見出し画像

【サクラノ詩afterSS】平静と狂熱の狭間

※このSSはサクラノ〝詩〟の  if  after  長山香奈×草薙直哉となっております。
※サクラノ刻が発売される前に、1ミリたりとも必ず内容が被らないようにと考えたSSを現在(2024年)再構成したものです。
※ネタバレが含まれます。ゲーム(サクラノ詩・サクラノ刻)のプレー後に読むことを推奨します。
────────────────────────────────────────────────


「智恵子は東京に空が無いという」



「……急になんです?」

突拍子もない言葉に、隣の長山は怪訝な顔つきで俺を見ている。
うーん、と、少しの逡巡のあとに、軽く軽蔑するように吐き捨てた。

「また他の女の話ですか?モテる男は違いますね」


「この前読んだ本に載っていて、なんとなく口に……な……」



長山は深くため息をつくと、遠くの空を見上げた。

「国語の教科書に載っているような文言、私でも知っていますよ。なんで東京に行く私にそんなセリフを……」

空から目を離し、いつもの強い眼差しでキッと俺を睨みつけたあとに、『これじゃない』と軽く首を振る。そしてすぐに、表情を緩ませてニヤッと笑いながら話す。

「寂しいなら寂しいと、正直に言った方が、かわいらしいですよ?草薙さん?」

間髪入れずに言葉が出た。


「寂しい」


また長山は強い瞳で、全身の様子をうかがうように俺を見回す。
自分の手を強く握りこみ、手のひらに爪を食い込ませる。
握りこぶしの紅潮が弱まるまで……少しずつ、少しずつ。

いつも通りに落ち着いただろうか?

俺の顔を深く見つめ、出来るかぎりに冷静な言葉を紡ぐ。

「まさか、草薙さんの方からそういうこと言うようになるとは思いませんでしたよ。私なんて、モブの、いや、モブですらない路傍の石ころのように思っていたではないですか?」


『これじゃない』と、今度は俺の方も軽い話にしようとする。
我ながら自分勝手だ。
……長山に甘えている。



「そうでもない。石ころにしては重い上に尖っているからな」


「……ふざけないでください。というか女の子に重いとか尖っているとか、デリカシーがないですよ?」


少し憮然とした態度を取りながらも、長山は付き合ってくれた。



なんでもない会話の応酬が続く。
いつものテンポになってきた。
これから別れる俺たちには、じゃれあう猫のようなやりとりの方が似合うだろう。



さよならに涙はいらない。



「凡人が喜ぶようなことを言っても喜ばないくせに……」


長山もおちゃらける俺に合わせるように答える。


「そんなことありません!」


───これが好機と追い詰めるようにジト目で───


「じゃあ、草薙さんは私のどこに惚れたのですか~?答えてください!3・2・1」


「が、頑張り屋?」


つい瞬時に答えた後にハッとする。こ、こんなこと言われても喜ぶやつは……人間……咄嗟のときには上手く言語化できないものだなと。長山の頭の回転の早さが忌々しい。カウントダウンは卑怯だ。

焦る。焦る。間に耐えられず、矢継ぎ早に続けた。


「じゃ、じゃあ、長山はどこを好きになったんだよ。急に上手く答えられないだろう?」


焦りが伝染したのだろうか。
長山も慌てるように問いに答える。


「わ、私は美を愛するものだから、そういう曖昧な内面的なものだけにこだわりません!」


一呼吸。


「……芸術性をのぞくと……顔?」

小首をかしけながら言う。……かわすにしても、あまりにあまりじゃない???こんなときにばっかり、かわいい動作するからおまえはズルいんだよ。
……とはいえ、意外とショックだ。いや、なにもないよりは嬉しいけどね……。



放心とは言わないまでも、黙って空を見上げてしまう。
鳥の囀りが聞こえる。
夕暮れ。黄昏時。逢魔時とも呼ぶんだっけ?


