才能が解放された1998年の音楽界
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才能が解放された1998年の音楽界

近代における日本の音楽史の転換点というべき年が1998年だと思ってるんですが、このマガジンでも避けては通れないのでまとめて1998年の音楽界隈のことを書いておこうかと思います。

90年代中盤の小室ブーム

「渋谷系」が裏通りならば「ビーイング系」「小室ファミリー」は表通りだった。少なくとも商業的にはそうだ。80年代からアーティストへの楽曲提供や自身のプロジェクト「TMN」で活躍していた小室哲哉がエイベックスと組んでブームを起こした。それがいわゆる「小室ブーム」。体感的には、1993年、trfが『EZ DO DANCE』をリリースしたのが始まりの気がする。渋谷タワレコにCDを買いに行った記憶がある。渋谷タワレコが現在のサイゼリヤ東急ハンズ前店のあたりにあった頃だ。

trf、篠原涼子がヒットした1994年、翌年にはダウンタウン浜ちゃんのH jungle with tをプロデュースしてヒットを飛ばす。H jungleがデビューした1995年はなんと言っても安室奈美恵がブレイクだ。年初からユーロビートのカバーで人気が沸騰してた彼女を小室哲哉がプロデュースし、秋にその第一弾『Body Feels EXIT』がリリースされる。95年は華原朋美、globeもデビューした。小室御三家がそろう。96年、97年は「小室ファミリーにあらずんば人にあらず」とは言い過ぎだが、まぁそのくらい一世風靡した。

しかし盛者必衰と言いますか、その勢いに陰りが見えてきた。1997年暮れの紅白を最後に安室奈美恵が産休に入った。一つの時代が終えた気がした。

1997年末、安室産休とともに小室ブームの終息

1995年から1999年までのシングルランキングTOP20(オリコン)を見ると、94年が4曲、95年が5曲、96年も5曲がランクインしているが、98年はゼロ。一番上位にくるのが42位に入った安室奈美恵『Dreaming I was dreaming』だが、この曲は97年11月発売。小室プロデュース後期の代表的アーティストである鈴木亜美が98年にデビューしたが、彼女最大のヒット曲『BE TOGETHER』は翌99年発売。ちなみに平成生まれの若者は「『BE TOGETHER』は鈴木亜美の曲」と思ってるかもしれないが、オリジナルはTMNなので覚えといてください。

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1998年の音楽(Wikipedia)より

前段が長くなりすぎた...そんな小室時代の陰りを受けてかどうかわからないが、1998年は後の音楽シーンを大きく変えることとなる多くのアーティストがデビューを果たす。

MISIA

マライア・キャリーでしか聴いたことなかった「ホイッスルボイス」を日本人で聴くことになるとは驚き。もう『つつみ込むように...』の冒頭で衝撃を受けました。なんちゃってR&Bではなく、本格的R&Bというか、R&Bのことはよくわかりませんが「これまで無かった」感がすごかった記憶あります。

R&B元年とも言うべき1998年の1月にこの曲がリリースされるあたり、何か暗示めいたものを感じます。気のせいだと思いますけど。

Kiroro

長らく打ち込み系のデジタル音が席巻してた影響か、はたまた第2次平成不況ど真ん中の先の見えない時期(たくぎん破綻も98年、銀行が潰れるなんて想像もしなかったよ...)だから癒しを求めていたのか。理由はわかりませんが、朴訥とした女性ユニットKiroroがデビューし、デビュー曲『長い間』が大ヒットしました。まさに「長い間」チャートの上位にいました。

6月に発売された2ndシングル『未来へ』は今でも卒業式とか結婚式とかで流れます。この曲に合わせた思い出の動画なんかが披露宴で流れたら無条件に泣いちゃいます。

モーニング娘。

かつては『浅草橋ヤング洋品店』というテリー伊藤演出のバラエティ番組だったのが、いつの間にか『ASAYAN』というオーディション番組に様変わりし、そこで生まれたのがモーニング娘。なわけだが、1月に『モーニングコーヒー』でデビューし、3rdシングル『抱いてHOLD ON ME !』で初のオリコン1位を獲得。これにより80年代後半から90年代後半にかけて続いていた「アイドル冬の時代」が終わりを告げた。今日に至るアイドルブームはモー娘。がいなかったら存在していなかった。

aiko

こないだKing Gnu井口とのセッションが話題になったaiko。翌年発売の3rdシングル『花火』でブレイクですが、このaikoも1998年デビュー。aikoの何がすごいって、何もかも変わってないとこなんだよな。見た目も歌詞も。永遠の恋する少女なんだ。きっと妖精。

椎名林檎

耳障りの良い曲が多かった90年代中盤の流れをぶった切った椎名林檎。良い意味で違和感というか、どうしても避けて通れない。そんな魅力があった。独特の言い回しや、漢字を多用した歌詞など、この頃から急速に広まったインターネット空間におけるいわゆる「テキストサイト」において大いに用いられることとなった。この1st、2ndを聴き比べても音楽性の広さを感じる。

浜崎あゆみ

ドラマ『未成年』を見てた勢なので「歌手として再デビューか」と最初は思った。「少し垢抜けたな」というデビュー曲。小室ファミリーとともに成長したエイベックスの底力。

『poker face』『YOU』『Trust』『For My Dear...』そしてこの『Depend on you』とデビュー年で5枚のシングルをリリース。『Depend on you』あたりになると歌手浜崎あゆみ感が出てくる。めちゃ可愛い。人生で一番多く聴いたアルバムはおそらく『A BEST』だと思うんだけど、そのくらいあゆが好きだった。

初期の作品は特に「不安」を感じる。”本当にこのステージに立ってるのは私だろうか?もしかして夢なのかもしれない...目が覚めたら全部無かった...いや、違う、現実だ。私は夢に向かって進むんだ。”そんな「不安」と「決意」がいったりきたりする様を感じて、それって若い人には誰もが感じることだと思うので、そこに共鳴して社会現象になったんじゃないかとずっと思ってる。ちなみに『M 愛すべき人がいて』ももちろん読みました。泣いた。

宇多田ヒカル

そして98年デビューの真打ちは宇多田ヒカル。衝撃のデビュー作『Automatic』のみが98年発売。MISIAで始まったR&B元年の最後を締めるにふさわしい名曲。15歳とは思えない哀愁のある声で「才能ってあるんだな」って思った。「圭子の夢が開いたなぁ」って。

社会現象というか、とにかくあらゆるところで『Automatic』が流れていた。テレビもそうだし、カラオケでもそう。街中でももちろん。

翌年3月に発売された1stアルバム『First Love』は累積売上765万枚というちょっと今となっては(当時もだけど)想像できないくらい売れた。当時東芝EMIで働いてた友達が「ボーナスが出た」と言ってた。宇多田ヒカルと椎名林檎がEMI所属。この圧倒的不景気にボーナスが出るほどの爆発力。

ちなみに僕が一番好きな宇多田ヒカル曲は『Addicted To You』なんですよね。『Addicted To You』をひたすらリピートしながらジオシティーズで個人ホームページを夜な夜な作ってた。宇多田ヒカルもホームページで日記を書いてたけど、日本のネット史最初の有名人による発信活動だったんじゃないかなー。みんな「Hikki's WEB SITE」見てたんじゃないかな。


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Takanori Oshiba

街歩きで生計をたてて生きていきたい...

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