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くそみそ


※お読みになる前に重大なお知らせ※


くそ(物体)がたくさん出てくるのでホントに注意してください。
いろいろ連想できてしまうのでホントに注意してください。



「では、始めます。」
「はい。」

俺は、とある研究施設に来ている。
参加報酬二万円+αで、俺は今から臨床研究?治験?モニター?そういったものをやるのだ。

「これは、何でしょうか?」

目の前に、二つの物質が置かれている。

どちらも茶色い、粘土を少しやわらかくしたような形状のものである。
物質は透明アクリルケースの中に置かれており、触ることはおろか臭いをかぐこともできない。

「ちょっと……見ただけでは分かりかねます。」
「なんだと、思います?」

見た目は、みそか、くそかといったところだが……こんな場所でくそを出すとは考えにくい、気がしないでもない。

「みそ、でしょうか。」
「みそ、ですか。」

もしかしたら、みそを二つ並べているふりをして、くそなのかもしれないぞ……。

「くそ、でしょうか。」
「くそ、ですか。」

見た感じ、みそかくそか、微妙な所だ。
どちらも茶色いが、微妙に色合いが違う。

「あなたには、この二つの物体が、……みそかくそかを判別してもらいます。どちらかはみそです。どちらかはくそです。」
「見ただけでは判別できないと思いますが、適当な診断?でもいいですか。」

当てずっぽうの、適当な判別でよければ、一瞬で終わりそうだが……。

「いえ、きっちりと判別していただきます。アクリル板を取り外すことはできませんが、ここの……横の窓から触ることはできます。塊全てを取り出すことはできませんが、指先に付着させて微量でしたら取り出すことが可能です。においを確かめることも、味を確かめることも可能です。この物質にはおよそ健康状態を損ねるような物質は含まれておりませんのでご安心ください。判別して頂いて、正解だった場合には追加報酬を支払わせていただきます。」

出来れば、くそは触りたくない。
だが、触らなければ、判断する事は難しそうだ。

「追加報酬はおいくらいただけるんですか。」
「おいくらでも。上限はございません。ただし、間違っていた場合はお支払いいたしません。」

上限がない?

「もしかしたら、くそを触ってしまう可能性も含めてのお値段を提示してもいいんでしょうか。」
「ええ、遠慮なくお申し出ください。ただし、先に金額をお知らせ願います。……つり上げ行為は、遠慮していただきたいので。」

つり上げをするような場面が出てくるという事か……?
だとしたら、正解へのハードルはかなり高くなるのではないか?
思い切って、大台を超えて掲示してみよう。

「じゃあ、成功報酬、百万円で。」
「了解いたしました。」

実にあっさりと返事をした研究者は、ポンと札束をテーブルの上にのせた。

「こちらは、正解した際に後程お渡しします。時間制限はございません、ゆっくり吟味して、答を出してください。私が最終確認しますので、答を出した後考えを改めるようでしたらその旨お申し出ください。何度迷われても構いません。よろしくお願いいたします。」

くそかみそか、当てるだけで、あの百万円が、自分のものになる。
思わず顔が緩む。

研究者にとっては、はした金なのだろうか。
思い切りが些か良すぎるような気がしないでもない。

「では、心の準備が整いましたら、手触り確認、その他スタートしてください。」

透明アクリルケースの上から、じっくりと物体を見比べてみる。

どちらも似たような、やわらかそうな茶色い物体だ。
みそもくそも、じっくりと観察をした試しがないので見分けはつきそうにない。

……これは、指先で物体に触れる必要があるな。

二分の一の確率で、くそを触ってしまう事になるが……百万が手に入ると思えば、乗り越えられる関門だ。
ただ、出来る事なら、くそではなくみその方を触りたい。

……どっちだ、どっちがみそだ。

合わせみそのインスタント味噌汁の小袋の中身を思い出す。
あれは薄茶色で、細かい粒のようなものが混じっていた気がする。

……どっちだ、どっちがくそだ。

出したもんなんざ毎日見てないからな。
そもそも自分の出したもんじゃないんだから、自分の知り得ない形状をしているわけで。

……覚悟を、決めるしか、ない。

みそを触れば、運が良かった。
くそを触れば、運が悪かった。

ええい、ままよ!!!

右の物体の窓を開け、右手の中指の先で、茶色い物体を触った。

少しひんやりとした、やや粘液っぽい表面。
指先に、うっすらと茶色い色がついた。

……鬼が出るか蛇が出るか。

意を決して、指先を、自分の鼻元に、運ぶ。

……。

少し酸味のあるにおいがする。
どことなく、接着剤のようなにおいがするような気がしないでもない。

子供の頃犬の糞を踏んだ時、恐ろしく激しい悪臭が漂ったことを思うと、これはみそである可能性が高い。

「右がみそで、左がくそです。」

研究者に、答を告げ、手元にあるおしぼりで、指先を拭いた。
真っ白なおしぼりに、うっすらと伸びる、茶色い……あと。

「……果たして、本当にそうなのでしょうか?」
「どういう、事です?」

これは、最終確認、なのか……?

