白い馬に乗った王子様(完)
「ことりはね、益獣なんだけど、どうにもこうにも嫌われモノで。…僕は嫌いではないよ。だって、薫が好きな生き物でしょう?いつだって薫との物語にはことりが出てきていたからね。」
ヨダレだらけになった私は、お風呂に入ってさっぱりした後に驚愕の事実を聞かされて呆けていた。
どうやら、私が背景描写として多用していた「小鳥のさえずり」、なんと小鳥そのものを登場させていなかったことが幸いし……、「ことりという化け物の可愛らしい声」という存在になったらしい。
ちょっと待って、なんでこういう、重箱の隅をつつく的な展開が?!もしかしたら他にもこういうパターン、わんさかあるんじゃないの?!
ことりは私が怖がってしまったからか、おとなしくよだれをたらしながらお座りをしている。じっとこちらを見つめる様子からは、迫力はあるものの逃げ出したいほど震えあがるような恐ろしさは、ない。しかし、頭をなでてあげることができるほど、恐怖心がなくなったわけでは、ない。できればどこかに行ってほしいけど、自分が生み出してしまったという負い目があって、強く言えないというか!!
「ぴゅい、ぴ、ピピピピピ……。」
声だけ聞いてれば、本当に可愛らしい小鳥なのに、なんでまたこんな魔物になってしまったんだか。ああ、中学の頃の私が、手の上に小鳥を乗せて戯れる描写を一行でも書いていたならば。
「ねえ、そろそろ、僕の国に行かないかい。みんな薫を待ちわびているんだよ。なんていったって、国を作ってくれた、星の神様なんだもん。」
「作ったって……、私は、ただ自分の、その、欲望のままに物語を書いただけで。……大げさだよ、今の私はただの、年老いたおばさんであって、誰かに歓迎されるような人ではないっていうか。」
なんでこんなことになっちゃったのかな。せめてさあ、王子様に夢中になって大暴走していた時代に現れてくれていたならば。
完全に枯れてしまった今となっては、なんというか、罪悪感が沸いてしまって、とてもじゃないけどいい返事なんかできない。
……あれだね、ラノベなんかじゃ、中年女子がイケメンに言い寄られてうっとりしてたけど、現実にこういう事あると、ドン引いちゃうんだね。異世界転移して、たった一人で森の中に放り出されて、心細い所に王子様がやってきてってパターン、自分がピチピチに若返ってるからこそコロッと行くんじゃないの?老いたままだったらそうはいかないわ……。
どうせなら、向こうの世界に転移?させてくれた方がもっといい感じになったのかもしれない。なんでこの王子様はわざわざ乗り込んできたんだ。
「なに、年を気にしているの?薫は、45歳になったら迎えに来てって言ってたじゃない?こだわりがあったんじゃないの?」
……過去の私、何書いてんだ。くそう、八冊分書いたことは覚えてる、けど内容はほとんど覚えていないのが悔やまれる。ラスト?何書いたんだろう、全然思い出せないんですけど!
「……あの。私が書いたという物語って、どこかにない?私、昔自分が書いた物語、読みたいなって思うんだけど!」
一応最後は惰性で完結させたけど、すごくこう、間延びして適当に締めた気がする。終りの方は完全にハラハラドキドキ展開がなくなって、ただひたすらぬるい毎日を書いていたような……。
当時の私は、何を思って45歳になったら迎えに行くことを想定したんだ、そもそも幸せに暮らしましたで終わればよかったものを、なんでわざわざ!
「……物語は、僕の胸の中に。大丈夫だよ、薫が忘れていても僕は覚えているから、ね?怖い所もいっぱいあったんだよ、何度も首を切られるの思い出したりしたら嫌でしょう?僕も地味に悲しくなるよ、血管を再構築するのって大変だったし、苦しそうな薫の姿はもう思い出したくない。」
アアア!!!スプラッタ表現にハマってた時に書いたやつ?!そうだ、人体解剖論見ながら血管のつなぎ方を細かく描いた覚えがある!!
