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どうにもこうにも邪魔が入る


……どうにもこうにも邪魔が入る。

学校に行こうと靴を履いたら、母さんがゴミ袋を渡してきた。
通り道なんだからついでに出してけだとよ、おかげで遅刻ギリギリじゃねえか。

弁当を食おうと机の上に広げたら、学校放送がかかって呼び出し喰らうし。
花壇の水やり忘れただけでこってり絞られ、急いで弁当かっ込んだら腹が痛くなってさ。

授業が終わってさあ帰るかって時に、女子三人に呼び止められたんだ。
付き合ってあげてだの、後悔させないだの、メンドクサイって言ったらびんた喰らった、なんだあれ。

くさくさするし肉まんでも食べようかと、コンビニに行ったら強盗が入っていた。
まさかの警察が乗り込む準備中とか、マジかよ。

仕方がねえってんで本屋で時間を潰そうと思ったら、入り口に隣のクラスのヤンキーがいるし。
うっかり見つかったらカツアゲ対象だ、くわばらくわばら。

どうしようもねえじゃん、もう家帰って寝るべって思って歩いてたらトラックが突っ込んできやがった。

信じらんねえ、異世界転移しちまった。

こうなったらやけだっつーんで、魔王倒して世界救ってやったんだよ。

そしたら神が出て来てさ、元の世界に返してくれるっつーからほっと一息ついたわけ。

ようやくだよと思って家についたら、全然見たことねえばばあがよぼよぼしてやんの。

なんかふがふが言ってるからさ、魔法で若返らせたら母さんだった。

なんでも、俺は60年前にいきなり行方不明になったんだそうだ。

ああそうか、異世界行ってたからなってさ。

泣きわめくお袋を見て、俺の目にも涙が光ったんだよ。

そうだな、ずいぶん長い間、俺も母さんも。
…これからは、たっぷり親孝行するからな。

手始めにぼろくなった建物を新しくして、魔王討伐の仲間どもを呼んでワイワイやってたんだ。

小さいころに死んじまった父さんと弟も生き返らせて、みんなで仲良く暮らし始めたんだ。

このまま毎日、ごく普通に幸せに暮らしていけると信じていたんだ。

ある日、突然、家の周りを包囲された。

何事かと思ったらさ、理解不能な存在は認められないとか主張するんだ、役人どもが。

そういえば、魔法使う奴もケモミミ生えたやつもこの世にはいないんだったな。

そういえば、死んだ人が生き帰ったら、みんなびっくりするんだったな。

人間保護法案により、脅威となる存在はすべて観察下に置くべきであると可決されたんだってさ。

人類が理解できない事象を起こす俺たちは、一般人が理解できる行動をしなければならないってね。

人でないものは排除せよと命令が来た。

死んだ人間は元通り死なせろと命令が来た。

命令って何なんだ。

生きてるものは、みんな平等じゃないのか?

なんで命令を下せるんだ?
なんで命令に従うと思ってるんだ?

俺は別にこの世を支配しようとしているわけじゃない。

父さんも弟も、若返った母さんも、仲間も、ごく普通に暮らしているだけだろ?

俺は拘束生活を拒否したね、なんで自由に暮らせなくなるんだ、おかしいだろ?

…どうにもこうにも邪魔が入る。

ごく普通に暮らそうとしているのに、邪魔が入る。

誹謗、中傷、好奇心旺盛で無謀なやつらの突撃、特異なものを見る目に怯えた目、蔑みの目に羨む目、目、目、罵る声、羨む声、乞う声、声、声、声・・・。

住み慣れた家を手放し、山の中に移動した。

…どうにもこうにも邪魔が入る。

人から逃げて暮らしているのに、邪魔が入る。

山の中に乗り込んでくるやつらが後を絶たない。

やれこいつを生き返らせろ、やれ俺に力を貸さないか、やれ世界を共に乗っ取ろう、やれババアの命が惜しければいう事を聞け、やれお前の弟は俺が拘束している、やれお前のオヤジは今頃海の藻屑だ、やれここに時限爆弾を埋め込んだ、やれ毒ガスをまいたぞ、やれこの山を丸焼けにしてやる…。

