【短編小説】僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。
僕の彼女は可愛い。
彼女の名前は雪野莉子。
身長149cm、痩せ気味で、胸は小振りである。
腰まである長い髪は艶やかな黒色をしている。
前髪は少し長くて、目は隠れてしまっていることが多い。
しかし、その前髪をかきあげると、キラキラした綺麗な黒い瞳を確認することができる。
僕はその綺麗な瞳が大好きなのである。
莉子の可愛さに僕は一切の不満がない。
ただ、性格に少々難がある。
莉子はヤンデレなのだ。
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少し肌寒さが出てきた10月のある日。
学校の帰り道を莉子と並んで歩いているときのことである。
背後から声を掛けられた。
「ちょっとそこの彼氏さんと彼女さん、少しで良いから、お金貸してくれないかなぁ?」
町によくいるヤンキー三人組が声を掛けてきたのだ。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい……)
僕は心の中でヤバいを繰り返す。
緊急事態である。
この後の恐ろしい展開が目に見える。
「おっ、彼氏さん、そんな震えなくても大丈夫だよぉ。彼女さんは、バッグを探って何をやっているのか……な?!」
莉子の様子を見ていたヤンキー達の顔が驚愕の表情へと変貌する。
無言の莉子がスクールバッグからある物を取り出していた。
刃渡り15cmほどの包丁である。
莉子が丁寧に研いでいることを伺わせるその包丁には傷や錆はひとつもない。
鈍く輝く銀の光沢を放っている。
そんな包丁を2本取り出し、両手に構える莉子。
そして、無言のまま、ヤンキー達へと突撃を……。
「させるかーーー!!」
莉子が一歩踏み出したところで、サイドから僕は莉子に飛びつき、その行動を阻止する。
「陸、大丈夫よ。あたしに任せて。あたしがきちんとこいつらをやるわ」
「全然、大丈夫じゃないーー!」
完全に戦闘態勢に入ってしまった莉子。
会話をしながらも、莉子は僕を引き摺ってヤンキー達へと近付いていく。
こういうときの莉子はその小さな身体に似合わず、とんでもないパワーを発揮するのだ。
僕一人ではとても抑えきれない。
そう判断した僕はヤンキー達へと声を掛ける。
「早く逃げて下さい! 僕では彼女を抑えきれません! 早く!!」
「ダメよ、陸。こういう奴らは1匹見かけたら100匹に増えるというじゃない。今のうちに始末しないと」
ヤンキーはそんな増殖はしない……。
包丁を持った莉子を見て青い顔をしていたヤンキー達。
今は青を通り越して白い顔へと変化している。
「ひぃぃぃぃぃーーーーーーーー?!」
命からがら逃げ出すヤンキー達。
その姿を見送った僕はホッと一息……。
「陸はここで待っていて。あたしが追いかけて、片付けてくぅ……」
未だ終わっていないことを悟った僕は、まだまだやる気の莉子の、その唇を奪う。
莉子の身体から力が抜けていく。
カランと包丁の落ちる音が聞こえた。
「莉子、もう大丈夫だから。僕の傍にいて?」
「―――うん」
トロンとした目で頬を紅潮させながら、素直になる莉子。
何とか犠牲者を出さずに済んだようである。
ヤンデレ莉子に振り回されて、約一年。
僕の莉子対応力も鍛えられてきたものだ。
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その日は、珍しく莉子が風邪で休みだった。
僕は一人でランチをしていた。
メニューは購買で買ったパンである。
いつもは莉子の作ってくれるお弁当を二人で食べるので、やはりちょっと寂しい。
パンをもそもそ食べていると、クラスメートの一人が話しかけてきた。
「陸、ちょっと良いか?」
「ん? 何かな?」
話しかけてきたのは仲が良くも悪くもないクラスメートだった。
改まっているようだが、真面目な話だろうか。
「お前は、何で雪野と付き合っているんだ?」
「……それはどういう意味だ?」
「いや、だって、お前なら、雪野よりもっと良い女と付き合えるだろ?」
あー、そういう意味か。
僕は質問の意味を理解した。
それと共に軽く怒りが沸き上がる。
こいつは莉子のことをそこらの女子より低く見ているのだ。
「莉子よりもっと良い女? 一応確認しておくが、お前には莉子はどう見えているんだ?」
「いや、どうって……。みんな言ってるぜ、何を考えているか分からない不気味や奴だって。包丁持って暴れる危ない奴だって噂もあるくらいだ」
莉子は僕以外にはあまり愛想が良くない。
基本的に他人には興味が無いらしく、壁を作っているのだ。
クラスメートからの評判はあまり良くないだろうことは想像に難くなかった。
―――僕はそこで、周りの様子がおかしいことに気付いた。
