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「君に叱られた」:乃木坂46楽曲の歌詞が権力側の目線で書かれるようになっている問題について考える

乃木坂46の楽曲にはスクールカースト下層もしくは、そのスクールカーストのピラミッドからもはずされてしまったような者たちにとってのアンセムとも呼べるような神曲が多い。

その代表曲は言うまでもなく「君の名は希望」だ。

この曲をはじめ、「何度目の青空か?」や「今、話したい誰かがいる」、「いつかできるから今日できる」、「帰り道は遠回りしたくなる」といった楽曲の基本コンセプトは、いじめやパワハラの被害者、あるいはそこまで行っていなくても、学校や職場で無視されたり、空気のような扱いを受けていて、世間的には負け組とされている者たちが、「人生は捨てたものじゃない」として生きる希望を見つけていくという、人生応援歌的なメッセージ・ソングになっている。

でも、最近の乃木坂の応援ソングは何かがおかしい。歌詞に並べられた単語やメロディ、アレンジなどを見聞きしたり、MVを見たりする限りでは、そういったこれまでの神曲の延長線上にあるように思えるが、明らかに伝えているメッセージは真逆のものだ。

たとえば、1月リリースの「僕は僕を好きになる」では、自分を無視している人間に対して自分も無視し返すのは良くないと訴えている。

一見、「君の名は希望」などと同じく、人生を前向きに生きようと訴えているように見えるが、それは、自分に対していじめやパワハラをしている人間を容認しろと言っていることと同じであり、結局、権力には逆らうな、長いものには巻かれろと洗脳しているに過ぎない。

そして、最新シングル「君に叱られた」でも同様の違和感を抱いた。

歌詞の内容を大雑把にまとめれば、いくら正論を主張しても、多くの人にとっては忙しくてそんなことには構っていられないものなんだから、そんな主張は迷惑だから、黙っておけという感じになるのではないだろうか。

つまり、これって、野党や野党支持者に対する批判なのではないだろうか。

明らかに、第2次安倍政権以降の自民党のやっていることはおかしい。でも、自民党を批判すると反日・在日扱いされるという風潮が蔓延してしまったせいで、政権批判しにくい雰囲気が醸成されてしまった。
そして、それでも批判を続ける野党や野党支持者、一部マスコミは、迷惑な存在のように扱われるようになった。
この曲の歌詞は、そうした批判しない人たちが正しい国民のあり方であり、空気を読まず、正論をふりかざす連中は非国民だと言っているようにしか思えない。

元々、秋元康は上級国民だ。ほとんど、苦労らしい苦労もなく(喘息という身体的な苦労はあったようだが)、高校生時代に業界入りのチャンスを手にしてしまっている。
そして、1982年に稲垣潤一“ドラマティック・レイン”がヒットして以降、約40年間、作詞家としてヒット曲を量産し続けている。
この間、ヒット曲の出なかった時期なんてほとんどない。邦楽だろうと、洋楽だろうと、40年間絶え間なくヒット曲を出し続けてきたソングライターなんていないからね。

なので、彼の思想が権力側に近くなるのは至極当然のことだし、実際に五輪パラリンピックの組織委の理事や企業の顧問も務めている。
さらに、妻が元人気アイドルというのも勝ち組の証拠だ。現在、40代後半から50代くらいの男の中に秋元康を批判するのが多いのは、おニャン子クラブの人気メンバーだった高井麻巳子と結婚したことに対する怨みや嫉妬から来ているのは間違いないしね。

ところが、そんな権力側の人間であるにもかかわらず、何故か、作詞家としては、ちょくちょく反権力的な楽曲を発表していたりもするのが秋元康の魅力でもあった。

そうしたタイプの楽曲の代表曲は言うまでもなく、欅坂46の「サイレントマジョリティー」である。権力に対してイエスともノーとも言わないことは、結果として、どんなに酷いことをしていても容認したことになるんだぞと訴えているこの曲は誰もが、当時の第2次安倍政権に対する批判と思ったはずだ。

また、指原時代のHKT48のライブでの重要なレパートリーとなっていた「ロックだよ、人生は…」では、かつてのパンクが持っていた権力批判というか、大人なんて信じるなという思想が展開されていた。

それから、AKB48の「僕たちは戦わない」や「翼はいらない」といった楽曲は左翼的メッセージの強さから、AKBグループのファンに多い中高年ネトウヨ層からは酷評されてしまったくらいだ。

