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Coda コーダ あいのうた

同じろうあの人たちを描いた映画でも、先週見た台湾映画「無聲」とは全くタイプの異なる作品だった。
「無聲」は後味が良くない系の作品だしね(駄作ではない!)。

これまでの賞レースの受賞・ノミネート状況を見ると、本作はアカデミー作品賞にノミネートされる確率はかなり高そうだ。
前年度はコロナの影響で対象期間が2020年1月から2021年2月と通常より2ヵ月多かったが、今回は通常の12月締めに戻っているので対象期間が2ヵ月短くなっている。
また、ここ最近のノミネート枠は「5〜10本」と変動的になっていたが(実際ノミネートされたのは8〜9本だった)、今回は12年ぶりに得票率に関わらず「10本」となっている。

こうした事情もあり、通常の年だと当落線上にあるような作品でもノミネートされる率が高まっているのが現状だ。「ドライブ・マイ・カー」に日本映画初の作品賞ノミネートの可能性が高まっているのには、そうした要因もあると思う。

そして、こうした事情が通常の選考では無視されがちな続編ものやリメイク作品の評価にもつながっている。

シリーズものでいえば、記録的大ヒットとなっている「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」の作品賞ノミネートの可能性に言及する声が多いのもそうだし、リメイク作品でいえば、これまでの賞レースで健闘している「ウエスト・サイド・ストーリー」や「DUNE デューン/砂の惑星」のノミネートがほぼ確実と見られているのも、こうした資格保有作品が少ないことも影響しているとは思う。当落線上にある「マクベス」も言うまでもなくリメイク作品だ。ちなみに本作はフランス映画「エール!」のリメイクだ。

そして、本作はApple TV+配信用映画でもあるが、日本ではギャガの配給で普通に劇場公開されることになった。同じアップル作品の「マクベス」は配信に先駆けた限定的な劇場上映だったのに、この違いはなんなんだろうか?オリジナルのフランス映画の知名度が日本ではそこそこあるから、アップルが配給権を得る前にギャガが接触していたってことなのかな?

それにしても、今回、作品賞ノミネートの可能性が言及されている作品には、ここ何年かの傾向同様、配信映画が多いようだ。前日したアップルの2作品をはじめ、最近の賞レースには欠かせない存在となっているNetflix作品では「パワー・オブ・ザ・ドッグ」がノミネート確実だし、「ドント・ルック・アップ」もかなり可能性が高いと見られている。さらに、「tick, tick... BOOM!:チック、チック...ブーン! 」にも可能性が残されている。
また、ワーナーの「DUNE」は米国ではHBO Maxで同時配信された作品だ。

そろそろ、賞レースのノミネート資格を得るために劇場で先行上映したりする作品は通常の作品とは別に、配信映画賞みたいなカテゴリーで分けた方がいいんじゃないかなという気もする。

作品自体の印象についても語っておこう。

一言で言えば、かなりベタな展開だった。というか、何か朝ドラみたいだった。でも、泣けた。
まぁ、途中で音楽の話からそれてしまって、気づいたら校内コンサートというクライマックス的シーンになっているのはどうかとは思ったけれどね。
そして、この校内コンサートのシーンでは悪名高き「BECK」でも使われた、天才的な音楽の才能を持つ登場人物のパフォーマンスなのに、その肝心の音声が聞こえないという演出が導入されている(正確には途中まではきちんと聞こえている)。

でも、主人公の家族はろうあ者だから主人公の歌声を聞くことができない。だから、家族の視点になれば音が聞こえないのは当然であり、家族が他の観客の表情やリアクションで主人公のパフォーマンスが優れているか否か、観客に支持されているか否かを判断しなくてはいけない。それを無音にすることで表現しているのだから、これは非常に意味がある演出だったと思う。

このシーンのあと、もう一つのクライマックスであるバークリー音楽院のオーディションではきちんと素晴らしい歌声が披露されているんだから、コンサートのシーンでの無音演出は成功していると思う。

他の映画を思い浮かべるといえば、「ダーティ・ダンシング」っぽいシーンもあった。川みたいなところでレッスンっぽいことをしてじゃれているうちに男女の仲が進展するってのは明らかにそうだよね。あちらはダンス、こちらは音楽とちょっと違うけれど、広義ではエンタメ界でのしあがろうとする若者の話には違いないから、意識はしているような気もするな。

それにしても、この作品を見ると米国人も結構、日本人と似たような感情を持っているんだなというのがよく分かる。

主人公が自分の歌声をバカにされるんじゃないかと思い、恥ずかしくなって逃げ出すシーンなんて日本の映画やドラマでもよく見かける場面だしね。

それから、主人公一家が生業の漁業を続けるにあたって、漁協に頼るべきか否かみたいな描写も途中で出てくるけれど(そのおかげで中盤、音楽絡みの話が停滞してしまう)、これって、日本の農家とJAの関係にも通じるよね。

