに、もったいないことをしてしまった。

 あと20年ほどは自由に動き回れるはずだったのに、軽はずみな行動で全部パアになってしまった。

 ただの肉片になってしまったから動かせなくなっちゃって……、参ってるんだよ。

 まさかこの程度の衝撃で命が無くなるなんて……、思ってもみなかった。

 不測の事態に陥ってしまい、システム解除ができなくなってしまった。
 分子結合の間に潜り込ませたデータも、たんぱくの変質で動かせない。

 こんな事なら、安易に融合なんかするんじゃなかった。

 僕は身動き一つとれない状態で深く反省をし……、学んだんだ。

 人間とは、距離を置いて観察しなければならないってね。
 人間の体を共有するのは無謀だとね。
 人間の皮をかぶってコミュニケーションするのが一番無難なんだとね。

 今回の失態は、完全に僕の認識の甘さが招いた結果だ。

 今後はこの学びを踏まえたうえで、実りの多い研究になるよう勤しまねばなるまい。

 …そのためにも、一刻も早く今の状況から抜け出さねばならないと言うのに。

 SOSを出し続けて、今日でもう……何日だろう。
 そろそろ助けが来るはずなんだけど、全然来てくれなくてさ。
 仕方がないから、動けない状態で観察だけ続けること…およそ一か月。

 やばいなあ、早くしないと……。


 ……ひんよよひんよよふしゅー!!!


「お待たせお待たせ・・・って!!ちょ、腐ってんじゃん!!つか、ただの肉じゃん!!てか、もはや毒になってんじゃん!!何やったんだよ!!」

 ようやく待ちかねた知人がやってきた。

 久しぶりに対面するけど、ずいぶんこなれた会話をするようになったなあ。この前直接あった時は、拙者せっしゃだの某それがしだのござるだの言っていたというのに。
 ……時代に合わせて言語を調整するとか、わりとミーハーなんだね。

「時間越えたら肉体の分子の結合がほどけちゃってさ、全部が中途半端に混ざってこんな事になっちゃったんだ。遅いよ・・・この体は廃棄するしかなくなっちゃったじゃないか、あと三日早ければ再生できたのに」
「んなこと言ったって一週間は誤差の範囲内じゃん!!どこぞの日本人じゃあるまいし、コンマ一日で到着とかどだい無理なんだって!!お前宇宙の広さなめんなよ?!」

 最新の人肉スーツに身を包んだ知人は…文句を言いつつも、無意味な肉片を丁寧に除去してくれている。さすがMUt型だ、ガサツな物言いと几帳面な行動…頼りになる。

「あと半日遅かったら、溶けた汁が一階に染みて大変な事になるところだったよ・・・。まあ、大騒ぎにならなかっただけ御の字だけど。……新しいの、もってきてくれた?」
「おう、昨日仕入れたばかりのおばさん持ってきたよ。今回は人肉スーツ無しでいいって言ってたからさ、地味に在庫なくって大変だったんだぞ!!ありがたく受け取るように!!」

 無駄に絡ませてしまった結合因子がほどかれて、ようやく元の大きさになることができた。

 地味に腐敗してゆくときの記憶がこびりついていて気分が悪いが。

 ……やはりどう考えても人体の中に融合するのはナシだな。問題が起きた時に動けなくなるのは危険すぎるし、せっかくの時間拘束を無駄遣いするのもばかげている。老いて行く過程をすっ飛ばすなんて言語道断だ。命というものを、細胞の一粒一粒を…蔑ろにしかしない。

 今回無駄になった細胞がどれほど宇宙連合で欲せられているものかと考えると…実に頭がいたい。ヤバイな、もしかしたら厳重注意とか、来るかも……。

「おばさん?ちょっと…そんな使い辛いの持って来て大丈夫?家族設定とか」
「急ぎ仕事になっちゃったけどちゃんと偽装工作済みだよ、この前みたいに7歳の子の養子に49歳とかの派手なミスはしてないから!!まー、ちょっとごり押し気味だけどさ、この腐ったやつが実は女だったってことにすれば何とか!!あとで設定いじっとくよ!!」

 新しい人肉に…セット完了。
 ……よし、回路がつながった。

 動作確認をしておかないとな。初めてのときみたいに、動く加減がわからなくて壁にぶつかって…早々に人肉をおじゃんにした苦い経験がふわりと思い出される。

 ぐーぱー、ぐーぱー。
 ジャンプ、足踏み…。

 微妙に動かしにくいが、老体にセットしたときほどはきつくない、か。

 ―――ど、ドンっ!!!