教室にいるクラスメート達が僕らの会話をそれとなく伺っているのだ。
この目の前のクラスメート同様、僕と莉子が付き合っていることに興味を持っているのだろう。
これは、きちんと言っておかなくてはならない。
「―――僕が莉子と付き合う理由は、僕が彼女を好きだからだ」
僕の学校での地位は今でこそ上位に来ているが、それは入学当初からのものではない。
むしろ、入学当初はかなり低い地位だったのだ。
成績は振るわず、運動もダメ、クラスメートや先生とも上手くコミュニケーションを取ることが出来なかったので、当然の結果だ。
でも、莉子と出逢って、莉子と付き合うようになって、僕は変わったのだ。
「テストで良い点が取れない」という話をしたとき、莉子は「それは先生の教え方が悪いのよ」と言って、先生に対して、教え方についての指摘を始めた。
それは授業中に留まらず、先生が学校にいる間中、莉子は先生に付きまとい、ずっと行っていたのだ。
僕はそれを止めたが、莉子は「あたしに任せて」と言って聞かなかった。
一番点数の悪かった数学の先生は、その後、明らかに様子がおかしくなった。
莉子に極度に怯えるようになって、まともに授業を行える状態ではなくなったのだ。
本気でヤバイと思った僕は、猛勉強をした。
テストで高得点を取るようになり、成績上位をキープし続けられるようになったのだ。
結局、数学の先生は教えるのが非常に上手くなり、僕に会うといつも感謝を伝えてくる。
「助けてくれてありがとう」の感謝だ。
他人とのコミュニケーションを取るのが上手くなったのは、A君のことが切っ掛けだった。
A君はあまり素行が良くなく、クラスからも煙たがられていた。
僕はできるだけA君には近づかないようにしていたのだが、ある日、運悪く教室の入り口でA君の前に立ってしまい、蹴とばされてしまったのだ。
それを見ていた莉子は「あたしに任せて」と僕に伝えてきた。
翌日からA君は学校に来なくなり、翌月には田舎の学校へと転校が決まっていた。
先生の話では、部屋に閉じこもったA君がずっと一人で「ごめんなさい、ごめんなさい……」とブツブツ言っているのを心配した両親が、自然の多い静かな土地へ引っ越すことに決めたそうだ。
「まさか莉子が何かした? そんなわけないよね?」と思っていた僕は、莉子から一冊のノートを渡された。
「A君から預かってきた」とのことだった。
そのノートの表紙には、A君の筆跡で『雨宮 陸へ』という文字とともに、A君のフルネームが記述されていた。
恐る恐るノートを開くと、そこには『ごめんなさい』という小さな文字がびっしりと書き込まれていた。
ノートの全ページにである。
その日から僕は、細心の注意を払って他人とコミュニケーションを取るようになった。
これ以上、莉子に他人をクラッシュさせるわけにはいかないからだ。
ちなみに、そのA君からのノートは家族に見つからないように、自宅の神棚に置いてある。
処分することも普通に保管することもできなかったのだ。
その他のことについても同様である。
莉子が起点となり、僕は変わり、結果として学校での地位が向上したのである。
莉子が―――莉子の全力の愛が、僕を変えたのだ。
―――未だ納得の雰囲気を見せていないクラスメートたちに向かって僕は言う。
「莉子は僕のことを全力で愛してくれている!
僕はその愛に全力で応え続ける!
僕にとって最高の彼女は莉子以外あり得ない!」
教室どころか学校中に響き渡りそうな大声で、僕は莉子への愛を叫んだ。
---
その日の帰り、僕は莉子の家へと寄ることにした。
学校で配布されたプリントを届けるためである。
昼間のこともあり、莉子の顔を見たかったというのもある。
莉子の家の前に到着し、しばし待つ。
……オカシイ。
莉子には既に家に寄る旨はメッセージで伝えてあった。
いつもなら、家の前に着くと同時に莉子が出迎えてくれるのに……。
やはり体調がかなり悪いのかもしれない。
家のチャイムを鳴らすかメッセージを送るかを迷っていると、玄関の扉が開いた。
そして、ゆっくりと莉子が出てきた。
ルームウェアに大判のストールを羽織っている。
かなり赤い顔をしていて、熱がありそうだ。
「莉子! 顔赤いけど、大丈夫?」
「う、うん。もう体調はほとんど良くなっているから」
顔を見る限り、良くなっているようにはあまり思えないのだけど……。
あまり長居すべきではないな。
「じゃあ、今日のプリントを渡しておくね」
「う、うん」
プリントを渡して、そこで僕は気付いた。
莉子が僕と目を合わせてくれないことに。
「……莉子?」
名前を呼んで、莉子の前髪を優しく持ち上げようとする。
「あ、あのっ―――」
しかし、莉子は僕の手を逃れて玄関の奥へと下がってしまう。
……え?
「ま、また明日ね。明日は学校行くから」
「あ、ああ……」
「あの、陸、ありがとう……」
そう言って扉を閉めてしまう莉子。
……何か避けられてないか?
