バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ
正直なところ、映画や音楽などのエンタメは2000年以降、新たなジャンルなんてほとんど生まれていない。
2010年代に洋楽シーンで流行ったジャンルとしては、EDMやトラップがあげられる。
前者に関しては、90年代にケミカル・ブラザーズやザ・プロディジー、アンダーワールドなどロック的、パンク的要素を持ったエレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージックがエレクトロニカと呼ばれたように、カントリーやポップ・ミュージックと結びついたエレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージックがそう呼ばれれているものだと思う。
後者に関しては、マンブル(念仏)ラップとも呼ばれたりもするが、そうしたスタイルのラップでは、ボーン・サグスン・ハーモニーが既に90年代に成功を収めていた。
K-POPだって、完全に新しい音楽ではない。K-POPという言葉が流行りはじめた頃、自分は洋楽とJ-POPのおいしいどころどりした音楽だなと思った。最近はJ-POP要素はほとんどないけれど、新旧の洋楽に影響を受けたジャンルであることは間違いないと思う。ここ最近のBTSの英語歌唱曲もそうだし、TWICEの最近の楽曲(日本向けは除く)もそうだが、80年代っぽいのは、デュア・リパやザ・ウィークエンドなど80年代風音楽で人気を集めているアーティストがトレンドとなっているのを、言い方は悪いがパクったものだと思う。
というか、80年代リバイバル的な音楽なんてのは、それこそ20年以上、良くも悪くもトレンドとなっている。00年代前半にニュー・ウェイヴとブルース・スプリングスティーンの融合のようなサウンドで人気を集めたザ・キラーズが今ではベテラン扱いになっているほどだ。
そして、ここ最近は、90年代リバイバル的な音楽をやるアーティストも増えている。
特に目立つのが当時、音楽シーンを塗り替えてしまったオルタナ系アーティストやその楽曲に影響を受けたと思われるアーティストが同時多発的に世に出ていることだ。
しかも、女性アーティストによってリバイバルされているケースが目立つ。
米国では、言うまでもなくオリヴィア・ロドリゴが代表格だ。
英国ではフィリピン系のビーバドゥービーが分かりやすい例だと思う。
そして、当時、洋楽オルタナが根強くまでに時間がかかった日本ですら、最近は90年代洋楽オルタナっぽい音楽をやる女性アーティストが増えている。
“1999”という楽曲がある羊文学や、“1997”という楽曲があるリーガルリリーもそうだし、活動休止となってしまったが、BiSHのアユニ・Dのソロ・プロジェクト、PEDROのサウンドはもろ、90年代USオルタナだ。
さらにいえば、あいみょんにもオルタナの影響を見ることができる。彼女の
“さよならの今日に”を聞けば、洋楽ロック好きなら、94年にデビューしたウィーザーが2001年にリリースした“アイランド・イン・ザ・サン”の影響下にあることを感じるのではないだろうか。
こうした90年代リバイバルの流れは音楽界のみならず、映画界でも起きている。
90年代によく作られていた、おバカで下品だけれど、ちょっとハートウォーミングなコメディ映画のテイストが復活したかのような「フリー・ガイ」は分かりやすい90年代リバイバルの例だと思う。マライア・キャリーの95年の大ヒット曲“ファンタジー”を効果的に使っていたしね。
また、ほとんどカンフー映画みたいだったマーベル作品「シャン・チー」で主人公の両親が出会った年が1996年と設定されていたのも印象的だった。
この年は、ジャッキー・チェン主演の「レッド・ブロンクス」が香港映画として初めて全米興収ランキング初登場1位を記録したほか、ジョン・ウー監督がハリウッドでメガホンをとった「ブロークン・アロー」も全米興収ランキング初登場1位となった。カンフー映画、香港映画好きにはたまらない年だったからね。
