見出し画像

私道

自宅付近に、私道がある。

住宅街のど真ん中に走る、細い道だ。
基本軽自動車がミラーを畳んでようやくすれ違う事ができるレベルの道幅なのだが、所々で普通自動車一台しか通れなくなる場所があり、時折通行を譲り合っている車を見かけることがある。譲る際には、表通りに立っているバッティングセンターの従業員用駐車場や、道路沿いに立つ一般家庭の駐車場、十字路を利用しているのだがトラブルがボチボチ発生している。

やれ向こう側から来る車が後を絶たない、自分ばかりが待たなければいけないのはなんでだ。
やれうちの駐車場にでっかい車が無理やり入り込んでコンクリートが破損した。
やれうちの前で無理やりすれ違った車が植木を破壊した。
やれ軽自動車同士しかすれ違えないのに無理やり普通自動車がすれ違ってきて車にキズが付いた。
やれ十字路に立つ家が車に突っ込まれて壁が壊れた。
やれここは私道だ一般人は入るな。
やれ入るなとどこにも書いてないうるさい事ぬかすな。

昔田んぼと畑だらけだったこの付近は、やけにおかしな区画整理がなされ、碁盤の目のように走る細い道が所々に存在しており、その半数が私道となっている。あまり詳しいことはわからないが、公道ではないので一般人の通行はあまり歓迎されるものではないらしい。
その道を通らねば家に入ることができない人が使う道、そういうイメージが近隣住民の中でまかり通っているのだが、その認識は市内各所に認知されているわけでは、ない。私道であるという看板も無ければ、居住者以外立ち入り禁止の札も出ていない。

この細い私道の隣に走る道が、わりと通行量の多い主要道路であることも影響していた。隣の市に続く主要道路は混みあうわりに片道一車線で、毎朝渋滞を起こしていたのである。
少しでも早く目的地にたどり着きたい地元ドライバーが、私道を通行するのは珍しいことではなかった。この道を抜けると、主要道路と並行して走る片側三車線の幹線道路にシフトすることが可能になるのだ。

子供たちの通学路となっていることもあり、朝方や夕方はかなり状況がカオス化している。子どもたちが道いっぱいに広がって登校し、その後ろを車が追走するのだ。
通学時間帯は付近の住人しか通行することはできず、通行許可証掲示が必要となっている。子どもたちを追うのは、皆市道沿いに家を構えるドライバーのはずなのだが、許可証無しで通行するものは後を絶たない。取り締まりをしようにも私道入り口のあたりは民家が密集しており、警察が立って目を光らせる場所がないのだ。

―――あの道、ホント危ないよね。
―――あたし滑ってこの前ころんじゃってさ…。

全長およそ500メートルのこの私道には、途中、危険な場所がある。

建物がなくなり、大変見通しの良い、一見通りやすそうなイメージの、箇所。バッティングセンター横に広がる、畑と並ぶ私道部分である。

道路と面しているのはおよそ50メートル、ずいぶん広大な畑の向こう側には片道一車線の道路が見える。時折年配者が畑を耕している、そののどかな光景に反し、この場所では事故が多発している。

畑は私道よりも随分低い位置にあり、私道側から侵入するためには手作りの階段を五段ほど降りて入らなければならない。

畑の持ち主は、畑のすぐ横に家を構えているのでほとんど階段を使う事がない。持ち主が普段使いしないからか、ずいぶん粗末なつくりの石を重ねただけの階段が置かれている。私道の端はコンクリートで舗装してあるのだが、畑との境目は舗装がされておらず、無造作に石が積み重ねられている。

この、石が厄介なのだ。

私道の高さに届かない畑の端に積み重ねられた石は、大きいものと細かいものが入り乱れて無造作に放置されており、とても足を乗せていい状態ではない。段差があるので、斜めに石が積み重なってしまい、足を乗せると滑ってしまうのだ。