僕はそのまましばらく立ち尽くした後、とぼとぼと帰路に着いたのだった。
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翌日の朝、莉子とはいつも通りに学校への途中駅で待ち合わせした。
莉子は先に待ち合わせ場所に来ていた。
まだ少し赤い顔をしながら、いつものようにイヤホンをし、なんだか今日はニコニコしている。
僕といるときはニコニコしていることも多いのだが、一人でニコニコは珍しいんじゃないだろうか。
何か良いことがあったのかもしれない。
近づいていくと、莉子がこちらに気付いた。
「あっ、陸、おはようー!」
「おはよう、莉子―――ゴッ?!」
莉子は僕の姿を見るや否や挨拶しながら突進し、そのままの勢いで胸に飛び込んできた。
胸が痛いぞ、物理的に。
「陸! 愛してる!!」
「んんっ?」
いきなりのことに頭が付いていかない。
こんな激しい朝の挨拶は初めてだ。
しばらくぎゅーっと抱き締められた後、そのままの体勢で莉子が顔を上げた。
前髪の隙間から、莉子の綺麗な瞳が見えていた。
「じゃあ、行こうか」
笑顔の莉子が言う。
ハテナマークで頭がいっぱいの僕は莉子に手を引かれていった。
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その日、放課後の帰り道。
僕は莉子と一緒に並んで歩いていた。
ニコニコしている莉子に質問を投げかける。
「莉子、何か良いことでもあったの?」
「ん~、分かる?」
「だって、今日一日ずっとニコニコしていたよ?」
莉子は朝に駅で会ってから、ずっと一日ニコニコしていたのだ。
授業中ですら、こっそりと片方のイヤホンを着用し、ニコニコしていた。
日頃はあまり愛想の良い方ではないので、さすがにおかしい。
「じゃあ、これを付けてみて」
小悪魔的微笑を浮かべる莉子が件のイヤホンを渡してくる。
僕はそのイヤホンを受け取ると、耳へと装着する。
誰かが何か叫んでいるようだ。
どこかで聞いたことがあるような……。
『……僕にとって最高の彼女は莉子以外あり得ない!』
それは、他ならない僕自身の声だった。
僕の声が莉子への愛を叫んでいた。
(……え?! 録音されてる?!)
恥ずかしさの余り、僕はその場にしゃがみ込んで顔を両手で覆う。
莉子の顔を見ることができない。
顔が赤くなっているのが自分自身で分かる。
イヤホンからはエンドレスで愛の叫びが繰り返されている。
これを莉子は一日ずっと聞いていたのか……。
「あっ、昨日の態度は、もしかして……?」
「うん、……恥ずかしくて、陸と顔を合わせられなかったの」
「今朝のは?」
「陸の姿を見たら、今度は我慢できなくなっちゃって……。今も飛びつきたくてウズウズしているんだけど、これで我慢してあげる」
「……え?」
莉子が今度はゆっくりと僕を抱き締めてきた。
しゃがみ込んだままだったので、頭を抱えられる状態となった。
莉子の控えめな胸が顔に当たって心地良い。
そのままじっとしていると、莉子が話し始めた。
「最近、陸はクラスの人気者になって、凄く楽しそうにしていることが多くて……。なんだか、あたしから離れていってしまう気がしていたの」
莉子の胸からドクドクという心臓の鼓動が聞こえる。
「まあ、例え、陸があたしのことを嫌いになったとしても、あたしは陸を愛し続けるのだけども……」
「僕は莉子を嫌いになったりしない」と言おうとしたが、頭を強く抱き締められてムグムグ言うだけになってしまった。
「でも……、陸は、―――あたしのことを最高の彼女だって」
莉子は泣いていた。
僕への拘束を解き、自身で涙を拭う。
「グスッ……、あ、あたしは、これからも陸を全力で愛して良いのよね?」
莉子の質問に僕は答える。
当然のことだとして答える。
「ああ、僕を全力で愛してほしい。僕はそれに全力で応え続けるよ」
今度は僕が莉子の涙を拭った。
莉子の綺麗な瞳には、僕の姿だけが映っていた。
そこへ……。
「おいおい、お二人さん、見せつけてくれるじゃない……か?!」
空気を読まないヤンキー二人組が、登場と同時に困惑する。
既に後悔もしていることだろう。
莉子の姿を見たからだ。
両手に包丁を持ち、戦闘態勢の莉子の姿を。
(以前より遥かに莉子の行動が早い?!)
僕は感心してしまった。
「……って、ダメだから、その包丁仕舞って!!」
慌てて莉子に後ろからしがみつく。
「大丈夫よ、あたしに任せて。あたしの愛がこんな奴らに負けるわけがないじゃない」
彼女がなんだか少し嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
僕の彼女は可愛い。
けれども、ヤンデレだ。
僕はそんな彼女を愛してやまない。
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※この記事は、note創作大賞に応募するために再投稿したものです。
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