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クーデ・シャルル物語

<出会いとは偶然にそして必然にやってくる>

ブランスとイタリアは仕事で何度も行っているのだが、ベルギーという国には馴染みがなかった。舌の信用出来るパリに住んでいる友達がぜひ行けというレストラン&ホテルがフランスとベルギーの国境沿いのベルギー側にあるという。機会を見つけてフランスのリールまでTGV(フランス新幹線)に乗って、そこからレンタカーにてそこへ行く計画を立てた。リールという所は地理の授業で鉄鋼業の都市という認識があるので、かなり暗く重いイメージであったが、行ってみるとクールで洒落た街であった。

ありがたいことにレンタカーには頼みもしなかったカーナビが付いていたので大幅には迷うこともなく目的のエリアに到着する。国境を超えるとフランスの景色から一気にベルギーの景色に変わる。何が違うかと言えば建物の感じが全く異なり、空気さえ違いを感じるほどだ。EUになってから国の行き来は自由で簡単となり、ただ国境の標識があるだけなのだがそこを境に雰囲気が違うというわけだ。多くの国を知っている訳ではないが、フランスからイタリア、スイス、スペイン等・・・と同じ道路なのに国境を超えると一気に世界が変わるのを感じることが多い。

Google MAPより映像拝借 ベルギーとの国境 看板のみ


Heuvelland という所はひっそりと静かな所であるのだが、道の名前と何番地という番号だけで当時の技術ではカーナビでもよくわからないらしい。工事中で通行止めの場所があったというのもあったが、あちこち遠回りして田舎道を運転してこの界隈の自然に触れることになった。それも悪くはないが時間ばかり過ぎて到着しないのもまずいので道を聞くことにした。しかし、人は歩いていないしお店もない。たまにすれ違う車を停めるのも気が引ける・・ こういう時は時々ある民家に入って聞くことになる。だいたいこの界隈はフランス語圏なのかオランダ語圏かも分からないので  (いずれにしても分からないには変わらないのだが・・)  英語にて質問することにする。出てきたおじちゃんは英語が分からず、付いてこいと手招きして家の中入れてくれた。奥にいた娘に通訳をしてもらって色々と答えてくれた。知らない外人を家の中に入れてまで答えてくれるというのは大変親切だ。別件だがベルギー人は良い人比率が高いと思う。

一応この辺ではミシュラン星付きレストランの In de wulf と言えば有名なので行き方を教えてもらう。ちなみに今は閉店してその場所は別経営のホテル・レストランとなっている。教えてもらった方へ向かうと小さくて黄色い看板があったのでそれに従う。この界隈は本当に田舎で牛の放牧地や見渡す限りの畑の中の道を進む。

 写真のような細い道を延々と走って In de wulf を目指す。間もなく到着・・という時に狭い道路を全面使ってトラクターのような農耕車がこっちへ向かってゆっくりとやってくる。どう考えてもすれ違うのは不可能だ。こういう時は乗用車のこっちが道を譲るのがマナーというもの、それ以外は考えられない。何十メートルかバックするのを覚悟した直後に横道にあった駐車場を発見してそこに入り農耕車をやり過ごす。

↖︎ これが駐車場

駐車場には車が数台停まっていた。よく見ると駐車場の隣にあるレンガの建物の壁にはなんと青いビールの看板が付いている。そうかここは田舎の飲み屋なんだなと理解する。

この日はレストランへ行く日なので食べるわけには行かないが地元の美味しいベルギービールなら少し飲めそうだ。車から降りて覗いてみると何人か飲んでる様子。先にホテルのチェックインを済ませてここへ再度出かけて来る。当時は Hoegaaden(ヒューガルデン)のような白ビールが大好きの時代だったので現地の美味しい白が飲みたかったのだが、結果は予想外の方向へ進むことになる。お店の名前は De Kauwackers.。Googleにて地図を調べると本当にフランスとベルギーの国境近くなのと、今は in de wulfは閉店なのでこの名前のホテル・レストランになっている。赤いのがこの飲み屋。

外のテラスに座って2人で1杯だけ飲むことにする。もちろん白ビールを頼むつもりなのと、日本では生ビールと呼ばれるタップの方が瓶よりも美味しいという当時の認識があるので店内に入って、カウンターにいる若い女性にタップビールを頼んだ。

