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実話:おしゃべりクソ野郎のキヨシ

コロナの前で、更に前だからもう5年くらい前の話にはなると思う。

私はその日、昼食を食べようと思って地元のファミレスに入った。
そのファミリーレストランは、いくつかあるチェーンのうちではどちらかというと高めの価格帯に属し、普段はあまり声量の大き過ぎる人々に遭遇する機会はなかった。

まあ普通の広さの、特に変形でもないファミレスの四角いスペースの中で、私たちは入り口付近の座席に座り、彼らは奥の方の座席に座っていた。
つまり彼らとは、通常では会話の内容など聞こえようもない、そこそこの距離があった。

最初は気づかなかったが、私たちがメニューを注文し、頼んだものが来る頃になって、彼ら──中年の男性二人組の、片方の声が徐々に大きくなっていった。

最初は内容が聞き取れるような声量ではなかったが、段々と興奮して大きくなった彼の声が、ファミリーレストラン内に響き渡った。

「だからな!
あのおしゃべりクソ野郎のキヨシが、ベラベラ喋りやがって、いい加減なことをしてるんだ!」
ギョッとしたが、彼は本当に声が大きいだけで、机を叩いたり、他の周囲の人を睨んだり、そういう粗暴な振る舞いは一切なかった。
とにかく声が大きいだけで。
相手の男性の相槌の内容は聞こえなかった。
声の大きい男性の話は続いていた。
「セイコちゃんの旦那が早死にしたからって、それにつけ込んでいいってことにはならんだろうが!?
 人のことをベラベラしゃべり回りやがって、あのおしゃべりクソ野郎のキヨシが!」
声がデカい。

内容はもっとだらだらと長かったのだが、もっと詳細な「キヨシ」や「セイコちゃん」について、大声で喋りまくっていた彼は言った。
「もちろんな!
俺はあのおしゃべりクソ野郎のキヨシとは違うからな!
俺はそんなおしゃべりじゃない!」
ファミレスで、別に聞き耳を立てていなかった他の客の誰かがたまらず、噴き出した気配がした。
声の大きい彼は自分の声が大きくて気づかなかった。

何かの冗談かと思ったが、「おしゃべりクソ野郎じゃない」おしゃべりの彼は、私たちが食事を終えて去るときもまだ喋っていた。

なんという話でもないが、今でもそのファミレスのチェーン店に行くとたまに思い出す。

おしゃべりとは。

あれは何かのコントだったのだろうか。
だが、本人は真剣に喋っていた。

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