どうにもこうにも、邪魔をする奴ばかり現れるんだ。

どうにもならんと、俺は神を呼び出した。

神もどうにもならんとさじを投げ、もはやすべてをなかったことにするしかないと腹を決めた。

素晴らしい出会い、素晴らしい出来事、素晴らしい思い出、すべてはなかったことになる。

俺は異世界転移することなく、平凡な男子高校生に戻るのだ。

仲間たちと両親、弟。
すべて忘れて、俺は平凡な一般市民になるのだ。

俺が救った異世界は、俺が救うことなく消滅することになるのだ。

苦楽を共にした皆で、泣きながら最後の夜を過ごした。

神が渾身の力を振り絞り、時を巻き戻し始めたその時。

俺の目の前に、邪魔が入った。

俺がかつて闇に葬った、異世界の魔王の欠片。
世界の狭間に捻じり込んだ、ほんの一欠片が、時の渦に紛れ込みやがった。

狭間もねじれたのだ、おそらく。

そして、時の渦に顔を出し、俺の前に現れ、俺を囲む時の渦に影を乗せた。

巻き戻る時間に、ぐるりぐるりと巻き込まれていく俺は。

みんなが、世界が、巻き戻ってゆく中で、ただ一人。

邪魔をされて時の戻らなかった一部を抱えたまま、あの日に帰ることとなった。

学校に行こうと靴を履く前に、母さんからゴミ袋を受け取って学校に行く。

花壇の水やりをしっかりやって、昼休みに弁当を味わって食った。

授業が終わったら、女子に声をかけられる前に校門を出た。

コンビニによらず、まっすぐ家に帰ることにする。

家に帰ると、父さんの靴と弟の靴が並んでいる。

そこに買い物に出かけていた母さんが帰ってきた。

「今日のごはんはね、みんなが大好きなすき焼きにしたの!」

母さんの声を聞いて、転移窓から仲間たちが顔を出した。
続々と乗り込んでくる、俺の仲間たちの顔はみんなニコニコだ。

「お母さんのごはん、美味しい!」
「ねえ、こっちでも作ってよう!」

「週末はみんなで来るんだろ?」

俺があの日に戻った時。

俺は、記憶と経験を時の渦に乗せることができなかったのだ。

すべてを時の渦に巻き込んで、すべてを元に戻すはずだったのに、邪魔が入って時の渦に巻き込まれない箇所ができてしまったのだ。

神は力を使い果たし、再び時の渦を起こすことはできないという。

……ならば、俺がすべきことは。

時を超える魔法を使い、父さんと弟の運命を変えた。

ゲートを開き、異世界に渡り、再び魔王と対峙した。

魔王を狭間にねじ込むのをやめ、存在そのものの再構築を試みた。
魔王の概念を根本から変えたのだ。
魔王が悪であるという前提を無くし、魔王にごく普通の生活を差し出した。

脅威となる存在を前に、支配を、排除を、命令を試みる事の愚かさを、俺は知っているからな。
脅威となる存在は、ごく普通の生活を求めていると、俺は知っているからな。

異世界も二度目なら、少しは上手に攻略できるってね。

同じように仲間と出会って、同じように世界を変えて。

前回と違うのは、俺がずいぶんレベルが高くて、魔王と互角に並べたってことだ。

前回仲間と力を合わせて何とか封じ込めた魔王だったが、今回は真正面から向き合って気のすむまで対話を続けて和解することができた。

「おい!俺の肉取るなよ!!!」

「いいじゃん!けちけちすんな!」

俺の狙う肉を、マーちゃん…かつての魔王がかっさらっていく。

横からは弟がうまそうに煮えてる焼き豆腐を突き刺して!!!

じゃあシイタケでも食うかってんで箸でつまもうとするとエルフのサーシャがトングで持ってった!!

…俺が箸を鍋に入れるとことごとく邪魔が入るっていうかさあ!

俺はぐうぐう鳴る腹を抱えて、何もつまめなかった箸をわびしく…なめた。

「お肉もお野菜もまだまだいっぱいあるから!ケンカしないの!!!」
「はーい。」
「お母さん、マロニーいれていい?」

「うう、先に飯食っとこ…。」

少々わびしいが、こういう邪魔なら俺は…大歓迎なのさ。

「あたしのお肉分けたげる、はい、アーン!」
「いいの?あーん!」

「クッソ!!空きっ腹におなか一杯ラブラブ見せつけんなよ!!」
「僕も食べたい!!!」

俺は、どうにもこうにも邪魔をされながら…。

平凡な毎日を、謳歌、している。

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