第十八回:商業出版ではどうやって価格を決めているのか?
私は前回、マーケティング・フレームワーク4Pのうち「Promotion(販売促進)」と「Product(製品)」の2つに関することを書いた時点で、倉下さんへバトンを渡しました。普通の天邪鬼なら、残り2つを放置して別のことを書くでしょう。その場合、次の私のターンで残り2つを書けばいいだけの話です。
「あ、やはりそう来たか」と思った私は、思わずこれに反応してしまいました。あとから考えてみたら、こんなことを言ったらさらに裏をかくに決まっています。案の定、真なる天邪鬼が降臨して、残り2つをさっさと解説してくれました。こんちくしょう。
というわけで前回の倉下さんからは、「電子書籍の値付けに関しては私も常々悩んでいます」というボールが返ってきました。「Price(価格)」の掘り下げと捉えて、考えてみることにしましょう。前々回の倉下さんが「読者に何かを買ってもらう」路線で考えたいとおっしゃっていたので、そこは踏み外さないようにします。
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さて、一般的な商品の価格を決定するには、さまざまな要素があります。通常、下限となるのは、製造コストです。鮮度の問題や在庫コストなどの要因で破棄する前に、製造コストを下回る販売価格で投げ売りする場合もあります。これは、自分からの視点での価格です。
逆に上限となるのは、カスタマーバリューです。同じ商品でも、必要な人は高くても買うし、必要ない人は安くても買わない、という顧客の視点となります。そしてこの2つのあいだに、市場におけるライバル商品との相対的な価格があります。これは競合の視点です。
では、本の価格はどうやって決まっているのでしょうか?
取次・書店ルートで販売される伝統的な商業出版には「年間約8万点と超多品種で少量生産」「定価販売でも独占禁止法違反にならない例外」「委託販売で返本がある代わりに書店マージンが低い」などの、他の商品にはあまりないちょっと特殊な特徴があります。
そのため、おおむね一定のルールに沿って価格が決められているようです。松田哲夫著『これを読まずして、編集を語ることなかれ。』(1995年 径書房)で詳細に解説されているそうです。いま私の手元にはないので、コトビーの記事を参照しておきます(なお、この記事には筑摩書房とありますが径書房の間違いと思われます)。
その解説によると、直接原価(製版代、印刷代、製本代、資材費、原稿料、イラスト代、デザイン代、校正費、編集費、印税など、本の製造に必要な費用)を定価の35%から38%に設定している出版社が多いそうです。
また、1978年の公正取引委員会調査資料では直接原価の2.45倍(40.8%)だったという記事や、2002年に「昨年の書籍出版協会の調査資料でも、平均的な定価付けが直接製造原価の3倍程度」つまり33.3%だったという記事も見つかります。若干ブレ幅がありますね。
まあ、大雑把に言えば、直接原価は30%から40%のあいだに収まりそうです。もちろんこれは、出版社の経営方針などに依っても異なるでしょう。余談ですが、出版社にヒアリングすると、編集者の人件費を直接費とするか間接費(販管費)とするか、見解がまっぷたつに割れます。興味深い。
いずれにせよ、顧客視点や競合視点というより、コストの積み上げで販売価格を決めるというのが、ある意味ルーチンになっているような印象を受けます。そのやり方でここ20年間、出版市場は縮小し続けているのですから、そろそろやり方を変えなければならないのでは? という疑問もわいてきます。
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さて、ここまでは伝統的な「紙の」出版についての話でした。では「電子の」出版ではどうなっているか? 公正取引委員会が2012年に行った調査によると、「紙の書籍の販売価格に対し、電子書籍の希望小売価格はどのくらいが妥当か?」という質問に対し、「八掛け(20%オフ)」という回答が多数だったそうです。
さきほどの直接原価で言うと、電子では製版代、印刷代、製本代、資材費などの物理コストが不要となります。その代わり、電子化のために新たな作業が必要だったり、印税率が紙より高かったりします。そのため、紙に比べて極端に安くすることはできず、八掛けくらいの価格設定に留まっているようです。
ただ、電子には「在庫リスク」がありません。正確に言えば、売れない場合のリスク(主にサーバー代)は電子書店側が負っています。そのため著者・出版社や読者から見れば、事実上無限の棚があるのと同じ状態です。売れたとき初めて、手数料がかかるのです。
そして「電子書籍」は、公正取引委員会が「著作物再販適用除外制度の対象とはなりません」と回答しているため、他の一般的な商品同様、定価販売できません。だから、ホールセールモデルで契約している場合は、電子書店側に価格決定権があります。
この場合、出版社は、卸売価格(ホールセール)と希望小売価格を電子書店側へ伝える形となります。なお、エージェンシーモデル(委託販売)の場合は、小売価格を出版社が決定します。電子書店は販売業務を請け負っているだけです。ちょっとややこしいですね。
ホールセールモデルの場合、とくにアマゾンは頻繁に価格変更——セールを行い、売上の最大化が図れるようなポイントをアルゴリズムによって探っていきます。アマゾンの、売れている本をもっと売れるようにする技術は、恐ろしいほど巧みです。
「八掛け(20%オフ)」という考え方は、コストの積み上げで販売価格を決めるやり方の延長上にあります。そのため、エージェンシーモデルの場合、紙と同様、やや顧客視点や競合視点が欠けている印象を受けます。
ただ、ほとんどが定価販売の紙では皆無に近かったセールが、電子ではわりと頻繁にあるという点で、エージェンシーモデルでも大きな変化が起きているのは確かです。もっとも、ほとんどセールくらいしか有効な販促方法がない、という声もありますが。
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では、我々が小さな出版社(者)としてセルフパブリッシング、もしくはセルブズパブリッシング、あるいはチームパブリッシングを行うときは、どのように価格付けを行えばいいか? —— っと、ここでボールを投げ返してしまいましょう。えいっ。
最後までお読みいただきありがとうございました。