この、足元の非常に悪い場所が、この私道において一番の幅員減少箇所なのである。

この場所を歩行者が歩いている時に、車が通りかかると大変だ。歩行者は、車を避けなければならない。だが、よけようにも道路の横は傾斜のある石の積まれた、崩れやすい崖のような状態。反対側の端は民家の壁がそそり立っており、とても身をよせるスペースはない。

この場所で、クラクションを鳴らす車は、多い。
歩行者は車を通すためによけろと、注意を促すのだ。

ドライバーは、私道の横に崖が存在していることを知らないものが多い。

見通しの良い畑が広がっていることもあり、足元が不安定だとは思いもしないのかもしれない。歩行者を優先しない、思いやりの無いドライバーが、何人も、この私道を通行していた。

そして、事件は、起きた。

壁際を歩く高齢男性を避けようとしたドライバーが、道の端から転落したのである。

クレーン車が入って、大騒動になった。
引き上げるのに相当苦労して、救助活動も非常に困難を極めた。

近隣住民たちは、事件の発生を重大に考えてあの畑の崖をどうにか安全にできないか、協議を重ねた。

畑の持ち主に、土地の一部を売ってもらえないか、交渉が始まった。
だが、持ち主は頑として土地の売却に首を縦に振らなかった。

「なぜうちだけが通行するやつに融通してやらねばならないのか。」
「反対側の家のやつが壁を取り払えば考えてやる。」
「なぜうちだけが敷地を狭めなければいけないのか。」
「安全対策が必要なのに個人の損得で物事を考えないで頂きたい。」
「私道沿いに住む者全員が平等に道を広くするというなら考えよう。」

交渉は難航し、結局決裂して終わってしまった。

私道が公道になるために、いろんな協議がなされたが、結局私道は公道になることはなかったのである。

数年後、畑の持ち主はあの危険個所でけがをし、そのまま入院することになった。崖から階段で私道に上ったところを、通りかかった車に轢かれたのである。

畑の持ち主は、畑の作業をすることがなくなった。

やがて畑は売りに出され、すぐに買い手がついた。

道幅は広くなることはなく、ぎりぎりまで建物が立った。

見通しの良い畑がなくなり、圧迫感のある道になった。

私道沿いはずいぶん空き家が増え、住む人が減ったが、今もなお車の通行する数は減っていない。

結局私道は狭いまま、いつまでたっても争いごとが消えないままである。

「・・・みんな結局自分の事しか、考えてないってね…。」

ぱん、ぱん・・・。

私は、砂ぼこりと土で汚れてしまった腰のあたりを叩いて…立ち上がった。
…膝が痛いな、スカートをめくると、血が出ている。

「あーあー、裏地に血が、血がー!!!」

狭すぎる道路のど真ん中を歩いていた私は、後ろからやってきたワンボックスカーに激しくクラクションを鳴らされ、道を、譲ったのだが。

・・・避けた先の、土手の砂利で足を滑らせてしまい、転倒したのだなあ。

車のクラクションが鳴り、驚いて避けて、転倒して、思いがけず青空を見上げることになった、私。…惨状には微塵も気付かず、車は走り去ってしまった。

人通りの少ない私道の端で転がっている私に気が付く人は一人もいない。仕方がないので、一人で起き上がって、にっくき道路を睨み付けた、その時。

・・・危ない道だな、この道は。

そう思ったら、物語が、降ってきたのだ。

・・・危ないんだよ、この道は。

そう思ったら、物語が、続いたのだ。

・・・危ない、危ない。

私は膝小僧から血を垂らしながら、物語のかけらをぽてぽてと自分の中に貯め込みつつ・・・親の住むマンションに向かい。

・・・垂れる血を拭おうともせず、パソコンに向かい。
・・・恨みを込めて、この物語を記したという、次第。

…よし、書けた。

無事物語を完結させることができた満足感に浸る、私の耳に。

救急車の、サイレンの音が、聞こえて、来た。



↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/