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無自覚


「あ、ども。」

「ああ!!また来てる!!なにやってんだ!!」

私の目の前にはどこか申し訳なさそうな中年。ずいぶん人当たりのよさそうな、それでいて気の弱そうなぼんやりしたまなざしのおっさんだ。

「何で来ちゃうんでしょうね、でも、来ちゃったんで、すみません…。」
「もう…しょうがないなあ…。とにかくまあ…座んなさいよ。」

おっさんに椅子をすすめる。
おっさんは椅子を引くことなく、すり抜けて着席した。

私は普通に椅子を引いて、着席した。

「で、今日は何、なんに嫉妬したの、話してごらん!!」
「幸せそうな家族写真を見てうらやましく思ったら来ちゃいました。」

目の前のぼんやりしたおっさんは、旧知の知人である。
・・・いや、違うな、知人の分身とでも言うかなんと言うか。

この人の本体は遠くはなれた場所で、のほほんと…陰鬱として暮らしている、と思われる。

ひょんなことから仲良くなり、なんとなく交流していたこの人、やけに人当たりが良くて恐ろしく聞き分けのいい、超絶できた人だとばかりおもっていたんだけどね。

実は、相当厄介な人だった。

口に出せない思いを遠慮無しに飛ばす人だった。
口に出せない嫉妬を遠慮無しに送りつける人だった。
口に出せない怒りを遠慮無しに放って投げつける人だった。

口に出せない様々な思惑を、自分勝手な妄想と思い込みと嫉妬と羨望を、ドロンドロンの感情でこってり練り上げて、憎い相手のところに怨念として送りこんじゃうのだ。
しかも本人は、自分が怨念を飛ばしていることに全く気が付いていない。怨念がすべての心のうちを暴露してしまっていることに全く気が付いていない。

「うちの写真を見てうらやましいとおもうなら、まずは家族を作る努力をすればいいんだよ、こんなところに怨念飛ばしてる暇があったらさあ、出会いを求めて世間一般に飛び出せば良いのに。」
「なんか疲れちゃって。仕事から帰ったら、味のしないコンビニ弁当口の中に詰め込んで、風呂に入って、毛布に包まってぼんやりしてるだけで…精一杯ですよ。」

…ぼんやりはしてないだろうけどね。ツイッターの更新ハンパないしアプリゲームの上位入賞者しか貰えないアバター持ってるじゃん。怨念でも言い訳はしっかりするんだよね、都合の悪い部分は隠すし。

「あんたねえ、こうやって気軽に怨念飛ばすから本体が疲労困憊しちゃって落ち込んじゃってるんだよ、何で気が付かないのさ…。」
「いや、僕はただうらやましいなって思っただけなんですけどね。僕が絶対得る事のできない幸せを持ってるあなたが本当に…妬ましくて。幸せそうに笑ってる写真を自慢げに載せてるのを見たら、いてもたってもおられずにですね。」

自慢げに載せてる、ね…。そう思われても仕方ないのかな。私は楽しかった気持ちをテンション高いまま載せただけなんだけどな。

…この人、自分のツイッターに成績優秀者の表彰状載せてたけどさあ、それって表彰されてうれしいって気持ちで載せたんじゃなくて…成績優秀者になれない誰かに向かって自慢するつもりで載せてたってことだよね、多分。自慢げに載せてるって考え方ってさ、自分がいつも自慢するために載せてる事実があるから湧いてくるもの…だと思うんだよね。

「で、貴方は私のところに乗り込んできて、どうしたいの、具体的に。」
「あなたばかりが幸せでずるいんです。その幸せを僕に差し出してください。」

ずるい、ねえ。

「差し出すも何も…なに、私と入れ替わりたいの、それとも同じような家族を私が用意してあげたら満足するの?」
「入れ替われるわけないでしょう、入れ替わりたいわけないでしょう!僕は幸せそうな家族には憧れるけど、醜く太った体もへたくそな歌声も望んでなんかいないんですから。僕の整った容姿と素晴らしい歌声、優しい眼差し、広い心はそのままに、困った時に助けてくれる家族、愛情を向けてくれる子供、楽しいと思える時間、じゃぶじゃぶ使えるお金、健康な体、人気のあるアカウント、あなたを取り囲むすべての有利な条件を僕に差し出してほしいんですよ…!!!」

まるっと嫉妬を送り込んできてるから、本音がドッカンドッカンぶつかってくるなあ。ずいぶんディスられてるけど、そんなに腹立たしいならさあ、私の事見限ればいいのに。身近な存在に敵対心燃やすタイプなのかな?