 定着したばかりの皮の足の裏に伝わる、波動。
 …しまった、これは……住人からの、天井ドンか。

 分子の隙間から、一階の男性が忌々しげにこちらを睨み付けているのが見える。…おばさんの目を通してみると、ただのしみの残ったフローリングしか見えないけれども。つくづく…、人肉というものに与えられた枷の多い構築に感動する。

 今回のボディはずいぶん重量があるみたいだ。移動の際に気を使う必要があるということだな。慎重に一歩一歩踏みしめながら、知人の浮かんでいるベッド付近に移動する…。

 そっとベッドに腰を降ろして、大きく口を開け、息を吸い込み。

「♪~はら、はらら~♪」

 よし、発声も上出来だ。

 ここ数日の動けない生活でテレビを見まくった結果記憶してしまった歌を、最大出力で叫び…。

 ―――コツ、コツ…コツコツ!!

 …しまった、ボリュームが大きすぎたようだ。
 後ろの壁から、申し訳なさそうに壁をたたく音が。

 分子の隙間から、右隣の男性が憎憎しげにこちらを睨み付けて文句を言っているのが聞こえる。…おばさんの耳を通して聞くと、ただのぼそぼそ音にしか聞こえないけれども。

 この、余計な雑音をあらかじめ取り込まないようにする、絶妙なシステムに惚れ惚れする。
 なるほど、ふくよかな体というのは、こうも大きな声を出すことができるのか。これはイイことを知った、今後に役立てねばなるまい。

「なんかさあ、ここやけに反応のいいやついるなア!!ちょっと捕獲してったらまずいかな?俺さあ、今月ミスっちゃっててさ、二体ほど廃棄してんだよね!!!」
「コピー程度ならいけると思う。捕獲はおススメしないかな、今期の文明はわりと保護派が多いからね…」

 一昔前の乱獲が問題になって…暴動が起きたときを思い出す。あの時は人間ブームが起きて、宇宙のあちらこちらで擬似アース現象が起きて、あっという間に飽きられて、気がついたら本家の地球の文明が滅んでいたんだよね。あのときの宇宙連合の代表者の冷たい目は…それこそ銀河がひとつの星になる前の静けさを思わせる恐ろしさがあった。

「コピーだと生の人間の感情がついてこないから、感動が薄いって評判悪いんだよ!!一応さ、捕獲許可も二体分もらってるんだ!!せっかくここまで来たんだ、ついでにって思ったんだけどさ!!」
「うーん、だとしても、もうちょっと若い方が良いよ。ここらへんのはみんな動きも悪いし、ちょっと無理すると体内のシステムが破壊して動けなくなるのばかりだ。命が消えた瞬間に結合解除ができなくなるとやっかいだよ、すぐに虫が征服してくるし」

 せっかくなら、思考の柔軟な…友好的で平和主義者のほうがいい。人の上に立ちたいタイプではなくて、排他的なくせに事なかれ主義で…まあ、捕獲しても諦めてくれるような、豪快な人間。宇宙を理解する頭脳は持っていないけれど、それを理解しようと耳を傾けることができるような穏やかな人、もしくは若くてまだ地球の常識が染み付いていない個体とか。

 このアパートにいる人間は、他人とは関わりたくない傾向の自分の感情を投げつけるだけの…つまらないものばかりだ。

「じゃあさ、そのおばさんの慣らしついでに、ちょっと捕獲探索に付き合ってよ!!最近あんまりこっちに来てなくてさ、リアルな人間に飢えてるんだ!!いっつも動画でしか見れなくってさ、作られたうそ臭い人間像にすっかり染まっちゃって!!」
「ああ…このところ宇宙人に都合のいい人間像動画が流行っているからね。改造を受け入れてくれて、長くこっちの要求に応えてくれるような便利な個体なんて・・・あんなにぞろぞろいるわけないのに。そんなのいたら、僕が確保してるよ…」

 気軽に話せてこちらを怖がらない、人間の常識を押し付けずに笑って状況を楽しめるような個体の観察動画がバズっているんだ。このところ人気をさらっていて、専門家達は過去の文明崩壊を懸念して、やいのやいのとうるさいことを言っているんだよね。

 心配しすぎだとは思うけど、もしかしたら捕獲禁止令が出てしまうかもしれない。そうなる前に、捕獲許可が出ている分を消化しておきたいところだ。

「ま、見つけられたら御の字ってことで!!じゃ、行こうぜ!!俺さあ、食べ歩きってのもやってみたいんだよね♡あとできたらこっちのしょぼい動画も作りたい♡でもって肉じゃない皮?面白い繊維もいっぱい集めたいと思ってるんだよね!!」
「チョッと待って、今は頭にはちょんまげはあんまり乗せる人いないんだ、それをまず取ってから行こう。それからしっぽと触覚と手の目玉は取っちゃったほうが良いよ、それと足首と首の装着も必要だね、体の細さはまあ…ここの住人の服を重ねて着ればいけるかな?」

 お出かけには、準備が必要だからさ。

 僕と知人は、ああでもない、こうでもないと偽装工作を重ね。

 賑わう人ごみを目指して、シミの残る部屋をあとにしたのだった。

この記事が参加している募集

#宇宙SF

6,030件

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/