同じマーベル原作映画では、「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」も96年の描写がある作品だった。
そして、本作は98年の世界を舞台にした作品だ。
だから、何かアクシデントを解決する際にスマホやタブレットに頼るなんていう場面は出てこない。なので、連絡ツールとしてポケベルが出てきたりする。
日本では、この頃にはポケベルはオワコンになっていたが、米国ではまだ現役だったんだよね。
CDの普及とか、ポケベルの衰退といったあたりまでは日本は世界の最先端に立っていたけれど、ちょうど、この頃に出回るようになったDVDあたりから日本は世界に遅れるようになったって感じかな。
そんな時代を描いた作品なので、当然、挿入歌にも当時のヒット曲が使われている。
でも、予告編でフィーチャーされていた4ノン・ブロンズの“ホワッツ・アップ”はほんのちょっとしか使われていなかったので、ちょっとガッカリ…。
それから、ジェニファー・ペイジ“クラッシュ”も使われていたが、これは久々に聞いたので、懐かしさがこみあげてきたって感じだった。
あと、そういえば、「バイオハザード」って、本来のジャンルはホラーだったよねということを思い出させてくれる作品だった。
まぁ、このリブート版でシリーズ化を狙っているような感じの終わり方だったよね。
というか、この作品を見ていると、90年代の話というよりかは、今の話にしか思えないんだよね。
作中ではっきりとゾンビとは言及されてはいないけれど、ゾンビのようになってしまうウイルスというのは嫌でも新型コロナウイルスのメタファーに見えてしまう。
このリブート版の企画はコロナ前から動いていたようだが、今、公開するということは、少なからず、意識はしているはずだしね。
警察官など“上級国民”にはゾンビ化を防ぐワクチンの接種が優先されているみたいな話が出てきたり、ウイルスを使った人体実験は陰謀論だと笑う人が出てきたり、本当、コロナの話にしか思えない。
そして、本作のラストでは「民間の生存者:0」と表示されるが、本当、これもコロナ禍の描写にしか思えない。
結局、ゾンビ化するウイルスがまん延する世界も、コロナ禍の世界も無理ゲーなんだよね。
ゾンビから逃げ回る生活を延々と続けるよりも、いっそのこと、ゾンビになって意識がないまま、死んだ方が楽なんじゃないかと思うように、コロナに感染したら、仕事をどうしよう、チケットを購入しているライブをどうしよう、予約したレストランどうしようとか考えつつ、感染しないように怯えながら生活を送るよりも、全人類がかかった方が楽なんじゃないかって思うことあるしね…。まぁ、かかりたくはないけれどね。
というか、本作のエンド・ロールを見ると、コロナ対策の医療スタッフも映画のスタッフとしてクレジットされていて驚いた。
数十年後、若い映画ファンが、このクレジットを見たら、“あれって何だ?”って思うのかな?
それとも、数十年経っても、with コロナ生活は続くのだろうか?
《追記》
なんなんだ、TOHOシネマズ日比谷のスタッフ!
“ありがとうございます”と言っておきながら、その後に“チケット拝見します”って…。チケットを確認していないのに、“ありがとうございます”って言うなよ…。
典型的な2つのことを同時にできない。マニュアル通りの順番でないと仕事ができないタイプなんだろうね。
おそらく、このスタッフはチケット確認、体温測定の確認の順番でしか作業ができない。
でも、先に体温測定器が反応してしまったので、それに対して“ありがとうございます”と言ってしまった。でも、自分の中では2つの作業を同時にできないし、体温確認は後にやると決めていたので、チケット確認はできなかったってことなんだろうね。
2つの作業に同時に対応できないなら、こういう仕事は向いていないと思うな。
そういえば、終盤、ゾンビのようなものから逃げるために列車に乗ったけれど、なんか、「カバネリ」を思い出した。本作は原作ゲームに基づいたリブート作品ということだから、発表順から考えると、もしかすると、「カバネリ」の元ネタって、「バイオハザード」なのか?
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