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【読書メモ】『知識労働者のキャリア発達』(三輪卓己著)

優れた学術書は、①全体構成がわかりやすく、②先行研究が整理されていて、③示唆の納得感があります。本書は①〜③を充分すぎるほど満たした良書であり、かつキャリア発達を扱ったものなので参考になるところが多く、今後も何度も読み直すことになりそうです。

ニュー・キャリア論の先行研究

本書が対象とするのは、ソフトウェア技術者とコンサルタントという知識労働者です。知識労働者のキャリア発達のプロセスを明らかにするために著者が着目しているものが、組織に委ねることなく個人が主体的にキャリアを形成するニュー・キャリア論と呼ばれる理論群です。

具体的には、バウンダリーレス・キャリア、プロティアン・キャリア、キャリア自律という三つを中心に捉えて、プロセスの可視化を試みていると言えます。精緻な先行研究についてはぜひ本書を紐解いていただくとして、これら三つの理論に共通する考え方として、学習行動がキャリア発達を促すという学習論のアプローチを重視しているとしています。

発見事実と理論的・実践的示唆

定量的・定性的調査の結果として明らかになった発見事実として、知識労働者の職務役割の複雑さを端的に以下のようにまとめています。

複雑な特徴を持つ彼(彼女)らは、技術者らしくないことや、ホワイトカラーらしくないことにも従事しなければならず、むしろその活動が彼(彼女)らの仕事の成否を左右してしまうと考えられるのである。知識労働者のキャリア発達とは、このような複雑さの体得のプロセスといえるのかもしれない。だからこそ、キャリア志向の複合化が彼(彼女)らのキャリア発達において重要になるのではないだろうか。
264-265頁

知識労働者のキャリア発達を複雑さの体得のプロセスという言葉に集約されている点はすごいなと感じます。この複雑さの体得は複合的なキャリア志向として顕在化し、複合的なキャリア志向が仕事の成果、満足度、学習の向上に寄与することを実証的に明らかにしています。

キャリア志向についてはE.H.シャインのキャリア・アンカーを用いて調査していて、具体的には経営管理志向と専門自律志向の複合化と専門自律志向と社会貢献志向の複合化が学習を促進することが調査の結果として出ています。

これらの結果を踏まえて、キャリアをすすめる主体が組織から個人に移って自律的なキャリア形成が求められる時代においても、組織を軽視した働き方は本人にとっても望ましくないと実践的示唆の箇所で述べています。組織に依存するのでもなく、自己本位でキャリアをすすめるのでもなく、組織を学習の場として主体的に活用するというスタンスが求められているのではないでしょうか。


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