第十五回:経験財のバイパスルート
前回では、鷹野さんが「経験財」「探索財」「信頼財」の三つを提示してくださりました。ここでポイントとなるのは「財」というキーワードです。
「財」とは経済学において、何らかの効用を持つものを差す言葉ですが、そのうち需要に対する供給にギャップがあり、価格が形成されるものを「経済財」、供給が無限にあり価格が形成されないものを「自由財」と呼びます。
現代のネット状況を眺めてみると、時間つぶしのためのコンテンツはほとんど無限に近く存在します。仮にそれらを「少し面白いもの」でフィルターしても、人間の一生では消化しきれないほどの量となるでしょう。あるいは、「かなり面白いもの」でフィルターしても結果は同じかもしれません。
ごく単純に考えれば、このような状況におけるコンテンツは「自由財」に属してしまい、値段をつけること(≒値段をつけたものを買ってもらうこと)は難しくなります。
だからこそ、YouTuberや一部のブロガーは、読者に何かを買ってもらうのではなく、「読者の視聴における認知」を広告主に売るわけです。
認知(≒時間)は有限の資源なので、価格がつきます。ただし、その認知はたいてい瞬間的なものですから、相当な数を集めない限りは、生活を支える収入にはならないでしょう。あるいは、好む情報が特定されている消費者──たとえば高級文房具を好む人たち──の認知であれば、もう少し単価は上がるかも知れません。だからこそ、特化したサイトを作ることが有効なわけです。
とは言え、そちらの方向は、この連載で目指したい方向ではありません。「読者に何かを買ってもらう」──この路線で考えたいところです。
「探索財」「経験財」「信頼財」について改めて考えてみましょう。
本に代表されるコンテンツ群は、基本的に経験財だと考えられます。一部の例外を除けば、読者は本が面白いか面白くないかをジャッジメントする前にお金を支払い、支払った後でそれをジャッジメントすることになります。
価値があるのかどうかが買う前にわからないのですから、「経験財」を売るのは難しいと容易に予想がつきますし、実際にそのとおりです。
そこでいくつかのマーケティング・プロモーション施策が出てきます。
たとえば、映画も代表的な経験財ですが、だからこそ予告編の制作には力が込められています。予告編は、「このような作品が存在している」という告知であると共に、作品の一部を「経験」してもらう効用も持っているからです。
「経験」しないと価値がわからないのだから、とりあえず経験してもらう。わかりやすい施策ですね。
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あるいは、「レビュー」や「感想」の存在は、経験財を(一部分)探索財に変えてくれます。
直接的にその商品の価値はわからなくても、「面白い」という感想がたくさん寄せられているコンテツンがあれば、そうでないコンテンツよりも面白いと思える可能性は高まります。もし感想を述べている人が、自分の好みと近しいと分かっているならば、その可能性はさらに高まるでしょう。これは代替体験と言えるかもしれません。
つまり、レビューや感想がたくさん集まれば、経験がなくても価値判断をしてもらえるわけです。
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もう一つ、前回にも出てきた例ですが、「信頼している作家の作品なら無条件で買う」場合は少なくありません。それは、信頼財と言えるかもしれませんし、あるいは「その作家を作品を買うこと」そのものに価値が生じていると言えるかもしれません。
そうではなく、「おそらく価値があるだろう」という先回りの(言い換えれば、シミュレーションの)価値判断が行われているとも考えられます。いくら信頼している作家であっても、二作三作期待はずれが続けば、次回以降は購入を見送ることもあるでしょう。シミュレーションの元となるデータが修正された結果だと捉えるなら、そこに先回りの価値判断が行われていると考えても矛盾はありません。
このように、経験財であっても、買う前に価値判断をしてもらうことは可能です。
もちろん、こうしたことを悪用すれば、何の面白さもない本を「売る」ことも可能となりますが、それによって著者への信頼度が高まることはなく、むしろ激減していくので、中長期的な活動を目指している人にとっては悪手と言えるでしょう。本を売ることに躍起になって、中身のないコンテンツをばらまくのは本末転倒です。
◇ ◇ ◇
さて、前回鷹野さんは以下のように原稿を締めくくってくれました。
つまり、前回の倉下さんが私へ投げかけた、コンテンツの無料と有料をどのようにコントロールしたらいいのか? という問いに対する私の答えは、書き手の「認知度」と、コンテンツを伝播するメディアの「固さ」に依って異なる、となります。
では、書き手の「認知度」がまったくないか、あるにしてもごくわずかだとして、その人が「電子書籍」を売っていきたいとしたら、どんな施策が考えられるでしょうか。
ええ、ここでバトンを渡しちゃいましょう。そうしましょう。
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