そして、先述した乃木坂のかつての一連のメッセージ・ソングもこれらの系譜に連なる作品だと思う。

よく考えると、これらの反権力ソングって、第2次安倍政権時代に発表されているんだよね。
もしかしたら、上級国民であり、権力側の恩恵を受けていた秋元康でさえも、安倍政権に対しては何かがおかしいと感じていたのかも知れない。

でも、安倍政権が終わり、単なる場つなぎでしかない(実際に1年で終わってしまうし)菅政権に対しては、怒りも何も生まれない、創作意欲がわかないということなのだろうか。

あるいは、コロナ禍に入って、長らく続いていた握手会などの接触イベント商法というものができなくなり、自身の儲けにも影響が出てきてしまい、イベントの自粛を訴えるのは左寄りの人間が多いことから、そうした者たちへの怒りが増長され、保守思想が増してしまったということなのだろうか。

本当、ここ1年くらいの秋元康って、クソ曲か、権力側の洗脳ソングが多いんだよね…。

まぁ、HKT48の「君とどこかへ行きたい」のように、一見、タイアップ企業の依頼に沿って作ったよくある青春ソングのようでいて、よく歌詞を読むと、コロナの収束・終息を願うメッセージが込められているなんていう良曲もあることはあるんだけれどね。

《追記》
それにしても、最近、乃木坂はCDシングルを出すたびに主要メンバーが卒業していて、カップリングにはその卒業メンバーの卒業記念ソロ曲が収録されるというのがお約束になりつつある。
この2年間にリリースされたCDシングル5作品は全てそのパターンだしね…。

2019年9月リリース
“夜明けまで強がらなくてもいい”
桜井玲香ソロ曲“時々 思い出してください”収録

2020年3月リリース
“しあわせの保護色”
白石麻衣ソロ曲“じゃあね。”収録
表題曲のセンターも白石麻衣

2021年1月リリース
“僕は僕を好きになる”
堀未央奈ソロ曲“冷たい水の中”収録

2021年6月リリース
“ごめんねFingers crossed”
松村沙友理ソロ曲“さ〜ゆ〜Ready?”収録

2021年9月リリース
“君に叱られた”
高山一実ソロ曲“私の色”収録

ってな感じだからね…。
自分みたいに複数バージョンを買わない主義の人間は結局、卒業ソロ曲入りのものを毎回買うことになってしまうんだよね…。

AKB48グループのCDシングルも最近、カップリングに卒業メンバーのソロ曲が収録されることが多いけれど、乃木坂ほど毎回って感じではないからね…。

しかも、この5人以外にも卒業ソングが作られてもおかしくないレベルのメンバーが何人も卒業しているからね…。

となると、乃木坂はCDシングルを出すたびに人気メンバーが卒業するということになるわけだし…。

2019年は、NGT48“暴行事件”の発覚により、AKBグループ全体のイメージが悪化し、その影響で同じ秋元康関連の接触系アイドルである坂道シリーズもCDをリリースするローテーションが崩れ、CDシングルを2作しか発表できなかった。

また、2020年はコロナの影響で接触系イベントが開催できなくなったため、CDシングルは1作しかリリースしなかった(これに加えて配信シングル2作は発表しているが)。

しかし、オンラインイベントなど新たな稼ぎ方を模索するようになり、今年は2013年から2018年までの年3作リリースのローテーションに戻っているので、おそらく、来年の第1四半期あたりに2022年最初のCDシングルがリリースされるのではないだろうか。

そして、その頃までにまた、主要メンバーが卒業を発表するということなのだろうか。

まぁ、いつ卒業してもおかしくないほど、グループ外での仕事が充実しているメンバーもいるからね…。
あと、最近、村外仕事が増えたメンバーもカウントダウン状態かもしれないしね…。

この2年間に卒業ソングが作られた元メンバーのうち、2人は自分の推しランキングのトップ3に入っていた人だからな…。

この人たちのかわりにトップ3入りしたメンバーの卒業とかはもうしばらく後にして欲しいな…。

というか、この2年9ヵ月ほどの間、ずっと推しメンのランキング首位になっている人の卒業だけは、もっともっと後にして欲しいな…。
事実上、今のグループの顔だと思うしね。

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