【読書メモ】ゴッフマンを初めて読むならこの一冊!:『儀礼としての相互行為<新訳版>』(アーヴィング・ゴッフマン著、浅野敏夫訳)
ゴッフマンに以前トライした時は訳になじめず断念したのですが、本書は読めました!訳者は、後書きにおいて「社会学にもゴッフマンにもまったくしろうとである」(p.321)と謙遜されていますが、大変すばらしい訳です。ゴッフマンを理解するための最初の一冊は本書が良さそうです。今回は、ゴッフマンの考え方の概要を知ることができる第1章についてまとめます。
面目
本書の鍵概念の一つに面目(face)があります。日常的にも「面目ない」とか言ったりしますが、その面目です。以下のように定義づけています。
定義を読んでもよく分かりづらいのですが(失礼!)、他者の面目を尊重したり、自身の面目を大事にしたり、というように面目を取り巻く相互行為は私たちが生きる社会において生じます。
少し長いですが、イメージしやすいと思うので引用しました。「「当面の」受容であって、「本物の」受容ではない」という部分は、相互受容は動的なプロセスであり静的なものではないということを強調したいのでしょう。
面目と行為
こうして面目と社会における行為とは密接に関連するものとなります。両者の関係についてゴッフマンは以下のようにまとめています。
冒頭で見た通り、面目には社会的価値が付随します。自らの行為を社会的価値へと繋げていこうとすることを面目ー行為というようにゴッフマンは述べていることが分かります。
二つの自己
面目ー行為には自己が関連するわけですが、自己には二つの意味合いがあります。
ミードで言えば前者がmeで後者がIということになりますね。このあたりはいかにも相互作用論の香りが漂う論調です。
儀礼
こうして二つの自己の役割から儀礼が登場します。
ゴッフマンといえば儀礼ですが、面目、行為、自己と説明がなされてから論じられると、ようやく、なんとなく(?)儀礼というものがわかったような気がします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?