【読書メモ】エンプロイアビリティの過去と現在:『働く人のためのエンプロイアビリティ』(山本寛著)第1章
同じ言葉を用いていても、時代や場所によって意味合いが異なる、ということはよくあることです。エンプロイアビリティも同様で、『働く人のためのエンプロイアビリティ』の第1章では時期や地域によってどのように意味内容が変化してきたのかを山本先生が丁寧に論じておられます。今の時代に活かすという文脈でも、歴史的変遷を踏まえることは大事だと感じました。
六つの時代区分ごとの意味合いの変遷
ではエンプロイアビリティという概念が現れた20世紀初頭から、順を追って、意味内容の変遷を見て行きましょう。
1.黎明期(20世紀初頭)
①雇用が不可能で福祉的な対処が必要な人々と、②雇用が可能で仕事を探している人々、という二分法で捉えるエンプロイアビリティ(dichotomic employability)として概念が始まりました。
2.社会政策的観点の重視(1950年代)
第二次大戦後の労働力不足という時代背景からエンプロイアビリティの意味が変わってきました。身体的・精神的・社会的に働きづらい方々を対象に、そうした方々の労働市場における位置付けの向上を目指す社会医学的エンプロイアビリティという意味へと変容しています。
3.能力と態度の重視(1950年代から60年代)
アメリカを中心にして、完全雇用を目指すために個人の能力や態度と労働市場での需要とのギャップを測り雇用対策として対応することが求められるようになりました。そのため、マンパワー政策としてのエンプロイアビリティという意味合いとなっています。
4.移転可能な知識とスキルの重視(1970年代)
1-3までのエンプロイアビリティが、個人の職務獲得および労働市場の需給バランスの達成といった一時点でのものだったのに対して、現在のポジションを維持したり次の職務へと移行するという中長期的なものを視野に入れるように概念の意味内容の時間軸が伸びました。労働市場におけるパフォーマンスとしてのエンプロイアビリティと呼ばれているようです。
5.多様化とキャリアへの影響の重視(1980年代)
1980年代において、企業が環境変化に対応するために社員の柔軟な配置を行うための人的資源管理の観点からエンプロイアビリティを用いるようになりました。つまり、ここまでの個人の観点に加えて、企業の観点としてもエンプロイアビリティは用いられるようになったわけです。日本における2000年前後から敷衍したエンプロイアビリティはこの5.の意味合いとして受容されたと考えられます。
6.さらなる多様化と拡散(1990年代)およびそれ以降
労働市場の関係者、組織、個人といった多様なステイクホルダーの間で共同しながら、エンプロイアビリティを向上させていくという相互作用としてのエンプロイアビリティという意味へと変容してきたとしています。日本では、まだここまで変化しきっておらず、5.の状態がメインと言えるかもしれません。
地域差
ここまで述べてきた六つの時代区分は、大まかにはアメリカとヨーロッパにおけるものと言えます。ただ、両者においても差異はあると山本先生は述べられています。
ヨーロッパにおいては企業の社会的責任という観点からエンプロイアビリティが論じられる傾向が強いとされます。他方でアメリカにおいては、「外部労働市場における雇用可能性すなわち転職できる能力」(24頁)という意味合いで語られるものが多いようです。
マニアックな補足
エンプロイアビリティの意味内容の変遷について、どこかで最近見たなと思ったのですが、Guilbert et al. (2016)でした。
上記の論文も本書もGazier(1999)を引用しているので、Gazierさんの影響を受けてこのような時代区分と意味合いの変遷を述べているようですね。