おばあちゃんのお茶菓子
弥恵には、半年前から一緒に暮らすようになったおばあちゃんがいます。
89歳の腰の曲がったおばあちゃんです。歩くのがえらい(きつい)ので、1日中ちゃぶ台のところにある座椅子に座ってテレビを見て過ごしています。
「やえちゃん、お湯とお茶のセットをお願い。」
一階の和室にいるおばあちゃんは、1日に2回、お茶を飲みます。
学校がない日の10時と3時にお湯を沸かすのは、弥恵の仕事です。
「は~い。」
時間になるとおばあちゃんから声がかかるので、弥恵はキッチンに行って準備をします。電気ポットに水を入れ、スイッチを押し、戸棚のお茶のセットを取りだし、トレイの上にきれいに並べます。
おばあちゃんはお茶の用意はできませんが、自分で急須にお茶っ葉を入れてお湯を注ぐことにこだわっているのです。おばあちゃんのいれたお茶は、とてもおいしいのです。
「今日のおやつは…もなかだ!」
おばあちゃんは、お茶の時間におやつを食べる事になっています。食が細くなったので、こまめにカロリーを取らないといけないのだそうです。
お菓子は朝お母さんが棚の中に用意しておいたもので、お茶のセットと一緒に持っていくことになっていました。
弥恵は、このお茶菓子にとても憧れていました。
もなか、まんじゅう、きんつば、練り切り、ブッセ、カステラ、カップケーキ、バウムクーヘン…。普段食べることができないお菓子は、とても魅力的に見えたのです。
弥恵は小さな頃からずっと、間食をすることを制限されていました。バレエをやっているので、体重が増えないようにと…甘いものやスナック菓子、ジュースなどの飲食をお母さんに厳しく管理されていたのです。
お菓子に飢えていた弥恵が、おばあちゃんのお菓子に夢中になるのは仕方のない事でした。
(いつか、おばあちゃんのおやつが食べてみたい。)
お茶の時間になるたびに、そんなことを考えていました。
「弥恵ちゃん、このモナカ食べてもらえないかね?おばあちゃんは歯が悪いからね、餅の入ったものは食べられないんだよ。」
おばあちゃんが、包装紙をめくって半分に割られたもなかを差し出しました。
「うん、食べてあげる!」
おばあちゃんは、おやつを食べずに、お茶だけ飲みました。
もなかをもらった弥恵は、大喜びでお茶の片づけをしました。
弥恵は、入れ歯のおばあちゃんには食べるのが難しいものがある事を知りました。
「おばあちゃん、その月餅、硬くない?」
「おばあちゃん、その栗まんじゅう、硬いかも?」
「この若鮎、餅入りって書いてあるよ!」
甘いものに飢えていた弥恵は、おばあちゃんのおやつを狙うようになりました。
おばあちゃんのお茶菓子は、いつもお母さんが日曜日にまとめて買っていました。弥恵はお母さんの買い物について行き、お菓子選びをする時に口を出すようになりました。
「おばあちゃん、醤油のおせんべいが食べたいって言っていたよ。」
「おばあちゃん、昔懐かしのげんこつ飴が食べたいと言っていたよ。」
「おばあちゃん、赤福が食べたいって言ってたよ。」
「おばあちゃん、磯辺焼きが大好きなんだって。」
「おばあちゃん、ういろうが食べたいんだって。」
弥恵の言葉を信じたお母さんは、歯にくっつくようなお菓子や硬い食べ物をたくさん買うようになりました。
弥恵は、お母さんの前ではお菓子は食べなかったものの、おばあちゃんのお茶の時間にお菓子を食べるようになりました。
おやつを食べるようになって、弥恵はよく笑うようになりました。
おばあちゃんは、おやつを食べなくてもニコニコしていました。
おばあちゃんは、毎日おやつを弥恵に差し出すようになりました。
弥恵も、おばあちゃんも、毎日のお茶の時間を楽しみにするようになりました。
やがて、おばあちゃんは、お茶をいれることが難しくなりました。
弥恵は、おばあちゃんにお茶をいれてあげるようになりました。
そして、お茶を飲むのも億劫になってしまったおばあちゃんは、元気がなくなって入院しました。
弥恵は、甘いものを食べるチャンスをなくしてしまいました。
おばあちゃんにお土産を持ってお見舞いに行きますが、何も食べてくれません。 ゼリーやカステラなどの食べやすいものをたくさん持って行っても、一つも食べないのです。
持ち帰ったお菓子は、お父さんが食べるようになりました。
お父さんは、やせ細っていくおばあちゃんとは対照的に、どんどん、どんどん、丸くなっていきました。
弥恵は、お見舞いに行くたびに、心が痛くなります。
もし、私が、おやつを横取りしなければ…おばあちゃんはこんなに痩せてしまわなかったのかもしれない。もしかしたら、私のせいで、おばあちゃんが痩せてしまったのでは…。
骨と皮のようになったおばあちゃんを見て、どうして自分は、自分のことしか考えられなかったのだろうと悲しくなりました。
弥恵は、おばあちゃんが元気になって退院したら、今度は絶対におやつをもらったりしないと心に誓ったのでした。
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