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【掌編】 低い山の話


俺ははるか果ての光を見ていた。北極星を目指せば北が分かるとは誰かが言った台詞だ確かに北は分かるだが足元は見えない月がない星だけの夜に足元が見えない俺は動けない迂闊に動けば崖に落ちるそれが分かっていたから動けなかったはるか下の方で動く灯りが見えるあれは俺を捜しているのだろうか夜の闇の中で懐中電灯の光がこの上まで届くことが不思議だった。

何故こんな事になったのか考えても考えても分からなかった。

何人かとごくありふれた小さな山のハイキングに来た、先を歩いていたらはぐれた。考えてみれば、嵐のあとで道標を打ち付けた樹そのものが折れて倒れていたのだ道標の指した道そのものが誤りだったとしたらここへ始めてくる俺が道を踏み違えそして見失ったのも道理というわけだ。途中川を見た尾根に添って降りるのは危険だと昔生かじりに知識で聞いた谷底に降りて帰れなくなる雨が降れば流されると俺はそれを信じた馬鹿馬鹿しくもさかのぼって上方へ登ってばかりいた。尾根に迷い込んで一体ここはどこだろう。

木々に切れ間が見えたはるかはるか下の方に民家が見えたどこから登ってきたのかも分かった、分からないのは帰る道だけだった。何号峰という番号を打ち付けてすらいない尾根に俺はいる明らかにここは登山道からもコースからも外れているのだ。

そうこうするうちに夜になった、何故俺は煙草を吸わないのだろう吸っていたらライターくらい持っていただろう夜に焚き火をして居場所を報せるくらいのことは出来ただろうにととりとめなくそう思った、実際は山火事を引き起こすだけのような気がしたけれど、そんなこともないかもしれない。第一生木がそう容易く燃えるはずもない。

死ぬまでに俺は見つかるだろうか。
見つからないなら、死んでからも見つからないといい、とそう思った。

それにしても喉が渇いたよ。

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