第十六回:認知がまったくない段階でもできる施策とは?
「コンテンツの無料と有料をどのようにコントロールしたらいいのか?」という倉下さんの問いに対する私の答えは、書き手の「認知度」と、コンテンツを伝播するメディアの「固さ」に依って異なる、というものでした。それに対し倉下さんからはさらに、以下のような問いが返ってきました。
では、書き手の「認知度」がまったくないか、あるにしてもごくわずかだとして、その人が「電子書籍」を売っていきたいとしたら、どんな施策が考えられるでしょうか。
つまり、書き手の「認知度」が低いにもかかわらず、「電子書籍」という固めのメディアで販売する、というハードモードを選んでいるわけです。さすが天の邪鬼属性Sの倉下さん。すごいボールを投げ込んできました。
シンプルに回答すると、考えられる施策は「時間(労力)」や「お金」をかけることです。認知がないなら、時間をかけて認知を獲得すればいい。時間をかけたくない、すぐに効果が欲しいなら、お金を使えばいい、ということです。
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もう少し掘り下げましょう。「電子書籍」というパッケージは比較的固めなので、その状態のまま広く伝播させるには困難が伴います。私なら、いったんバラバラに分解します。「柔らかい」かつ「無料」の状態にして、ブログなどで少しずつ公開していくことにより「認知」を獲得します。
「電子書籍」というパッケージを崩してはいけない? であれば、一時的に「無料」にすることで伝播しやすくして認知を稼ぎその勢いで売る方法や、既に認知度が高い人やメディアにお金を払って広めてもらうことにより認知を稼ぐという方法があります。
おや? どこかから「お金を払うって、ステマ?」という声が聞こえてきました。いえ、お金を払ったことを隠していたら「ステマ(ステルス・マーケティング)」になってしまいますが、広告であることが明示されていれば「ステルス(隠密)」ではありません。ただの「マーケティング」です。
たとえば「Twitter広告」や「Facebook広告」などは、ちゃんと広告であることが明示されますし、比較的安価なので個人でも利用しやすいです。極端な例ですが、充分にお金があるなら、夢枕獏氏のように自腹で新聞へ全面広告を出すという手もあるでしょう。「新聞広告ナビ」によると、朝日新聞全国版朝刊の全15段(1ページ)の広告掲載料は3985万5000円だそうです。別途制作費用がかかりますので、だいたい4000万円と思っておけばいいでしょう。
自腹で新聞全面広告のような珍しい行為は、それそのものが話題になるため、対価を払った新聞以外のメディアが勝手に取り上げてくれる可能性があり、払ったお金以上の効果が期待できます。ただしそれが行き過ぎてしまうと、つねに話題を振りまこうと奇行を繰り返し、自らを燃料として燃え続けることになるわけですが。
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さて、マーケティングというのは広告など「Promotion(販売促進)」に限った話ではありません。マーケティング戦略について勉強すると、むしろ商品を市場へ送り出す「前」に行うべきことがたくさんあることに気づきます。つまり、文章を書いて「電子書籍」というパッケージにする前にできる施策です。
たとえば「企画」の段階。「ターゲット」をどこに定めるか。先日、インプレスR&Dが「POD個人出版アワード」を発表しましたが、優秀賞の『趣味で量子力学2』や、窓の杜賞の『巨大数論 第2版』などは、タイトルを見ただけでも非常に狭いターゲットを狙っていることがわかります。
始めからマスを対象としていないので、内容がマニアックでも構わないのです。伝統的な出版であれば、大量に刷らなければ対象へ届く確率が低くなってしまいますが、注文に応じて印刷製本発送を行うPOD(プリント・オンデマンド)には在庫リスクがありません。PODは「電子書籍」と非常に性質が似ているため、この施策は「電子書籍」でも有効です。
ターゲットが狭いなら「広く伝播」させる必要はなく、届いて欲しい対象に届けば充分、ということになります。むしろ、マニアックであるほど、ニッチであるほど、そこに対する新たな情報供給が少ないため、欲しい人には欲しいモノになり得るでしょう。
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書く前にできることは、他にもあります。本をどういう「構成」にすると「ターゲット」に内容が伝わりやすいか。編集者など第三者からその構成に対し意見をもらう、という手もあるでしょう。つまり、よりよい商品にする、という施策です。これはマーケティング・フレームワーク4Pの「Product(製品)」にあたります。
書いたあとでも、言い回しや誤記・誤認識などを正す「校閲」や、ひとめを惹く「表紙」をつけること、届いて欲しい対象に届きやすい「タイトル」を付けること、響きやすい「キャッチコピー」をつけること、興味を持った人が買いたいと思えるような「概要文」や「紹介文」をつけることなど、有効な施策はたくさんあります。
助走なしで遠くまで跳ぶのは困難です。本行執筆時点で、立ち幅跳びの公式世界記録は3メートル47センチ(レイ・ユーリー)、走り幅跳びの世界記録は8メートル95センチ(マイク・パウエル)だそうです。本も、売り出す前にどれだけ入念に準備をするかで、成果は変わってくるはずです。
さて、4Pの残り2つは「Price(価格)」と「Place(流通)」ですが、そろそろ倉下さんにバトンを渡しちゃいましょう。
余談:この記事をほとんど書き終えた段階で、そういえば以前「無名の個人作家が利用可能なプロモーション手段のざっくりまとめ」という記事を書いたことがあるのを思い出しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。