やけに眼光の鋭い怨念は、私をじっと見つめているけれど。

…家族が割と好き放題勝手し放題で、ずいぶん私が迷惑をかけられていることは、知らんわなあ。

…反抗期で何言っても否定してくる子供をいかに丸めこんで無難に持って行くのに必死になってるとか、知らんわなあ。

…イベント中にクソじじいに取っ摑まってはらわた煮えくりかえったけど笑ってごまかして悔しくて涙出てきたことは、知らんわなあ。

…イベントでおいしいもん食べまくってたら裕福に見えるかもだけどさ、所詮一本400円のフランクとかさ、総計しても3000円くらいだったことも、旦那の実家に肩代わりせねばならない借金がある事も、知らんわなあ。

…私が五十肩拗らせて一生右手が上がんない事とか腰の骨形成異常持ちでゆくゆく歩けなくなることも知らんだろうし、ヒドイめまい持ちで昨日も倒れた事とか当然知らんわなあ。

…人気のアカウントっていうけどさ、なんで私を羨むのかわかんないな、昔あれだけ私のことフォロワー数二桁って笑い飛ばしてたのに、1000人超えたあたりから人気者はいいですねとかさあ…芸能人とか桁が違う事とか知らんのかい。もっと上を見ないのかい。

「なに、あなたはこう…、人の良い所取りがしたいだけなの?」

幸せそうに見える一枚の写真があるのは、それなりにいろんな出来事を経験して、その結果としてね?昨日のイベントの幸せそうな写真は、私がポンと手に入れて、これ見よがしに大発表したわけでは、ないんだよってね。

「僕の努力は報われないって知ってますから。なにをしたって悪い方にしか進まない、だからどうにもならないんですよ。なにをやってもうまくいくあなたには多分理解できないことだと思います、だからその苛立ちも含めてね、僕が来たって訳です、多分。良いとこどりというか、真っ当な所有権をずるいあなたにつきつけたい衝動が抑えられなかったんですよ。」

何もしないで、努力することを否定しておきながら…私の努力の結果を「努力することを放棄した人」がその所有権を主張して乗り込んでくると。

「努力が報われるかどうかは報われた時に解るんじゃないのかな。努力した結果、実らなかったことで何か学ぶことだってあると思うし、そもそも努力する前に報われないって答を出してたらそりゃあ努力だって…報われようとはしないんじゃないの。」
「ほらね!努力なんて結局無駄ってことなんですよ!結局運なんだ、それをあなたは独り占めしているんだ!かわいそうな僕に差し出すべきなんです!」

怨念だと、ものすごく自分の意見を真正面からズガンズガン投げつけてくるくせに、本人と対面すると、実におとなしいのがなんとも言えない。

―――困ってること、ない?
――全然困ってません、毎日しあわせですよ。

―――いい人いるよ、紹介しようか。
――気持ちだけ受け取っておきますね。

―――今度イベントやるからおいでよ!
――いいですね、伺います!

―――イベントどうだった?
――皆さん優しくて楽しかったです!

―――話、できた?
――素敵なお話ばかり聞かせてもらえたので、同意する事で精一杯でした。

「・・・こんなに積極的に自分の怨念飛ばしてんのに、なんで現実で一言気持ちを伝えることができないのかね。」
「人と会話するのって結局気遣いの塊でしょう?本音って人に言うもんじゃないって僕知ってるんですよ。だからこそ、が飛んできてしまうわけですけどね。」

本音を言わないという事は、常に当たり障りのない…誰かに都合のいい言葉を返しているだけってことですか。それって、会話に、対話に、コミュニケーションに…なっているんでしょうかね?