漁協(JA)に加入すれば、全く取れ高がなかった時でも、ある程度の補償はしてくれるかもしれない。でも、通常は買い叩かれてしまうし、取れすぎた時には引き取ってもらえない。
じゃ、漁協(JA)に頼らず、直接自分たちで店舗などと取り引きするとなると、取れ高がある時はいいけれど、ない時はどうするのかって話になるからね。特に本作の主人公一家のような障害者とか、高齢者だと、ゼロか100かというのはリスキーだから、保険が欲しいと思う時もあるんだと思う。
そういう描写は本当、日本と変わらないなと思った。それが、朝ドラ感がする理由でもあるんだと思う。

それにしても、下ネタが多い作品だった…。しかも、大爆笑ものの下ネタ!手話の下ネタでも笑えるのはすごい!

そして思う。先日見た「無聲」もそうだし、本作もそうだが、こうした障害者のダーティな部分を描いた映画やドラマって日本ではあまり作られないよねと。「無聲」のろうあ者が性犯罪を起こす描写もそうだけれど、本作でも障害者が下ネタを言いまくったり、娘の同級生が家に来ているのに、両親がエッチしていたりなんて描写があるからね。
日本作品だと、障害者は差別されるかわいそうな人たちとか、無垢な天使、特殊な才能の持ち主みたいな描かれ方しかされないしね。

そういえば、よく考えたら、もし本作がアカデミー作品賞にノミネートされたら、前年度の「サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜」に続いて、2年連続でろうあ者を描いた作品が作品賞候補となるのか。

ところで、本作はゴールデン・グローブ賞ではドラマ部門の作品賞候補になったけれど、音楽が重要な要素となっている作品だし、下ネタで笑えるし、どう考えてもミュージカル・コメディ部門向きの作品でしょ!障害者を描いているから、コメディにはできないみたいなポリコレ的配慮か?

ゴールデン・グローブ賞の部門のカテゴライズがおかしいのは今に始まったことではないけれどね。
最近では、リドリー・スコット監督のSF映画「オデッセイ」がミュージカル・コメディ部門作品賞を受賞し、多くの映画ファンや批評家が、“は?”って思ったしね。

それから、90年代では同じジム・キャリー主演作品なのに、「トゥルーマン・ショー」はドラマ部門作品賞にノミネートされ、「マン・オン・ザ・ムーン」がミュージカル・コメディ部門作品賞候補となったけれど、個人的には両方ともミュージカル・コメディ部門でもいいと思うし、なんなら、伝記映画の「マン・オン・ザ・ムーン」の方がドラマ部門で、寓話的な「トゥルーマン・ショー」がミュージカル・コメディ部門でもいいくらいだと思う。

まぁ、どちらの部門でエントリーするかは映画会社が決めているらしいので、ノミネートされやすい方を選んだってことなんだろうけれどね。最近の米エンタメ界の過度なポリコレ思想を考えれば、障害者を描いた作品だからドラマ部門の方が可能性が高いって判断なんだろうね。
前年度の「サウンド・オブ・メタル」もドラマ部門の主演男優賞にノミネートされていたしね。

でも、音楽の使い方もうまいこの作品がミュージカル・コメディ部門の候補でないというのは納得いかないな…。

既成曲でいえば、ザ・クラッシュ“アイ・フォート・ザ・ロウ”の使い方も良かった。主人公一家は法的に罰せられてしまうし、本当に法律にケンカを売っているって感じだったしね。

主人公が歌った楽曲でいえば、ジョニ・ミッチェル作の“青春の光と影”は手話つきパフォーマンスで感動的だったし、後に彼氏になる同級生とのデュエットで歌った“You're All I Need To Get By”も良かった。マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルのカバーだけれど、個人的にはこの曲はメソッド・マンとメアリー・J.ブライジのコラボによるバージョンを思い浮かべてしまう。
あと、デヴィッド・ボウイの“スターマン”も歌われていたけど、本当、この曲って色々な映画やCMに使われているよね。

賞レース的にいえば、どうしても実際にろうあ者である演技者が注目されてしまうけれど、個人的にはV先生を演じたエウヘニオ・デルベスもノミネートされるべき演技だと思った。
家族の中で唯一ろうあ者でない主人公が、ろうあ者だらけの中で生活している影響でイントネーションがおかしくなっていることにコンプレックスを抱えているけれど、実はメキシコ出身のこの先生もイントネーションがネイティブの米国英語とは違うという点では一緒なんだよね。
つまり、本作では、障害者だけでなく外国人に対する差別問題も描かれているということ。

そりゃ、賞レースで評価される作品なわけだと、改めて思った。

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