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雨はずいぶん強引に水分を押しつける

今年の夏の終わりは…いや、もう秋か。このところ、やけにゲリラ豪雨が多い。

今日も今日とて、電車を降りて改札口を抜けると、ずいぶん派手な雨音が聞こえてきた。

駅前のロータリーには、お迎えに来た車がずらりと並んでいる。
しかし、このずらりと並ぶ自動車軍の中に、私を迎えに来た車はいない。

ザーを通り越して、ドドドと鳴り響く雨音は、どんどん激しさを増してゆく。

バケツをひっくり返したような雨粒は、とても止みそうにない。

アプリを開いて、十分後の予測を確認するも…ふうむ、ますます雨はひどくなると…。雨が止むのは、一時間後になるらしい。

私は一人、傘を握り締めたまま、空を睨んでいた。

ただいまの時刻は15:20。

…今日、荷物が届くことになっている。

受け取り時間指定は、16:00-18:00だ。
16:00に、家にいないとまずい。

駅から我が家までは、歩いて約15分。

着替えて荷物を受け入れる準備をしておかねばならないことを考えれば…遅くても15:30には駅を出なければならない。

時折、ごおっと強い風が吹いている。
傘は差してもあまり意味がないかもしれない。
…むしろ差すと危険だ。

ハンドバッグに入れてあったレジ袋を取り出し、中に手持ちの荷物を入れ、きっちり持ち手部分を縛る。

…これで荷物は雨の被害を受けないはず。

よし、行くか。

海外では、雨が降っても傘を差さない人も多いと聞いたことがある。
…日本だって、雨が降っても傘を差さない人がいていいはずだ。

私は改札口付近にたむろする、ゲリラ豪雨の恐ろしさに躊躇し…すくみ上っている人たちの間をすり抜ける。

だれもがただ見守ることしかできずにいるこの状況下…私は一人、荒ぶる雨をその身に受けるべく、飛び出した。

激しい雨は、容赦なく私に降り注ぐ…いや、襲い掛かる、のしかかる、押しつぶしてくる。

お気に入りの傘はボタンを閉じたままで、きっちり小脇に挟まれている。なるべく雨に当たらないようガードするのは、せめてもの、いつもの恩返しというか…。どうせぬれるんだから、たまには傘を雨から守ってやろうじゃないか、そんな私の、ちょっとした遊び心といいますか。

駅前の信号に行くまでに、靴の中から雨水があふれだすようになった。
駅前の信号に行くまでに、プールから顔を出した瞬間よりも水浸しになった。

私は今、自分が経験したことのある、どんな瞬間よりも…一番水浸しになっている。

…プールで、頭まで水に浸かり、ザバと水面から顔を出した瞬間、髪の毛に含まれた水は滴り落ちる。この時、頭の上から降り注ぐ水がなければ、髪の毛に含まれていた水はただ滴り落ちてゆき、水分含有量は減るのみだ。

水の中に浸かるという事は、水分含有量100%であり、それがひとが水を纏う最高値であるとばかり思っていたが…髪の毛から滴り落ちる雨水よりも、上から降ってくる雨水の方が多い今の状況。これは、もしや水にただ浸かっている時よりも水分含有量が多いのではあるまいか。今のこの状態は限りなく…水浸しの頂点を超えているとは言えまいか。

私の水分含有率はおよそ見当もつかない。飽和状態を超えているのは間違いない。息ができるのが不思議なくらいだ。こんなに私の周りに水があふれているというのに、雨水は結局雨粒であり、雨粒は決して水の塊ではないのだ。雨粒の周りには空気が確かに存在し、人から呼吸のチャンスを奪うことなく、こうまでもきっちりとずぶ濡れにし続けている。

水の中に揺蕩うのとは、わけが違う。

雨粒が、これでもかこれでもかと自身をぶつけてくるのだ。
雨粒が、これでもかこれでもかと私を濡らし続けるのだ。

水の中に体を入れることの…なんと穏やかな事か。

叩きつける雨粒の…なんと強引な事か。

強引な雨を物ともせず、ただ家を目指して突き進む私もまた、かなり強引なのだ。

「……似た者同士ってね。」

勝手に親近感を覚えつつ、私は家を目指して突き進む。

なぜだろう、こんな状況なのに、緩むのだ、頬が。

私の横を通りかかった車が、派手に水しぶきを上げる。

ばしゃりとしぶきが私にかかるが…かかったところで、強引な雨がそれがどうしたと言わんばかりに押し流してゆく。

…どんなジャンボプールにも、こんな面白いアトラクションはあるまいて。

雨に打たれることがこんなにもおかしいとは。
雨に打たれることがこんなにも爽快だとは。

強引すぎる雨に出会わなければ知り得なかった、知るはずもなかったエンタテインメント。

…ああ、病みつきになりそうだ。

早く家に帰らねばならないのに、まだこの雨の中にいたいと思ってしまうほど…この状況が楽しくてならない。重たくてたまらない服も、一歩一歩進むたびに不愉快な音を伝えてくる靴も、雨粒一つ一つが叩きつけられる衝撃も…愉快で愉快でならない。