もう日が没落ちてしまうのか。名残惜しい。喋り疲れても、名残惜しさがまだ口をまわさせる。



「初めて会ったのも高校のころだから、随分たつな」


「……意趣返しですか?何回説明しても、その大元の認識変わりませんね」


「でも、俺の中で意識したのがそうなんだもん」


また、ため息。


長山はなるべく聞こえないようにぼやく。


「はぁっ。小学生のころの私は路傍の石という認識すら天才にはないのか(小声)」


「……………………………………」


────────────────────────────────────────────────



あのころの思い出。


美術部みんなで残した足跡と、

いつでも、脳裏をよぎる。

落ちる、、、力尽きる、、、燕、、、



忘れたことは(つい)ぞない




─────────夏目圭の火葬──────────




『今年の桜も去年に負けず劣らず綺麗ですね』



──────── の、あと……の……春の空を……桜に包まれていた春の空 ───



『私は、去年の桜より、一昨年よりも』



─────────心に灼きついた〝満面のサクラ〟を─────────




『最高にもっとも美しい桜だと思います』


────────────────────────────────────────────────



「再会したあの頃の、おまえの言葉のひとつひとつが今まで頭から離れなかった。端的で眩く美しい。石というより、なにがあっても溶けない鉛の心臓だな。俺には最も貴いものに映る。」


鉛というワードに、好きな女の子にその表現でいいのー?と言わんばかりの挑発的な上目遣い。



「なにも積み上げられなかった俺には……」



「輝いて見えるんだよ」



真意まで汲み取れるくせに……と、思いながら、願いながら、祈りながら、強引に最後まで。



「……女と女を口説くセンスが絶望的にないですね」


やれやれと肩をすくめる。


「まぁ、15点ぐらいは上げますよ」


沈みかけの夕陽に向けた長山の顔は見えなくなる。


「おまえが思っているよりも、俺は自分のセンスに自信あるぞ?」


「…………知ってます」


長山はこっちを向き、半身だけ赤く照らされながら、はにかんで笑う。


重いうえに尖っているし、信念は誰よりも固い。
でも、こんなやわらかい表情もあったのだな。
まだまだ彼女のことは知らないことばかりだ。少し、嬉しくなる。




「……さて、もうそろそろ電車の時間ですね。いつまでも、こうしてはいられない」


夕陽が落ちてしまう。


駅のホームの電灯が、俺たちの交流の終わりを告げるように光をひときわ強くする。


「残念ですね。寂しい寂しい草薙さんを弓張に残していくのはかわいそうですが」

なおも、からかってくる。


やはり長山は長山だな。
……勝てん。もう金輪際言うまい。



カタン。カタン。カタン。


電車がくる。


視線を交錯させ、想いを確認する。



俺は、どうしても、この街から出ることはできない。

紗希校長の計らいで正式に就けた教師という仕事。

弓張学園のかけがえのない生徒たち。

咲崎桜子・氷川ルリヲ・川内野鈴奈・栗山奈津子・柊ノノ未……。

海外に旅立った稟と雫。

圭────夏目家の屋敷。


家族


────藍────夏目藍。


みんなが、、、みんなの、、、帰ってくる場所を守る。



駅に電車が到着する。

急かすように発車のメロディが響く。

行き交う人々と同じように俺たちは別れることになる。

どうか、泣かないでくれ。


さよならだけが人生だ……なんてことはない。


おまえにとっても、帰ってくる場所を残すよ。

精一杯の微笑み(つよがり)。


「……じゃあな。……なが……」



「香奈」



優しく語りかける。
伏し目がちに下を向く香奈を元気づけるようにと。


「…………………………………………………」


今まで絶対に離さないようにと、強く繋いでいた手を惜しむように、触れる指の温かさを残すように解いていく。





「「「   !   ?   」」」





強い衝撃に、な、何が起きたとかろうじて目を開くと、ドアップの香奈の顔が舌舐めずりしながら視界から離れていく。
片手で自分の口を拭うと、血?……齧られたらしい。歪んだ愛情表現だ……。

気がつくと俺は電車の中で仰向けに倒れていた。



「あはははは。あんなこと言われて、この私がっっっ!!!軽々と手を離すと思ったんですか?そんなことっっっさせませんよ???」



呆気にとられて、なにも身動きができない。
そんな俺を《こんな面白いもの初めて見た》とばかりに狂人は笑う。
……周囲は眼中にないようだ。



「ふふふ……あはははははっ。〝なに〟があっても東京まで着いて来てもらいますよ?直哉(な・お・や)さん?」



目まぐるしく変わる状況に、“かワいく”朗笑する香奈のどこにそんなチカラが……と疑問を抱くのが思考の際限であった。
逢魔時には〝魔物〟に夜の闇に引きずり込まれるという意味があったなぁ、なんて、大分ズレたことを頭に浮かべていた。


……どうやら、彼女には一生勝てなさそうだ。


ふと、電車の窓が視界の隅に入った。


東京に着くころには完全に陽は没落ち、空は見えないだろう。


今は、繋いだ手の温かさと熱い唇の痛みだけが頼りだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?