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気分 【き_50音】

【気分】
1 快・不快など、ある期間持続する、やや漠然(ばくぜん)とした心身の状態。
2 その場の雰囲気(ふんいき)。趣。「音楽が会場の気分を盛り上げる」「正月気分が抜けない」「お祭り気分」
3 気質。気性。「さっぱりした気分の人」
(出典:デジタル大辞泉)

「ねぇ、なんで気分で決めたらダメなの?」

まだ暑さの残る9月上旬、逃げるように転がり込んだ喫茶店で、頼んだレモネードの酸っぱさに眉をひそめて彼女は吐き出した。

彼女の話をまとめるとこうだ。

現在彼女はとある消費財メーカーのマーケティング担当であり、新商品のパッケージデザインを任されているのだが、いくつかの案が並べられた中でひとつに絞り、上長にかけあったところ「なぜこれを選んだのか?」と問われた。

彼女は正直に(とても正直に)「気分が上がったから」と答えた。上司の反応は、まぁ大体想像がつくと思う。その上司の反応を思い出してイライラしながら吐き出したのが先ほどの言葉である。

「まぁ。上司の気持ちもわからなくもないけどな」
僕はなるべく彼女の苛立ちを刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。

「じゃあ逆に聞くけどさ、今あなたが着ている洋服は気分で選ばなかったの?」

一体何が何の逆なのか、その辺は聞かないようにして少し考えてみる。

気分というよりは直感かなぁ」
気分と直感は違うの?」
「なんとなく...こう、気分って何か自分の意思とは関係のないものに引っ張られているような気がするんだよね。正月気分とかお祭り気分って言うじゃない?」
気分屋、なんて言葉もあるわね」
「そう。芯がないというか、気まぐれな感じがする。直感は、それまで積み上げてきた経験が背景にあって判断を手伝う役目をしている気がするんだよね」

気分は流されるもの、直観は手伝うもの。なるほど」
と彼女は一応同意の体を見せた。

「でもさ。ほとんどの行動は気分で決まってるわけじゃない?今日の夕飯何食べようとか、喫茶店でレモネードを頼もうとか。ちょっとここのレモネードは酸っぱすぎるけど」
「うん、まぁそうだね」とりあえず同意する。

「それってつまりね、正直であるということでもあると思うの」
だんだん彼女のペースに乗せられ始めているがそのままにした。

「私はね、気分から目を逸らすってことは、正直さに立ち向かえてないんじゃないか、と思うわけですよ」
「思うわけですか」

気分を分かってもらうのは難しいの。そこには高い共感性が必要だから。過ごした時間や嗜好が似ていれば話は早いけど、そうじゃない場合はじっくり対話をするしかないわけ。でもね、それをしないと本当に考えていることなんてお互いに理解できない」
「そうゆうものかな」
「そうよ。私が何にイライラしているかっていうと、あの上司は私との対話を退けた、いや逸らしたってことなのよ」

僕はそこまで聞きながら違うことを思い出していた。

僕と同じ会社にいる少し年上の先輩のことだ。
彼はとにかく業界の知識が豊富で、質問すれば必ずといっていいほど明快な答えを返してくれる。当然ながら後輩からも頼りにされている。

しかしながら“わかって”しまっているが故に、遅々と進まない物事に我慢ができずにいつも会議では皮肉をぶつけてしまう。
「なんで僕らはこんなところで足踏みしているんでしょう?」と、それこそ会議を足踏みさせるような発言をしてしまう。

そんな周りの空気を彼自身はまったく気にしていないようで、それがまた周りを困惑させてしまう。

「なるほど。気分屋は皮肉屋と同じくらい煙たがれるというわけだ。たとえそれが正直な気持ちだとしても」と僕は口にしていた。

僕の発言を受けてか、突然彼女は「あっ」と声をあげた。
「わかった。気分の反対は慎重じゃないよ、忖度だよ!」
彼女は自らの言葉に満足したのか勝ち誇った表情を浮かべレモネードを勢いよくすすった。

案の定、「酸っぱいわね」とまた眉をひそめた。

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