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タマゴガワレテイル

……どいつもこいつも腹立たしい。

クソ暑い世の中も、冷たい目を向ける人も。

こんなクソみてえな世の中、誰が作ったんだ。

いつだって俺は悪い方へ悪い方へと進む。
いつだって俺は悪いもん悪いもんをつかまされる。
いつだって俺だけがひどい目に合う。
いつだって俺だけが報われない。
いつだって俺だけが不幸せだ。

こんな世の中、早くなくなっちまえばいいんだよ。

働いても働いても金がねえ。
働いても働いても贅沢できねえ。
働いても働いても文句ばかり言われる。

クソみてえなやつしかいない会社しか…俺を雇ってくれねえ。
クソみてえなやつしかいない会社に…媚び諂う。

黙って働いてりゃいい気になりやがって。
黙って働いてりゃ図に乗りやがって。

黙って働いてりゃ何も考えてねえとでも思ったか?

……金が入ったらすべておさらばしてやる。

クソみてえな貧乏暮らしなんざもう飽きてんだよ。
クソみてえな人間関係なんざもう飽きてんだよ。

今度こそ当たるはず。
今度こそ当たるはずなんだ。

こんなに不幸続きの俺は、幸運をがっつり溜め込んでいるに違いないんだ。

毎週買っている数字選択式のくじ。
買い続けてはや20年、毎週木曜、必ず買い続けて…ずっと外れ続けている。
俺の生年月日の数字を、20年間買い続けている。
20年当たらなかった数字は、間もなく当たるはずなんだ。

毎週2000円の出費…。
年間104000円の出費…。
20年で2080000円の出費…。

間もなく当たるはずなんだ。

今さらこの番号を買うのをやめたら負けなんだ。

金がない。

毎日買うたばこ代が高くなったせいだ。

金がない。

毎日買う酒代が高くなったせいだ。

金がない。

毎日買う弁当代が高くなったせいだ。

貯金できないまま気が付いたら定年だった。

貯金が無いから働くしかない。

クソド底辺の量販店で、品出しのアルバイトをするしかない。

雀の涙の給料を手に入れながら、今日も俺はクソみてえなスーパーで買い物をする。


卵一パック、納豆、安い発泡酒、つまみ用の缶詰と半額の弁当。賞味期限切れ間近のスナック菓子。

レジの女が不愛想にあいさつしやがる。

にっこり笑ってお世辞の1つでも言ったらどうなんだ。

かごの中のビールをほじくり出していやがる。
缶をふると泡が立つだろうが!!気が利かねえな!!
弁当の持ち方が悪いな、そんな持ち方したらふたがゆがむだろうが!!!

「お箸は何膳お付けしますか。」
「ふたつ。」

納豆用の箸もつけるだろ、普通。馬鹿じゃねえの。
頭の悪い女を睨み付ける。
手際がわり―な、卵のパックを片手で持ち上げるな!

ぐしゃっ!!

「あっ…すみません。」
「はあ?!なんだその言い方は!ふざけんな!!人が買ったもんの扱い方を知らんのか!!!」

このクソアマ…!!!俺の卵を落としやがった!!!

卵パックを確認すると…ひびが入ってるじゃねえか!!

「おい!!割れてるじゃねえか!!替えろ!!」
「は、はい、すみません少々お待ちください…。」

こいつ!!
自分のミスで俺に叱られてるのになんでこんなに被害者面してんだよ!!!

お客様に不愉快な思いをさせるとんでもねえクソ店だ!!

『生鮮担当の方、白たまごひとつ二番レジまで「おい!!どうなってんだこの店!!クソみてえな接客しやがって!」』

今店にいる何も知らないかわいそうなやつらに、この店のクソ加減を知らしめてやんねえとな!!使命感に燃えた俺はクソ女のマイクをひったくってぶちまけてやった。

「お客様、どうされましたか。不手際があったのでしたらお詫び…。」
「ありましたら?!あったんだよ!!すぐに謝罪しろ!!どいつもこいつも…足りねえ奴だな!!」

不手際があったから俺が腹立ててんだろうが!そんなこともわかんねえとか、とんでもねえバカだなこいつは。店長ってこんな頭悪くてもなれるのか、けっ!どうせコネ入社のボンボンだろ、笑わせんな!!!

「お客様大変申し訳ございません、こちら交換用の新しい卵でございます。」
「袋に入れて渡せ。こいつに卵触らせると割れるからな!!」

こんなガサツな女に繊細な卵触らせたくねえからな。レジ教育がなってねえんだよ!

「おい、お前こいつのレジうちを監視しろ!!こんな使えねえ奴を客の前に出すな!!!」

ちんたらちんたらレジ通しやがって…!!俺は忙しいんだ、時間とらせんなよ!!