一人、にやつきながら家に着き…玄関前に立った時、雨粒の強引な水分押し付けが終了した。ぽたり、ぽたりと、私から水分が落ちていく。私の水分含有量は、これからどんどん減ってゆくのみ。豪雨のフルパワーの衝撃は…もう身に浴びることは無くなり、ただその余韻を残すのみとなった。…あの強引な雨粒の押しつけは、過去の出来事となったのだ。

玄関のカギを開け、ドアを閉める。

ぽたり、ぽたりと水分が…私から離れていく。

雨に濡れた服を、玄関で脱ぎ捨てる。今、確実に、私の水分含有量は減っている。…急速に、私は乾き始めている。

私の水分含有量が減っていくたび、高揚感も減ってゆく。…あんなにもテンションMAXで雨に打たれていた私なのに…今のこの漠然としたやるせなさは何だ。

玄関のたたきに、ずぶぬれの衣類を丸めておく。手持ちのタオルで垂れる雨粒を軽く拭きあげ、お風呂に向かおうとしたところで、私は、一つくしゃみをし…ずいぶん体が冷えていることに気が付いた。

気分の高揚がなくなったことで、上がっていた体温も…急激に下がり始めたようだ。

私はあわてて、熱いシャワーを浴び…熱を与えてくれる水粒の、恩恵を受けた。

叩きつける、温度のない雨粒のパワーをこれでもかと受け続けた私は、おそらくそのパワーに負けじと自ら発熱するため、気分を上げ、血肉を沸かせ…燃え尽きたのだ。

人というものは、こんなにも簡単に燃え尽きてしまうものなのか。

熱いシャワーを浴びながら、ぼんやりそんなことを思う。
…温かいシャワーは、私の冷えた体に熱を与えてくれる。

人というものは、こんなにも簡単に熱を得ることができるのか。

熱いシャワーが使える幸せをしみじみ感じる。
…温かいシャワーに、私の体はずいぶん元気を取り戻した。

…シャワーから出て、部屋着に袖を通し、ドライヤーで髪を乾かし、すっかりいつもの水分を含まない私になった頃…玄関のインターフォンがなった。

「お届けものですー!」

ドアを開けると…幾分雨にぬれた宅急便のお兄さんが荷物を持って立っていたが…その背景に、豪雨の姿は無かった。

あんなにも私の気分を高揚させ…テンションを下げた豪雨は、あっという間に通り過ぎてしまったのだ。

…強引で、ずいぶん気の早いお通りだった。歴代の大名行列ナンバーワンのすばやさだ。…あの威厳と強引さと力強さには、大名の風格すら及ばないといわざるを得ない。いや、自然の力は、人の権力のようなちっぽけなもので現されるはずもなかろう。

「はい、お疲れさまー、ありがとう!」

私は荷物を受け取って、はんこをぽんと押した。

「ありがとうございましたー。」

お兄さんを見送り、ドアを閉めようとして、外を見やると…日がさしている。頭上に雲は…ない。もう、雨の大行列は完全に過ぎ去ってしまったのだ。これなら、今から帰ってくる家族は…強引な水分補給を施されることもあるまい。

私は玄関の棚に受け取った荷物を置いたのち、足元に置きっぱなしになっていた水分含有量過多の衣類をビニール袋に入れて、洗濯機まで持って行った。このぬれた衣類は、これから水にまみれて、洗剤と共に洗濯機の中でぐるりぐるりと舞い踊り、水分を絞られて…乾いてゆくのだ。今日、飽和状態を越えて水分をその身に纏ったことなど、すっからかんに忘れて…今後も、何度も何度も、乾いてゆくのだ。

すっかり乾ききっている私は、再び玄関に戻り…受け取ったばかりの荷物を持ってリビングへ向かった。ソファに腰を下ろして、少し湿気を含んだダンボールのガムテープをそっとはがす。

「ああ、やっと届いた。」

ダンボールの中から出てきたのは、保湿基礎化粧品セットご一行様。このところやけに乾きがちな私、塗っても塗っても、乗せても乗せても、叩き込んでも叩き込んでも一向に顔が、顔が、顔がー!!!…みずみずしさの衰えが気になるお年頃なのだ。

さんざん雨に打たれて滴ってみたというのに、私の顔にみずみずしさの片鱗は無く、ただパリパリと…突っ張っているばかり。おかしなことだ、保湿のメカニズムはまったく持って理解不能だ。理解はできないが、努力はしてみたい、だからこそ…満を持しての保湿基礎化粧品導入が成されたのである。

私は届いたばかりの化粧水を、たっぷり両手にとって…ぴしゃりぴしゃりと乾いた皮膚に叩き込んだ。

…少々お高めの保湿化粧品たちは、程よく私に水分を保持させてくれるに違いない。

…無料の雨は、強引過ぎるし程度を知らないしあっという間に乾くし。

新しい化粧品は、落ち着いていた私のテンションをあげ…晩御飯のおかずはその恩恵を受けて一品増え、家族も喜び。

床に入り目を閉じる頃には、今日の出来事をすっかり忘れて…私はいつも通り、穏やかに…夢の中へと落ちていった。


ちなみに届いた化粧品はこちらです。臨時収入があった時に思い切って買ったのだなあ…(遠い目)
一ヶ月使うと本当に20歳くらい若返るのですが、如何せん値段がものすごいのでいまだ年相応です、はい。

誰か恵んでください(おい


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