「相当ねじ曲がってるなあ、もっと素直になった方がいいよ、あんたは…本来飛んできていい存在じゃないんだよ?…あんただって、わかってるんでしょう、このままじゃ、よくないと思う。」

…ああ、まずいな、怨念の色が濃くなってきてる。

「でも、何も言えない僕って、か弱くて守ってあげたいって思いませんか。奥ゆかしさを持つ、思慮深い人だと思いません?僕なんで自分がもてないのかわかんないんですよ、口ではいつも僕はもてなくて当然なんですとか言ってるけど、口に出したいのはむしろ僕の魅力に気が付かないぼんやりした人しかこの世にいないっていう理不尽さについてなんですよ!」

…もう、戻れないなあ、これは。

「みんなが奥ゆかしすぎるんですよ、僕はいつ声をかけてもらっても良いのに、みんな気を使って声をかけてこないんですから。僕がこんなに待ち焦がれているのに、誰も声をかけてこないんですよ?僕はね、どんな根暗な子でも優しく相手してやるし、どんな後ろ向きな子でも適当な言葉で元気づけてやるつもりだし、多少不細工でも並んで歩いてやるし、つまんない嫉妬にも喜んでやろうとは思ってるし、稼ぎが悪くても差し出せば許してやるし、ねえ、奥さんにミス女子大生の二十代前半の知り合いいません?僕ね、45までにはどうしても結婚したいんですよ、ずるいですよ、頼みますよぉおおおおおお!!!!」

おっさんの怨念がでろんでろんになって私に襲いかかろうとした時。

「やあやあ!実にいいですねえ~!では遠慮なく!」

突然何の前触れもなく、私の横に現れた黒い人が……うわあ、音もたてずに怨念を飲み込んじゃったよ…。

相変わらず神出鬼没だな、これ絶対にタイミング見計らってたよな、くそう、こういうところが人じゃない感たっぷりなんだよ!!まあ人じゃないし仕方ないことだけどさあ!!!

黒い人はもっしゃもっしゃと怨念を飲み下し、やけにスマートにさっきまでおっさんが座ってた椅子に着席した。満足そうな空気を醸し出しているけど、黒い人の表情は全然わからない。多分満足げな顔してるんだろうけどさ!!!…ああ、今回も怨念を追い返せなかった、うまくいかないなあ。

「いやあ、奥さん見事です、怨念の増幅テクニック、さすがです。」
「…あたしゃ増幅するつもりは微塵もなかったんだけど!!!返す気満々だったけど無理だったんだよ!!!気持ちを逆なでしないでよ!!」

怨念ってのはさあ、魂を引きちぎって、風船みたいに…空気を入れるみたいに思念…恨みや妬みなんかを詰め込んで投げるもんだからさ。あんま投げてると、魂が減っちゃうのさ。で、小さくなった魂は、体を支えきれず、心を維持できず…前に進むことが難しくなり、立ち止まり、視線を落とし、頭をあげることがなくなって、路を見ることもできなくなり、地に、沈む。

「もうあの人は無理だって言ったじゃないですか、徳もないし…なんで引導を渡さないんです?」
「私は引導を渡すつもりはないよ!つか…渡せるかっ!!!」

なんだ人聞きの悪い!!!

「ずいぶん見逃しちゃったみたいですよ、チャンスの道筋。…間に合うんでしょうかねえ、あの人。」
「間に合うと、私は信じたいから、怨念を返したいと願っているんだよ!!」

なかなか芽の出ない絵描きであるおっさんは、芽が出ないことに着目してしまって…チャンスを何度も何度も、見逃してきてしまったのだ。顔をあげてさえいれば気が付いた、世に出るチャンス。

何度も、何度も、目の前を通り過ぎていった、チャンスが泣いている。運命の道筋が消えてしまう事を嘆いて泣いているのを、見てしまったあの日から、…私は。

「おせっかいになっちゃうと、めんどくさい事になりかねませんよ?」
「でも、私は…おっさんの描く世界が見てみたいと思ったんだよ!!!」

線画が広がる、大きなキャンバスに、色がのったら。

世界が、変わるのだ。

現実の世界も、おっさんの世界も。

変わることを知っているのに、変われることを知っているのに、何一つ変わらない世界を見続けるのは…いやなんだよ。

私は意を決して、スマホを手に取る。

「…あ、元気?ねえねえ、あの絵の続き描いた?完成したら見せてくれるって言ってたでしょ、まだ見せてもらってない!…うん、私完成待ってるんだよ?どんだけ待たせてんのさ!絶対、絶対見せてもらうんだからね?楽しみにしてるんだよ、…うん、今すぐ筆買ってきなって!!!絵の具ぅ?いいよ!!送ったるわ!!!めっちゃ送るから覚悟しとけ!!!」