「申し訳ございませんでした、お会計2108円です。」

俺はポケットから千円札を二枚取り出しクソ女に投げつけ、小銭入れの中の小銭をぶちまけた。

「小銭細かいのから108円拾って。」

一円がいっぱいあるからな、一円と十円で払えるな。百円玉使いやがったらぶちのめしてやる。…よし、ちゃんと一円玉18枚と五円玉6枚、十円玉6枚使ったな。

「ありがとうございました。」
「申し訳ございませんでした。」

ホントめんどくせえ会計だったよ!!次もこうだったら承知しねえぞ!!クッソ腹立つな!!

がしゃ!!ぐしゃっ!!!

かごを持って買ったもんを入れる台に行こうとすると、いきなり俺の前にクソ親父が現れた。ふざけんなよ!!いきなり何ぶつかって来てんだよ!!あぶねえな!!かごとクソ親父に挟まれた卵の入った袋が派手な音をたてやがったぞ…おい!!割れてんじゃねえか!!!

「おい!!何でこんなところに突っ立ってんだよ!!卵が割れたじゃねえか!!!弁償しろ、謝罪しろ!!」
「ああ?買い物を普通につめてただけなんだが?」

お前がぼさっとしてるから卵が割れたんだろうが!!!すぐ自分に都合のいいことばかり言いやがって!クソ見てえなバカは本当にしょうがねえな!!今すぐ死ねよ!!慰謝料払えよ!!

「卵は交換しますので。こちらでお待ち下さい。」
「こいつに弁償させたらいいんだ!!」

「私が弁償する?なぜ?一方的にぶつかってきて、おかしくはないか。」
「突っ立ってた方が悪いんだ!!不愉快だ!!謝罪しろ!!!」

「…そりゃあすみませんでしたね。」

「お客様!!こちらお持ち下さい。」

やっと俺のもとにちゃんとした卵が来たか。
じゃあ、このきたねえ卵はいらねえな。

「ふん!!地獄に落ちろ!!」

割れた卵なんざ商品価値なんてねえからな。せいぜい叩きつけられて俺のストレス解消に役立ってくれよってな。…叩きつけたところで全く気分は良くねえけどな!!!

俺はかごを持ったまま駐輪場に行き、自転車の前かごに買ったものを入れた。入りきらない分は卵の袋に入れて、空いたかごは隣の自転車の上に置いて自宅へと向かった。


その晩、発泡酒を飲みながら半額の弁当をつまんでいると、玄関でノックする音が聞こえた。

…こんな時間に誰だ?

俺は貧乏だが、借金はしないタイプでね、そういう類のやつは来ねえ筈なんだ。…新聞の勧誘か?タオルや洗剤をがめるだけがめて断ってやるか。

「はい?」
「やあやあ、どうも、こんばんは、ええと、貴方ずいぶんいいものをお持ちと伺いましてね、はい。」

やけに人懐っこいおっさんがいる。…めんどくせえな。

「何言ってんだかわかんねえな。」

ドアを荒く閉める。ああいう奴は優しい顔を見せたらダメなんだ。

「まあまあ、そうおっしゃらず、いいお話ですよ、ええ。」

閉めたドアをすり抜けて…さっきのおっさんが目の前に!!!

「ひゃ、ひゃあああああああ!!!お、おばけっ!!!」
「いえいえ違います、ほら私靴はいてるでしょ?まあお話聞いてくださいよ、ね?」

さ、酒飲んでてふらついてるから腰、腰が抜けっ!!抜けてっ!!!

「あなたがずいぶんいい感情をお持ちという事をこちらの方から伺いましてね、少し分けて頂けないかと思いましてね、ええ。」
「なんでこやつはこれほどに…慌てておるのか。」

おっさんの横には鬼!!でっかい牙が!!!それで俺を食おうというのかっ!!!

「なに、ちゃんとお礼は致しますよ、どうです、私にあなたのどす黒い感情をいただけませんかね?」
「ぜ、全部やる!!やるから命だけはっ!!!」

鬼が俺の横に来る!!ああ…もう俺は食われて死ぬ…。

「なんじゃい、このへっぴり腰は…。威勢よくわしにぶつかってきたとは思えんのぅ……。」
「では、遠慮なくいただいていきますね、はい。」

おっさんが俺の体に手を差し込んで…ああ、今俺、魂ぬかれてる?ああ、ホントクソみてえな人生だった、天国では幸せに暮らしたいもんだ…。ドンドン体から、何かが抜けていく。