「いや、そういう事じゃなくて!!何が起きたのかとか知っておかないと、とても世界を渡る気にはなれないっていうか、自分が何をしでかしたのか、不安がね?!だって悪い人に狙われる可能性とか恨まれてるかもとか、心配し始めたらきりがなくって!」
「じゃあ、言っていこうか?ええと出会いは白い馬に乗った僕が薫を迎えに行くところから始まって、恋をしようって話になって、夢いっぱいの【はぬりゆた】を巡って、時にさらわれ時につるされ時に襲われ幾多のピンチを乗り越えて愛を誓い、20歳になるまで蜜月を過ごしたのち45歳になったら迎えに行くことを約束して国を閉じた…、これでいい?」
なんで肝心の部分をすっ飛ばす?!なぜ国を閉じた、なぜ迎えに行くという約束をした、そこら辺!!!
「もっと詳しくお願い!」
「うん?えっと、初めて会った日に手を繋いで、三日目の晩に初めて唇を盗んだでしょう、一週間目に内緒で裸を見て、十日目にいろんなところを触らせてもらって、二週間目に枯草の上で口づけをかわし、そのまま体をかさ「ちょっと待って、そういう話じゃなくてね?!」」
いかがわしい話も含めつつ、色々と聞いたところによれば。
私が己の欲望を満たすために生み出した物語は、向こうの世界で起こった出来事であり、事実のようだ。私はこっちの世界で物語を書いた人ではあるけれど、向こうの世界にもきっちり存在していて、王子様と共にいわゆる蜜月を過ごしていたと。
どういう仕組みかわからないけど、私が王子様とのイチャラブ物語を生み出した時に、すでに王子様が生まれて育った環境が整っている世界が生まれた?らしい。
けれど、私が物語を終えることで、世界が閉じてしまったのだそうで。
私は、物語の中で、45歳になったら物語をまた始めると誓ったんだってさ。で、忘れてたらいけないから、必ず私を呼びに来てねと、王子様にお願いしたんだってさ。物語は終わってないから、必ず続きを書かせてねと、懇願したんだってさ!
それを聞いた王子様は、今度は書くんじゃなくて直接恋をしようねって提案したかったんだってさ!だから王子様は、私が45歳になるのを待って、迎えに来たって事なんだってさ!!!!!
……どう考えても、ラストが思いつかなくて未来に丸投げしたパターンだ。
45歳?どうせ親の年齢から引っ張ってきたんだろう、適当な事して!!キリのいい感じで完結させて終わりたいって思ったんだろうなあ、一応20部くらいは売れてたし、読者さんに納得してもらいたいって意地があったんだな、たぶん。
……中途半端に几帳面な事したから25年経って大変なことに!!
ああ、もう金輪際同人誌なんか書かないぞ!!!
「わかったよ、じゃあ私、物語の続き書くから。そしたらまた世界が続くんでしょう?だから安心して王子様はお帰りなさい。あ、帰る前に魔法でこっちの人たちの記憶だけ消してってね!ここに来て起きた全ての出来事がなかったように工作してもらわないと困るから!」
そうだな、800文字くらいで、世界が開かれました、王子様と私は仲良く手を繋いで新しい世界に飛び出しましたとでも書いておけば丸く収まるんじゃないの。濃厚なラブラブは、王子様主体で勝手にやってもらえればいいでしょ。バハアは退散させてもらうからさ…。
「薫は…本当に変わってないね。その、自分が我慢すればいいって一人で収束しちゃうところ。……よくない癖だって、僕はいつも言っていたんだけどな。そろそろ、直してもらわないとね。ダメだよ、逃げたら。僕は君を連れて帰ると決めてる。」
うっ……!!ずっとへらへらしてた王子様が、若干キリっとした表情で、こちらを見ている!!ちょっと、怒っているような…、いや、でも二十歳の若造、こ、怖くなんかないんだからね?!