下しか向けない状況があるというならば。
下を向きながら、色を乗せて頂きましょう。
床にキャンバスを直置きして、白黒の下書きの上に、鮮やかな色を乗せて頂きましょう。

…ド派手な色がいいな、闇を吹き飛ばすくらいに。

オーロラブルーパーマネントグリーンカドミウムイエローバーミリオンフレッシュピンクローシェンナモノクロームクール…ルミナスは全部送ってやろ。つるりつるりとタブレットを撫でながら、サックサックと絵具を注文してやったわ!!!

「あーあー、そんなに買っちゃっていいんですか、またもやし鍋が続くことになるんじゃないんですか。」

少々散財したけど、私はどうしても、見たいのさ。世界の変わる絵を。世界が認める絵を。

「大丈夫!!旦那が杉下さんに玄米もらったし、娘のバイト先で大根の葉っぱももらえるし運動会中止になって余っちゃった小麦粉も大量にある!!何とかなるなる!!あ、そうだ、さっき助けてもらったお礼してなかったね、どうしよう、食べ物なにもないな、徳でいい?めんどくさいな、全部持ってって!!」

そういえばさっき私黒い人にピンチを救ってもらってたんだった。ちょうどいいや、いっぱい渡せるもん渡しとこう。私は自分に積み重なっている徳をわっしわっしと掴んで、黒い人にばっさばっさとかぶせていく。

「ちょ!!こんなにもらえないですよ!!ああもう!!仕方ないなあ、もらい過ぎたらこっちが…うーん、ちょっと!!ストップ!ストップ!!」
「なんだもう、徳をよこせと言ったりいらんと言ったり…めんどくさいなあもう…。」

「完全にもらい過ぎです!!!お返ししますからね!!!じゃあまたの際にはね!!伺いますのでね!!!」

なんか黒い人がやけにプンプンしている。…あ、消えた。

ピーンポーン!

「はいはい。」
「お届け物でーす!」

なんか注文したかなあ、そう思って玄関に行って、荷物を受け取る…。

「わあ!!!牛肉セット、来たー!!!」

ずいぶん前にカップ麺のフタ集めて応募した絶品グルメセットの当選品が当たったみたい!!!ヒャッホウ!!これで今日の晩飯はすき焼き決定だ!!!

「ただいまー!ねえなんかノベルティの餅いっぱいもらったよ!!」

スキップを踏みながらキッチンに向かおうとしたら、アルバイトから帰ってきた娘が、何やらレジ袋いっぱいにいいものを持って帰ってきたぞ!!

「ただいま、これもらった。」

さらに近所のお友達の家に遊びに行っていた息子が帰ってきた…ビニール袋には、魚がいっぱい入ってる!!!

「何これ!!」
「海斗のお父さんが釣りで釣り過ぎたって。」

これは海斗君のお父さんにお礼を言わねばなるまい!!明日はつみれ汁だな、よっしゃあああ!!!

…なんだ、結構食うものには困らなさそう?何とかなりそうだな、うん。

あとは…!

おっさんに絵の具が届いて。
おっさんが色を塗って。

今度こそ…目の前で見つけてもらうのを、手を伸ばしてもらうのを待っているチャンスに手を伸ばしてもらって!

おっさんに、しっかり掴んでもらうだけなんだよ!!!

おっさん!怨念飛ばしてる場合じゃないんだよ!!!

前を向け!そしてつかめ、そして世界を変えるんだ!!

あと少し、あと、もう少し。

しばらく写真を載せるのはやめておこうかな。また怨念飛ばしちゃうと、今度こそ沈んでしまうから。沈んでしまったら、世界は変わらない。

私は怨念が飛んでこないことを心から祈りつつ…夕食の準備をするため、キッチンへと向かったのであった。


※こちらおっさん側の話を明日掲載いたします※

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