写真は別の時・・彼女かどうか分かりません

White beer please. と言ったが、英語が分からない様子。私はオランダ語は全く知らないので少しだけなら分かるフランス語で白のBlanc(ブラン)を使って ブラン ビエール シュルブプレ(白ビールお願いします)と伝えて4本あるタップを指差してゲンコツを握ってタップを引く動作をしてみる。彼女はああ ブラン ね・・とニッコリと分かった風なのでまんざら私のフランス語も伝わるものだと思っていた・・・飲めるのは小麦ベースの乳白色のビールを期待していたが、出てきた液体は茶色・・それも真っ黒に近い濃そうなやつ。うっ・・と思ったが間に合わない。あああ、Blanc(ブラン)は英語のBrown(ブラウン) と聞こえたのだな・・と数秒後に理解する。調べるとオランダ語でも BRUNE ぶるぅん (茶色) だった。こっちの発音が悪いのだから文句を言えるはずもなくそれはそれでいいのでそれを飲むことになる。外で待っていた妻は茶色の液体を見て嬉しくない様子。ブランと言ったらブラウンが出てきちゃった・・と言い訳をして飲んでみる。
 
  <出会いとは偶然にそして必然にやってくる>


 飲んでみると

・・・
・・・
・・・

すげぇ美味いぞ!! 今まで体験したことがない味。妻に飲ませてみて反応を見たら目が大きくなっている。次に私が言った言葉は 「もしかしたらこれは人生で1番美味しいビールじゃねぇか?」 もちろん妻も大ご機嫌。ちょっと酸っぱくてフルーティーでワインみたいというより甘めの黒酢ジュースのようだ。後でわかったがこの手のは (サワー) レッドビール とか BRUNE というカテゴリーに入るらしい。フランダース地方の特産品のようだ。とにかく衝撃的なデビューとなり、後々これを探し歩くハメになる。この時から私の中でビール部門NO1の地位は今の所ずっと変わらず。そして、次の日も帰る前にここへ立ち寄りその他残り3種のタップビールを飲んでみたが昨日の衝撃的さは無かった。

Queue de charrue BRUNE

そのビールの名前は Queue de charrue BRUNE (クーデ・シャルル ブルーン)、この文のタイトルともなっている。このクーデ・シャルルというのはオランダ語で鋤(すき)の意味だそうだ。畑を牛で引いて耕すときのスキの名前というわけ。そういえば図柄はそうだなと思う。Google翻訳の言語を検出するで調べてみるとフランス語になっていて、オランダ語ではカタカナになるだけなのでこれはフランス語なのかもしれない。

我が家で・・思わずグラスも買ってきた

帰国後色々と調べるとここの近くの町 Ploegsteert の名前があるのと販売元も分かったので町へ行けば気軽く飲めると思ったが、この看板が出ているお店でも BRUIN の生は置いてない所だらけで7-8軒探しても見つからなかった。瓶でよければ時々なら探すこともできるのだが (でもこの界隈でしか売ってない) 生は置いてない。偶然入ったあの店は唯一生が飲める所と分かった次第。その後この生を飲むためにこのレストランへ数回通うことになる。

更に調べてここのBRUINはOEM (original equipment manufacturer  他社のブランドで製造すること) で他の会社が作ってるのを発見。現地なら新鮮なのが飲めるか・買えるかと思って少し離れた工場まで行ってみたが、残念ながらそこでは販売も工場見学もやってなかった・・・そこは ヴェルハーゲ醸造所 Brouwerij Verhaeghe Vichte

そして更に発見したのはこの醸造所の代表作、ドゥシャス・デ・ブルゴーニュ DUCHESSE DE BOURGOGNE 。ワインの名前みたいだが、これはビールの商品名。成城石井やビールの輸入商店で売っていて、まぁ日本でも時々見ることが出来る。

これは大瓶

2本並べて飲んだ事ないので違いが分からないのだが、組成は少し違うが私のNo1ビール クーデ・シャルルと同じ味だと言っていい。日本でも都会には時々存在するベルギービール屋へ行けば飲める確率はかなり高い。機会があったら飲んでみて欲しい、多分気にいると思う。そして つ・い・に ピンクの像が目印 銀座のベルギービールレストラン デリリウムカフェ でクーデシャルルの生が飲めるのを発見した。ま、その樽の在庫があるかどうかによるのだがその時はあったので、すっ飛んでいって飲んだものだ。味はプラシーボ効果もあるかもしれないがベルギーで飲んだのと同じ。その後ベルギーには何度か行っているが、これの生を飲めるのは今の所あそこと銀座だけだ・・・ 
 
もう一度、 <出会いとは偶然にそして必然にやってくる>
あの時トラクターが前から来なかったら発見するのは大幅に遅くなるか一生出会えなかったかもしれない。



#創作大賞2023 #エッセイ部門


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