「無理無理!!だって、あなたと私じゃ、親子ほどの年の差があるんだよ?王子様は平気かもしれないけど、私にはここで過ごした45年分の常識があって、それが完全にあなたとの関係を認めさせないの!」
「年なんて…地球人特有の考え方であって。世界を渡ってしまえば、意味のない事なんだけどなあ。……若返ればいいんじゃない?」
真っ直ぐ私を見つめる王子様の目は……笑って、いない。
「だから!!若返るなんて、この世界の人はしないんだってば!若返ったとしても、私の生きてきた記憶が、経験が王子様を受け入れることを拒否してるの、今更恋愛なんてできないし、自分の黒歴史をまざまざと見せつけられるのにも耐えられないし、枯れた女が染みついてるからやさぐれきっててとてもじゃないけどムリゲなんだってば!!」
ダメだ、真剣過ぎる眼差しが怖くて、最後の方、叫び声になっちゃった。少し、声が震えてたの、絶対にバレてる。
「……若返ってみたら、薫の気持ちが、
か わ る か も し れ な い ね ? 」
王子様が怪しげな言葉を吐いたその瞬間!
私の周りを…水色の光が囲んだ!!
「ちょっと待って?!私に何をしたの?!勝手に変なことをするのはやめて!!!」
これは…何かの、魔法に違いない!確か、王子様はとびきりの魔法を使うとき、無詠唱で魔力を解き放つタイプの……ああ、こういう記憶はある!!!
そういえば、無詠唱する時はいつだって、静かに怒りを……ヤバイ、今めちゃめちゃ怒ってるパターンでは?!
そういえば王子様は怒りが蓄積してって一気に爆発するタイプで、そのトリガーの最たるものは…名前を呼ばれない事だった、ちょっと待って、私今まで何回王子様の名前、呼んだっけ……?そういえば、いつだって、王子様は自分の名前を呼んでもらいたい時、私の名前を連呼して、いた、ような……。
「薫があんまり聞き分けないから……お仕置きだよ。」
ひい!笑顔が……、コ ワ ス ギ ル !
「あ、アレク!!何した?!ねえ!!!お仕置きってどういうことなの?!」
名前を呼んだとたん!
「も~、薫が年の差を気にしてたから、ほんこそうを唱えただけだよ!大丈夫、若返っていくだけだから!」
めちゃめちゃ優しそうな笑顔でとんでもないこと言い放ったー!
「早くお嫁に来ないと、どんどん若返っちゃうから気を付けてね?まあ、チビッ子になっちゃえば余計なことも考えられなくなるけど!よーし、ブリューン号、お待たせ!おいでー!」
パカパカとやってきた、白い馬が、どんどん大きく……、違う、王子様も大きく、…私、縮んでる!
「僕は薫のおしめ替える気満々だから、安心して!あかたんから薫育てるの楽しみだ!ぐふふ、いろいろ教え込んで……フフ、フフフフフフフ!」
明 ら か な 、 身 の 、 キ ケ ン !
「や、やだ、わかった、わかりました!行く、行くから!若返らせるの止めてよ!赤ちゃんはやめて?!」
「勢いついてるからこっちでは止められないよ~、記憶も消さないといけないって言ってたよね、あと荷物も持って行きたいでしょう?うーん、全部やってたらやっぱりあかたんになっちゃう、諦めて!」
「今すぐ連れてけ!はやく!」
……こうして、私は、白い馬に乗った王子様に、さらわれて。
自分の妄想の世界にどっぷり浸かりながら、ずいぶん幸せな毎日を、過ごして……。
「ぴ、ピピピピピ、チュンチュン、あーん……!」
「か、噛んじゃ、だ、だめぇええええ!」
「あはは!薫さまがことりに襲われてる!」
「いつみても良い噛まれっぷりだ……!」
「薫!大変だ、今すぐ雫をあらいながそう、よーし、今日はどの露天風呂でどんなプレ
「アレク!あたし今日は一人で入りたいの、絶対覗かないで!」」
過ごして、いるんだから……ね?!
今も楽しくいやらしく過ごしている模様です(*'ω'*)
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