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オリジナル 【お_50音】

【オリジナル/Original】
1.( 名 )① (複製・模写・翻訳などに対して)原型となるもとのもの。原作。原物。② 独自に創作したもの。
2.( 形動 )独創的なさま。 「 -な発想」(出典:大辞林 第三版)

「今この時代にオリジナルの音楽は存在しません。だから今の音楽家は正確に言えばアレンジャーなんです」

僕が中学に入学してはじめての音楽の授業でのことだ。音楽専任の先生は教室に入るなり、教室全体をゆっくりと見回し、角ばった銀縁の眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、一呼吸置きしっかりとした声でそう断言した。

それは生徒に向けた言葉というより、どこか教室の先の社会のような場所に向けられた宣言のように聞こえた。

「あのおじさんは突然何を言い出すんだ?」教室にいる全員があっけにとられながら脊髄反射的に抗議する表情を浮かべていた。

中学1年生といったらちょうど音楽に目覚め始めるときで、多くの人がお気に入りのアーティストのCDやカセットを夜遅くまで聞き込み(時代だ)、そのアーティストを天才と心酔し、神と崇め始めていた時期だ。そんな彼らにとっての“神”がオリジナルではないと真っ向から批判されたのだ。怒りを顕わにするのもわかる。

徐々にざわめく教室の空気をよそに先生はプリントした楽譜を配り始める。回ってきた楽譜を見て教室がもっとざわめき始める。『魔王』と書かれていた。シューベルト作曲の歌曲だ。

先生は楽譜が配り終えたのを見届けると、『魔王』の歌詞の意味や曲ができた歴史的背景などを淡々と説明して生徒を恐怖のどん底に落とした後(ご興味ある方は検索してみてください)「それでは」とピアノの蓋を開けた。

ふっと息を吐くやいなや、椅子には座らず立ったまま、馬の蹄の音を描いたとされる前奏(とても速い連打だ)を弾き始めた。そしておおよそその風貌からは想像できない美しいテノールで教室の雰囲気を一変させた。

歌い始めた瞬間から教室中の視線と意識が先生の歌声とピアノに向かっていくのがわかった。

生徒の集中が熱となって先生に乗り移り、先生の歌が徐々に強度を増していく。終盤に差し掛かり、先生の気迫というよりは狂気に近い「お父さん、お父さん!」の歌声が耳に飛び込んできたところで僕は目を覚ました。

・・・・・

「面白い先生じゃない」僕の話を聞き終えるとニヤニヤしながら彼女は言った。いつもの喫茶店だ。今日の彼女はホットコーヒーを飲んでいる。

「いや。笑いごとじゃないんだ。この夢を見る度にグッタリして起きるんだから」
「ふぅん。でもさ、わざわざ夢にまで出てくるということは、君は今オリジナルな男になりたいと。そういう願望があるのかな」

「ちょっと言っている意味がわからないんだけど」
「まぁそれはいいとして。最近の世の中って憑りつかれたように“オリジナルであれ”と大合唱しているわよね。あの陣内も言ってたわ」
「陣内?どの陣内?」
「『チルドレン』の陣内。伊坂幸太郎の」

「誰だって自分だけはオリジナルな人間だと思ってるんだよ。誰かに似ているなんて言われるのはまっぴらなんだ」『チルドレン』/伊坂幸太郎

「あぁ。なんというか多様性というポジティブな言葉を隠れ蓑にして単なるわがままをオリジナルと呼んでのうのうとしいてる人はいるな」
僕は最近相談ごとをもちかけてきた一人の男の顔を思い浮かべた。

「音楽とか作品ならいいと思うの。オリジナルであることはすなわち生命線なんだから。でも最近のオリジナルへの希求は少し度を越しているように思うわけ」

「うーん。言われてみればそうかもしれない。人の存在そのものにオリジナルを求めるのは少し引っかかるものを感じるな」

「でしょ。私たちはもともと特別なオンリーワンなんだから。世界にひとつだけの」
「どこかで聴いたフレーズだけど、まぁいいや」

結局そこでその話は終わり、そのあとは青春時代にお互いが好きだったミュージシャンの話で盛り上がりその日は解散となった。

帰宅後、音楽の話の熱に引きずられるように、クラムボンの日本武道館のライブDVDをワイン片手に観ることにした。

ライブ終盤、ボーカルの原田郁子さんが自分の音楽のルーツについてゆっくり話し始めた。

特別歌が上手かったりピアノが上手だった子じゃ全然なかったんです。だからほんとに今こうやって続けてるってことはなんだろうって思ったりするんだけど。
でも10代の頃に自分に居場所がないっていう時期にすごく音楽からいろんなことを教えてもらったんだよね。
その時の灯ってゆうのがたぶん今でもあって。 それは彼ら二人もきっとそれぞれ音楽に助けてもらったような時期があったんじゃないかって。
それが今日来てくれてる皆さんに中にもあるんだろうなって思ったら、「つづけるってことをつづけていく」ことでその灯を絶やさず音楽に恩返しみたいなことができたらいいなって思ってます。
ありがとう。
『clammbon 20th Anniversary 「tour triology」2015.11.6 日本武道館』

先ほどの喫茶店の話が頭を過った。

「つづけるってことをつづけていく」こと。飽きもせず腐りもせず、性懲りもなく。その先にオリジナルという灯が揺蕩っているのではないか。そんなことを飲んだワインのせいで軽く揺蕩った頭でぼんやりと思った。

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