「みそに香りを添加、或いは脱臭してある場合があります。くそに香りを添加、或いは脱臭してある場合があります。……味見をしなくて、決定してもよろしいのでしょうか?」

あの匂いは、どう考えても、みそであったように思う。
だが、わざわざこのような進言をするという事は、もしかしたら。

……右が、みそだと思った。
……くそでありえない、においの薄さ。
……右を舐めて、みそだと確認すれば、すむ話だ。

窓から手を入れて、右の物体を指先に少し取り、鼻先で臭いを確かめる。

……酸味のある、どことなくアルコール臭に近い香りがうっすらと漂う。

……これはくそではない。

やや躊躇いながらも、口に入れた。

……みそは、こんな味だっただろうか。
……そもそも、みそそのものを舐めた経験が、ない。

……少し、苦い気がする。
……みそ汁や、みそ田楽で食べた時とは、違うイメージだ。

……あまり、しょっぱい感じでは、ない。

……。

「右がみそで、左がくそです。」

研究者に、答を告げ、手元にあるおしぼりで、指先を拭いた。
真っ白なおしぼりには、汚れはつかなかった。

「……果たして、本当にそうなのでしょうか?」
「どういう、事です?」

これは、最終確認、なのか……?

「みそに味が添加してある場合があります。くそに味が添加してある場合があります。……両方確認をしなくて、決定してもよろしいのでしょうか?」

あの味は、おそらく、みそであったように思う。

だが、わざわざこのような進言をするという事は、もしかしたら。

……右が、みそだと思った。
……くそに味を添加したところで、あんなにも落ち着いた風味になれるとは思えない。

……左を触って、くそだと確認すれば、すむ話だ。
……覚悟を、決めるしか、ない。

くそだと確認できれば、百万が手に入るのだ。

ええい、ままよ!!!

左の物体の窓を開け、左手の中指の先で、茶色い物体を触った。

少しひんやりとした、やや粘液っぽい表面。
指先に、うっすらと茶色い色がついた。

……おそらく、これは、くそ。

意を決して、指先を、自分の鼻元に、運ぶ。

……。

少し酸味のあるにおいがする。

どことなく、接着剤のようなにおいがするような気がしないでもない。

子供の頃犬の糞を踏んだ時、恐ろしく激しい悪臭が漂ったことを思うと、これはみそである可能性が高い。

……。

ちょっと、まて。

「あの、これはどちらかがくそで、どちらかがみそなんですよね?」
「……ええ。」

俺は、みそそのものの味を、知らない。
俺は、くそそのものの味を、知らない。

研究者は、みそに香りや味を添加した可能性を口にした。
研究者は、くそに香りや味を添加した可能性を口にした。

俺は、右の物体を、みそだと判断し、口に、入れた。

「右がみそで、左がくそです。」
「それが、最終的な答えで、よろしいですか?」

俺は、みそを口に入れたと思いたいから、この答しか出せない。

……出したく、ないんだよ!!!

「はい。」

研究者は、アクリルケースと百万円を持って横のカウンターへと移動させた。

カウンターの向こう側で、何やらごそごそやっている音が聞こえる。

やがて、研究者は、二つの紙袋を持ってこちらにやってきた。

「お疲れさまでした。」

研究者は、何やらバインダーのようなものを持って、前の席についた。

「とても良いデータが取れました、協力感謝します。……謝礼をお渡しする前に、もう少しだけ、お話をさせていただきます。」

「はい。」

モニタリングが終わったなら、早々に帰して欲しい所なのだが。

「あなた、みそとくその区別は、つきました?」

……正直なところ、実に、あいまいだ。
願いを込めて、俺は右をみそだと判断したに過ぎない。

思わず、手元に視線を落とし、黙り込んでしまった。

「今回、私はあの物質が、くそとみそであると申告させていただいたわけですが……そもそも、みそである、くそであるという区分は必要なかったのです。」
「それは、どういう意味です?」

もしかしたら、両方みそでもくそでもなかった可能性があるという事なのだろうか。

「みそをみそだと思って食する人もいれば、みそをくそだと思って食する人もいないとは限りません。」
「くそをくそだと思って食する人もいれば、くそをみそだと思って食する人もいないとは限りません。」

「人というのは愉快です。嗜好というのは、実に研究しがいのあるものでして。」

「くそをくそと知って喜んで手をのばす人が一定数いるんですよね。」
「みそをみそと信じられずに結論を出せない人が一定数いるんですよね。」

「くそをくそと認めたくないためにみそと言い張る人が一定数いるんですよね。」
「くさいみそなんですよと言えば、そういうものなのかと思える人が一定数いるんですよね。」

「ころころと意見を変える人が一定数いるんですよね。」
「自分を信じて意見を変えない人が一定数いるんですよね。」

「あの。私は、そのうちの、どこに所属しているんでしょうか。」

「あなたはごく普通のパターンに属します。一般的ですね。」

にっこり笑って、右の紙袋を差し出した、研究者。

「これで実験モニタリングは終了です。こちらが今回の協力金とお土産です。中身の確認は、あちらのお部屋でお願いします。ありがとうございました。」

さっそうと立ち去る研究者と入れ替わりに、助手と思われる女性が現れた。

「あちらの部屋でご確認いただいたあと、通路沿いに進んでお帰りください。」

……やや重みのある紙袋。

俺は、無機質な部屋の片隅で、袋の封を開けた。

なかには、実験参加記念の味噌と。

謝礼金が……。


いくら入っていたと思います?


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