「この人…悪意でがっちり魂をガードしてるんですね、なるほど…。」

おっさんが何か言っている…気が遠くなってきた…。

「悪意を取ったら…ずいぶん気弱な人が出てきてしまいました。」
「こんな貧弱ではつぶれてしまうではないか…。」

俺はもう、つぶれてしまうのか。

「この人が今いる会社、すごいですよ、悪意の塊みたいな人ばかりだ…うわぁ、すごいな。」
「ではそちらも根こそぎ行くのだな?つぶれてしまうのでは?」

ああ、会社もつぶれてしまうのか。仕事が無くなったら、俺はどう生きていったらいいんだろう。ようやく見つけた、バイト先……。

「悪意のない人もいますから、何とかなるんじゃないですか?つぶれたら私の狩り場が無くなっちゃいますからね、それは困っちゃうんです。」

とりあえずは生きていけそうだ…。良かった。

「こいつは貧弱な卵を…床に叩きつけて息の根を止めたのだが、生かしておくべきと思うか?」

「一生悔やみ続ける出来事として、魂に刻んでおきますか。…後悔は大変美味でしてね、ええ。」

俺が叩きつけた卵は。

店員が不注意でひびを入れ、男性とぶつかって中身をこぼし、俺が床に叩きつけて…ぐしゃりとつぶれて、しまった。

「あなた、気軽に卵を潰しましたね。あなたはね、いわば、ひびの入った卵なんですよね。これから、ひびの入った卵らしくですね、地味に生きていったらいいと思いますよ、ええ。」

ひびの入った卵なんか、だれも見向きもしないだろう…。

「卵は衝撃でひびが入り、割れて、中身が飛び出し…いずれ食することができなくなる。お前も同じ。魂にひびが入り、割れて、中身が飛び出し…。」

あの、俺が叩きつけた卵は、どうなったんだろう。…ごみ箱行きだよな、多分。誰にも食べられず、ただ捨てられるだけの運命。その運命を与えたのは…この俺。そして俺は…卵と同じ運命になるのか。

「大丈夫ですよお!!私飛び出した魂はきちんといただきますから!!ははは、安心して割れちゃってくださいね、ええ!!」

ひびが入った俺は、これからそのひびが広がらないよう生きていかなければいけない。

「…お前の生きざまを見て笑ってやろうと思うておったというのに…これでは全く食指が動かぬわ。つまらん。」

誰とも衝突しないよう、誰とも対立しないよう、おとなしく、生きていかなければいけない。

「私はとーっても今後の行方が楽しみですけどね!!いやあ、いい物件をご紹介いただきましてありがとうございました!」
「むう、そういうつもりではなかったのだが、致し方あるまい。」


俺には、卵を割ることが…できなかった。

俺は、卵を割ることが…できなくなったのだ。


卵は割られることなく、冷蔵庫の中にずっと、ずっと…入っている。


あれからずいぶん時間がたった今も、卵が十個、冷蔵庫の中に並んで、いる。


俺は、あの時から変わらない、ひびひとつ入っていない卵に手を伸ばして…触るのをやめた。

あれから何度も、この卵を処分しようと試みたが…どうしても、触ることができなかったのだ。


…最近手が震えるようになってきた。ずいぶん俺は年老いてしまった。


いっそ、この卵の事を思い出せないくらい、耄碌できたらよかったというのに。

記憶は頑固に俺の中に残り、頭の中も冴え渡っているのだ。


今日も卵を処分できなかった、そう思いつつ、冷蔵庫のドアを閉める。


震える手がふいにぶつかり……卵を落とした。


これが割れてしまったら。

これが割れてしまったら俺は。


ゆっくりと…スローモーションのように…卵が落ちていく。


こんっ…くしゃっ…


卵は床に落ちると、音をたてて跳ね上がり…再び床に落ちてひびが入って、中身が飛び出した。


卵は、みずみずしさを一切持ち合わせていなかった。

中身が乾燥して…どす黒い塊が飛び出したのだ。


割れることなく何年も冷蔵庫に留まっていた卵は、ひびひとつ入らず、食されることなく…いつの間にか卵であることをやめていた。


俺が守ってきた卵は、いつ卵であることをやめたのだろう。


俺は、冷蔵庫をいつになく荒々しく開けると、ひびひとつない卵を次々に床に投げつけた。


割れて、飛び散るのは、卵の殻。


みずみずしい卵など、どこにも、どこにも存在していない。

ここにあるのは、卵ですらない、ただの、ただのなれの果て。


…ふいに、力が抜けた俺は、卵の殻だらけの床に腰を下ろし…そのまま横たわった。ずいぶん、酷いにおいがする。腐敗臭の欠片のようなものだろうか。


ぼんやり霞む目の前に…靴が見えた。…誰だ?


「やあやあ、こんにちは。ずいぶんぶりですね、ええ、いただきにまいりましたよ、約束通り。」

約束など、したか…?


「纏うことのできなくなったあなたの闇が、ずいぶん魂に凝縮されていますね。」

俺の、闇…?


「闇を纏って守っていた脆弱な魂が、こんなにも濃い闇に変わるとは。」

魂…?


「こんな美味そうな魂になるとはね…正直予想外でしたよ、ええ。」

美味そう…?


「では、いただきます。」

俺は……



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たかさば
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